第133話 別れと後悔
すみません、投稿が遅れました。
2024/05/30 タイトル変更
僕らを乗せた船が港に到着すると、この世界の基準では随分遅い時間のはずなのに、薄暗い中で人が一人立っていた。
僕らを待っていたらしいその商人風の人は、波止場のギリギリまで歩み寄ると船に向かって叫んだ。
「おーい、ダリア船長の船かー!? 随分遅いじゃないかー!」
「すまねー! 途中で質の悪ぃのに絡まれてなぁ! だが安心してくれ、積荷は無事だー!」
それに叫び返す船長。あれを質の悪ぃのって言い切るこの人もすごいな。
「それはよかった! 俺はただの丁稚だ! 上役を呼んでくるから、ちょっと待っててくれ!」
「おー!」
商人風の人が走り去った後、僕らは船を降りて数日ぶりの揺れてない地面の感触を確かめた。
「ふぅ…… 船酔いにはだいぶ慣れたけど、やっぱりアタイは揺れてない地面の方がいいねぇ」
「まぁそう言うなよ。機会があったらまた護衛を引き受けてくれや。そら、報酬だ。確かめてくれ」
僕らと一緒に船から降りた船長が、じゃらじゃらと音のする皮袋を渡してきた。僕は言われた通り、中に約束通りの金額が入っていることを確認した。
「ほい、確かに。ありがとさん。機会があったらまた依頼を受けさせてもらうよ。あ……」
船長の後ろ、船と港を繋ぐ板の上を、奴隷の人達が降りてきていた。さっきの商人風の人の上役が来たら、あの人達は引き渡されるのだろう。
先ほどまでオールを漕ぎまくっていたせいか、奴隷の人達を整理している船員さん達は誰もが疲れた様子だ。エルミラさんに至っては、魔力切れで寝込んでしまっている。
「よし、それじゃあ報酬ももらったことだし、ぱ〜っと打ち上げでもするにゃ!」
ゼルさんそう言って僕の背中にまわり、街の方へぐいぐい押し始めた。
「--待てゼル。誤魔化せるとでも思ったのか?」
が、当然怖い顔をした船長に止められてしまった。
「にゃはははは…… だめだったかにゃ。ちょっとした冗談だにゃ、怒らないで欲しいにゃ」
「ったく。だが今回は世話になった。おめぇが引きちぎった枷の代金は請求せずに置いてやるぜ。
それと、奴隷商にもおめぇの活躍は伝えておく。その方がいいところに勝ってもらえるだろうからなぁ」
「へへぇ〜、さすが船長、ありがとうございますだにゃ! --さて、それじゃあタチアナ、それにみんにゃ、短い間だったけど楽しかったにゃ!
もしまたどこかで会ったら一緒に酒でも飲もうにゃ!」
ゼルさんはそう言って、僕らみんなにハグをしてくれた。そうか…… ゼルさんとはここでお別れなのか。
そして、高い戦闘力を誇る彼女は、おそらく魔窟探索目的で購入される。場合によっては、とても厳しい条件で酷使されることになる……
「ゼルさん…… その、元気でね」
「にゃっ! タチアナも元気でにゃ!」
「ゼル、お別れするのは寂しいであります…… シャム達と一緒には行けないのでありますか……?」
「にゃはは。ウチも寂しいけど、こればっかりはどうしようも無いにゃ」
「そうでありますか……」
短い時間でゼルさんととても仲良くなったシャムは、目に見えて落ち込んでいた。
「皆さん。ここまで、本当にお世話になりました。私はここで奴隷商の方を待とうと思います。皆様に神のご加護が在らんことを……
キアニィさん! またどこかでお会いした時も、仲良くしてくれますか?」
ロスニアさんは僕らに祈りを捧げてくれたあと、キアニィさんにとびきりの笑顔を向けた。
「え、えぇ。もちろんですわぁ……」
「ロスニア。おみゃーも、もうウチのことは放っておいてくれていいんにゃよ?」
「そうはいきません。ゼルを買い戻すほどのお金は用意できませんが、購入した人に交渉はできるはずです。せめてあなたが死なないように、私はずっとそばにいますよ」
「おみゃーも頑固な女だにゃあ…… でも、ありがとうだにゃ」
強い決意を滲ませそう言うロスニアさんに、ゼルさんは少し呆れ混じりの笑顔で答えた。
ロスニアさんの目論見がうまくいった場合、確かにゼルさんの生存率は上がるだろう。でも、ゼルさんの買い手側に致命的な弱みを見せることになる。
下手したら、生かさず殺さず、ゼルさんが死ぬまでいいように使われる未来だってあり得る……
「--では、船長、ゼル殿、ロスニア殿。我々はこれで失礼させて頂く。またどこかで」
「おう! またなぁ!」
ヴァイオレット様が別れの言葉を口にした後、僕らは人通りの少ない通りを、港から街の方へ歩き出した。今夜はどこか適当な宿に入る形になるだろう。
後味の良くない別れだったせいか、みんなは言葉を発さずに歩いている。僕も、ゼルさんとロスニアさんの姿が脳裏から離れず、話す気分にならなかった。
護衛依頼を終えたと言うのに全くスッキリせず、二人の姿と後悔ばかりが思考を支配している。
「ふむ…… この宿が良さそうだな。入ってみようか」
「そうですわねぇ」
前を歩いていたヴァイオレット様とキアニィさんが、手頃な宿を見つけて入ろうとしていた。
このまま宿に入ってしまえば、今日がこのまま終わってしまうかもしれない。僕は衝動的に声を上げていた。
「あ、あの!」
みんながその場で足を止めてこちらを振り向いた。僕は頭の中で必死に話を組み立てながら、慎重に話し始めた。
「みんなに、相談したいことがあります。ゼルさんのことなんだけど--」
「わかっている。皆まで言うな」
しかし、すぐにヴァイオレット様に手で制されてしまった。
「ゼル殿は戦力になる。そして奴隷として購入するのであれば、主従の輪により情報漏洩の危険は少ない。
さらにゼル殿を購入すれば、神聖魔法を操るロスニア殿も着いてくるだろうし、同様に情報漏洩の危険は少ない。
利点は多い、だからゼル殿を購入しよう。
君が今言おうとしたのは、そんなところだろう?」
「え……? な、なんで……」
ヴァイオレット様は、僕が話そうとしていたことを殆ど完璧に言い当ててしまった。
まるで頭の中を覗かれたみたいだ。もしかして僕の顔に書いてあるのだろうか……?
「タツヒト、君の悪い癖だ。利点がなければ、私達が動かないとでも? もう少し我儘を言ってくれても良いのだ。君の、素直な気持ちを聞かせてほしい」
「……はい。ゼルさんは、このままだと厳しい状況に置かれる可能性が高いです。そしてそれは、ゼルさんに着いていこうとしているロスニアさんも同じです。
仲良くなった彼女達がそうなってしまうのは、とても嫌なんです…… それにゼルさんが居なければ、僕らは島蛸にやられていたと思います。それに報いたい気持ちもあります。
彼女達が苦境から抜け出すためには…… そのためには、僕らがゼルさんを買い戻すのが一番いいはずなんです……!
彼女達がそれを良しとするかわかりませんし、せっかくみんなで準備した資金を無くすことになるので、言い出せませんでした…… すみません」
「そうか…… そうだろうとも」
僕の言葉を聞き終えたヴァイオレット様は、慈母のような笑みを浮かべるとみんなを見回した。
「この場で、ゼル殿の購入と、それに伴うロスニア殿の勧誘の是非について決を取ろう。購入する場合、おそらくこれまで稼いできた資金の殆どを失うだろう。それでも賛成のものは、手を挙げてほしい」
ヴァイオレット様の言葉に、彼女自身も含め、全員が手を上げてくれた。
「みんな…… ありがとう!」
「仕方がありませんわぁ、タツヒト君が悲しそうなんですもの。ロスニアさんは、まだちょっと苦手ですけれども……」
「シャムも、ゼルとロスニアと一緒に居たいであります!」
「よし、満場一致だな。では急いで波止場へ戻ろう。もう奴隷商がきてしまうかもしれない」
「はい!」
気持ちを一つにした僕らは、急いで港の方へ引き返した。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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