第136話 奴隷の護送依頼(1)
前章のあらすじ:
王国から追われるタツヒト達一行は、蛙人族の暗殺者キアニィを仲間に加え、南部大陸への奴隷船に護衛として乗り込んだ。
南部大陸に向かう途中、一行は蛇人族の聖職者ロスニアと出会い、奴隷落ちしてしまった彼女の仲間、猟豹人族の双剣士ゼルとも親しくなった。強大な海の魔物に対して共闘したことで絆をさらに深めた一行は、ロスニアと一緒にゼルを買い戻すことを決意する。
そして南部大陸に着いた日の夜、ヴァイオレットの企てによりタツヒトはキアニィとも一線を超え、三人で付き合うことに。時を同じくして、王国では異変が生じ始めていた。
港湾都市ルジェの宿の一室。僕はヴァイオレット様とキアニィさんの二人と顔を突き合わせ、ロスニアさんについてコソコソと相談していた。
昨夜の僕らの狂宴の声が、隣室の彼女にはまるっと聞こえていたという話だった。
「あの…… 多分、僕が男だってロスニアさんに気づかれましたよね……? お二人は亜人でタチアナは只人、男の可能性があるのは後者だけなので」
この世界では亜人は女性しか存在しないのだ。ちなみに、人口比は亜人、只人の男、只人の女で殆ど同じだ。
「う、うむ。そう考えるべきだろうな…… なるべく壁やドアの厚そうな宿を選んだつもりだったが、昨晩はその、声を抑える余裕などなかったからな……」
「えぇ。わたくしも、自分からあんな声が出るなんて初めて知りましたわぁ…… あんなに激しいものだったんですのね……」
「いや、昨晩のは普通とは少し違う趣向というか…… まぁ、その辺りはおいおい体験していけば良いか」
顔を朱に染めて視線を彷徨わせる二人に、思わず喉がなりそうになる。僕、昨晩はこの二人とかなり致したんだよなぁ…… それもかなり激しく。
お酒のせいで覚えていないのが残念でならない。と、今は発情している場合じゃない。
「あの…… ちょっとこれはお二人にとっては不本意かもしれませんが、女三人で仲良くやっていたということにしませんか? その、三人ともそういう趣味ということで」
「あぁなるほど、その可能性もあったな。しかし、聖教の教えでは同性愛を推奨していない。聖職者である彼女にはあまりいい顔をされないかもしれないな……」
「それでも、今の段階で気づかれるよりマシですわぁ。
ゼルさんの買い戻しに失敗した場合、わたくし達はロスニアさんを残して逃亡の旅を続ける必要がありますわ。
そうすると、馬人族と女装した只人が行動を共にしているという、致命的な情報を彼女の中に残すことになりますのよ?
手配書も追手もまだこの辺りには来ていないようですけれど、それは危険すぎる…… わたくしはタツヒト君の意見に賛成いたしますわ」
「--確かにそうだな。うむ、タツヒトの案で行こう」
「すみません、ありがとうございます」
ちょっと二人には申し訳ないけど、これでロスニアさんに言い訳が立つはずだ。
「--しかしその場合、只人の女一人に亜人のわたくし達が散々鳴かされたということになりますわねぇ。うふふ……」
キアニィさんが少し恍惚とした表情でぶるりと体を震わせた。あれ、何か様子がおかしいぞ……?
ヴァイオレット様も同じ感想だったのか、怪訝そうな視線をキアニィさんに向けている。
「キアニィ、台詞と表情が合っていないぞ……?」
「あ、あら。失礼致しましたわぁ。さぁ、あまり待たせてはいけませんわ。早く下に参りましょう」
キアニィさんは無理矢理会話を終わらせると、そそくさと部屋の外に出てしまった。
僕とヴァイオレット様は何か釈然としないものを感じながら、彼女の後を追った。
「あ、みんな遅いであります! シャムはお腹が減ったであります!」
宿の一階、少し混んだ食堂の席に座ったシャムが、僕らを見つけて声を上げた。
「おはようシャム。待たせてごめんよ」
僕らが席に近づくと、少し頬を赤く染めたロスニアさんが、伏目がちにこちらを見た。
「い、いい朝ですね、みなさん。昨晩はよく眠れ-- てはいないですよね。あはは……」
「おはよう、ロスニアさん。えっと、昨晩は騒がしくしてごめんよ。久々だったものだから、女三人で盛り上がっちゃってね。
聖職者のロスニアさんは思うところがあるかもしれないけど、あいにく性分なもんでね。見逃しておくれよ」
僕はヴァイオレット様とキアニィさんの腰に触れながら、ちょっと不遜な雰囲気を出す感じで言ってみた。
触れられた二人はぴくりと体を震わせて頬を染めてくれたので、結構リアリティが伝わったはずだ。
そうアタイはタチアナ。夜はタチにまわるよ、タチアナだけに。
「女三人……? あ、あぁ! いえ、私個人では特に思うところはないので、気にしないでくださいね」
どうやらうまく誤魔化せたのか、ロスニアさんは笑顔でそう答えてくれた。
「理解に感謝する、ロスニア殿」
「心の広い助祭様で助かりましたわぁ」
話がまとまりかけたところで、今度はシャムが不機嫌そうな表情になった。
「みんな、シャムの居ないところで楽しく遊んでたでありますか? ずるいであります! シャムも混ぜて欲しいであります!」
「あー、シャム。あんたはもう少し大きくなってからね」
憤慨するシャムをなんとか宥め、僕らは朝食をとって宿を引き払った。
外を出ると、夜にはよく見えなかった綺麗な街並みが広がっていた。街並みも規模感も、数日前に出た港湾都市ヴァレゴンと似たり寄ったりだ。
南部大陸の玄関口の一つだけあって、かなり栄えているようだ。人通りも多い。
宿を出た僕らは、街の冒険者組合によると、奴隷商の人が出していた護衛の指名依頼を受注した。良かった、昨晩話した通りに進めてくれていたようだ。
依頼書の要項によると今回の旅程は二週間ほどらしい。僕らは市場に寄って一通り必要なものを買い揃えてから、奴隷商の元に向かった。
「ナージャさん、アタイだよ、タチアナだ。約束通り組合で指名依頼を受注してきたよ」
「あぁ、あんたらか。時間通りだな。こっちも準備はできているから、すぐに出よう。二週間よろしくな」
依頼書の住所にはかなり大きめな商館があり、昨晩会った奴隷商、犬人族のナージャさんがちょうど外で準備を進めていた。
僕は彼女が差し出した手を握り返し、辺りを見回した。
「よろしくね。しかし、こっちじゃ馬じゃなくて駱駝なんだね。それに馬車も見当たらないみたいだけど……」
商館の前には、従業員らしき人達が十人程と、その倍の数ほどの駱駝が居た。駱駝には心配になるほど大量の荷物が積まれている。
「あぁ。これから向かう魔窟都市ミラビントゥムは、この街から南に二週間ほどの場所にある。
後半の一週間ほどは完全な砂漠になっちまうから、馬より駱駝の方がいいんだ。本当は馬車も使いたいところだが、車輪が埋っちまうからだめだ。
おっと、来たな。そういうわけで、あいつらも歩きだ」
ナージャさんが商館の方を指すので振り返ると、従業員の人に引っ張られ、縄に一列に繋がれた奴隷の人達が五人出てきた。
魔窟都市に連れていかれる面子なせいか、みんな腕に覚えがありそうな雰囲気だった。
自分の飯は自分で運べということなのか、全員大荷物を背負っている。
その中でも一際手練の雰囲気を放っているゼルさんは、やはりここでも騒がしかった。
「やー、鉄の枷と鎖じゃなくて縄で良かったにゃ。あれガチャガチャしてうるさいんだにゃ」
「いや、あんたほどうるさくはねぇだろ…… 砂漠で鎖なんか着けられたら火傷しちまうよ」
一番後ろに繋がれたゼルさんは、昨晩からひたすら話続けていたのか、彼女の前に繋がれた人をすでにげんなりさせている様子だった。
「ゼル…… 元気そうで良かったけど、あなたって本当にどこでも喋りっぱなしね」
ゼルさんを見つけたロスニアさんが、安心と呆れが半々になった表情で話しかけた。
「お、ロスニア! おはようだにゃ。みんなも護衛よろしくだにゃ!」
「はいよ。でも、外ではそのよく回る口を閉じてておくれよ。祭りと勘違いして魔物が寄って来ちゃうからね」
「にゃははは、気をつけるにゃ。 --ん? すんすん……」
僕が軽口を叩くと、ゼルさんが僕、ヴァイオレット様、キアニィさんの順で匂いを嗅いだ。
「おみゃーら…… 揃いも揃って男くさいにゃ! 昨日は随分お楽しみだったみたいだにゃぁ…… うらやましにゃ!」
ゼルさんが結構でかい声でそんなことを言い放った。
反射的にロスニアさんを見ると、顔を真っ赤にして目を見開いている。ま、まずい…… お互いに瞬時に目配せした後、僕らは負けじと大きな声で答えた。
「ま、まぁアタイらは絶倫な上に両刀だからね! 男の匂いくらいするさね!」
「うむ。その通りだ!」
「昨晩はちょっとはめを外しすぎましたわねぇ!」
ロスニアさんは相変わらず赤い顔をしているけど、疑わしそうに目を細めている。幸いシャムはキョトンとしているので、意味は伝わらなかったみたいだ。
--いや、この言い訳は苦しすぎるって。もう誤魔化すの無理なんじゃ……
9章開始です。よろしくお願いします。
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