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第129話 水底より来たれり(2)


 島蛸(クラーケ)は船の左側面から二本の触腕で船を締め上げ、他の触腕も船に絡ませようとしているようだ。

 多分、船を握り潰して、海中に放り出されて身動きできなくなった僕らを喰らうつもりなんだろう。

 ん? 蛸の場合は脚と言った方が正しいんだっけ? いや、今はそんなことはどうでもいい。


 こいつの体の作りが普通の蛸に準じたものならば、残りの腕は六本のはず。僕らが助かるための前提条件は、その六本が船にとりつくのを防ぎながら、今取り憑いている二本を引き剥がすことだ。

 待ち伏せ型の生態だろうから、長距離を高速で追跡する能力はないと考えて良いだろう。引き剥がしたらエルミラさんの水魔法で逃げ切れるはずだ。


「お前ら! 俺らが凌いでる間に船に取り付いてる二本を叩き切れ!」


「「へい、船長!」」


 船長と二人の船員さん、確か副船長だったと思うけど、その三人が襲いくる触腕の一本に走った。そして、指示を受けた他の成員さん達は船に絡んでいる触腕に向かった。


「おぉぉぉっ!」


 もちろん護衛の僕らも対応に当たる。ヴァイオレット様が甲板の上を疾走し、船に襲いくる触腕を下からかち上げるように切り払った。


 ドフッ!


『ギギィ!!』


 分厚いタイヤをぶん殴ったような音と、甲高い悲鳴が響く。触腕が怯んだように引っ込み、切り付けられた所から青色の血液らしきものが噴き出した。


「くっ…… 船長の見立て通り、確かに青鏡級に至っているようだな。柔らかそうに見えて、その実強力な身体強化がなされた筋肉の塊…… 穂先が入って行かない……!」


 ヴァイオレット様が槍を構え直し、その表情を曇らせた。

 触腕には一文字の傷が入っているけど、彼女の言葉通り深手にはなっていない。一抱え以上はありそうなその直径に対して、あまりにも浅い。

 人間で言うと、指先を包丁でちょっと切ってしまったというくらいだろう。怯んだのは一瞬で、再度船に絡みつこうとする触腕をまたヴァイオレット様が牽制している。


「まずいですわね…… わたくしの小剣では、この方にとってはかすり傷にしかなりませんわぁ!」


 キアニィさんも、触腕を掻い潜って果敢に攻めているけど、細かい切り傷がつくばかりで決定打に欠けていた。ヴァイオレット様のように、怯ませてはまた襲い掛かられることの繰り返しだ。

 

「この蛸、弓の性質を完全に理解しているであります!」


 シャムもやつの眼球に向けて矢を射かけているけど、奴は自身の眼球の防御に触腕の一本を充て、矢を的確に防いでいた。

 かくいう僕も、触腕の一本を相手にするので精一杯だった。幾度となく螺旋火(スピラル・イグニス)を叩き込んでも、一瞬怯むだけでまた襲いかかってくる。

 

 今の状況をまとめると、ヴァイオレット様が二本の触腕を相手にし、僕、シャム、キアニィさん、船長達で一本づつ相手にして、何とか六本の触腕を防いでいる状態だ。

 船室から慌てて出てきたエルミラさんと助祭のロスニアさんは、船の右舷側、島蛸(クラーケ)が襲撃を掛けてきた方とは反対側でタイミングを見計らっている。

 船の緊急脱出と治療を担う彼女達には、その時まで魔力を温存してもらう必要がある。正しい判断だろう。


「せ、船長、刃が立ちません!」


「ダメだ、跳ね返されちまう……!」


 声の上がった方を見ると、船員さんたちが必死に船に絡んだ触腕を切りつけていた。しかし、彼女達の言う通り全く効果が無いようだった。

 それでも鬱陶しかったのか、島蛸(クラーケ)が今までしなかった動きを見せた。いきなり僕らに背後を見せた後、その大きな頭部をさらに大きく膨らませ始めたのだ。

 その予備動作と、奴の背面についた噴射口のような器官が目に入った瞬間、背筋が凍った。

 

「……みんな、何かに掴まれー!!」


 僕が手近なロープに掴まると同時に、その噴射口から凄まじい勢いで水が噴射された。


 ズバシャァァァァァッ!!


「……!!」


 船の上だというのに、まるで増水した河川に叩き込まれたような水流が襲ってきた。ロープを握る手に力を込めながら数秒凌ぐと、水流は突然嘘のように無くなった。


「ぶはっ…… みんなは!?」


 甲板に視線を巡らせると、触腕を相手にしている面子と待機組の二人、主だった面々は無事だった。しかし、船に絡んだ触腕に切り掛かっていた船員さん達の数が明らかに足りない。

 何人か海に落ちてしまったのか……! 水流でどこかに叩きつけられたのか、ぐったりと甲板に横たわっている人もいる。


「……! 治療します、他の怪我人の方もこちらへ!」


 ロスニアさんが慌てて怪我人の元に走り、後方へ連れて行った。


「くそっ…… お前ら、そいつらを治療してもらったら船内に引っ込め! 悪りぃが邪魔だ! おい海に落ちた奴ら! 聞こえてたら大人しく船にしがみついておけ、後で必ず引き上げてやる!」


「「す、すいやせん、船長!」」


 ま、まずいぞ。六本の触腕は何とか防げているけど、このままじゃ船に絡んでる二本を取り除くことができない。

 こうなったら、島蛸(クラーケ)の体力が尽きるか諦めるまで、襲ってくる触腕を対処し続けるしか無いか……?

 くそっ、また持久戦かよ……!





 

 その後も荒れ狂う触腕を相手すること数十分程、僕は嫌な事実に気づいてしまった。


「ちょ、ちょっと、アタイがつけた火傷が治ってきてないかい!?」


「私がつけた槍傷もだ! 最初の傷はもう塞がってしまっている!」


『ギギギギギィ!!』


 島蛸(クラーケ)がイラついたような声を上げる中、ヴァイオレット様も気づいたみたいだ。

 僕ら全員が全力で攻撃し続けているのに、どの触腕も仕留めることができていない。むしろ、最初の方に付いた傷は治ってきている。

 蛸って失った腕を再生する能力があるらしいけど、この速度は反則だろ。


 だめだ…… 持久戦でも相手に分がある。どうする……? 海水で濡れそぼった島蛸(クラーケ)に対して、雷撃は絶対に有効だ。

 でもこんなに大勢の前で使ったら、必ず雷撃を使った魔法使いの噂が広まってしまう。

 ……いや、それでもこの場で死者が出るよりはましだ。


 僕が雷撃を使う覚悟を決めた瞬間、船室に降る階段の方が騒がしくなった。

 そちらに視線を送ると、なんとそこにはゼルさんが居た。手には鉄の枷、足には鉄球まで付いている状態なのに、ここまで登ってきたのか……!?

 

「お、おいゼル、やめとけ!」


「ぜー、ぜー、ぜー…… 身体強化が、使えないと、こんな鉄球でも死ぬのほ重いにゃ…… 船長! このままじゃみんな死ぬにゃ…… ウチにもやらせてくれにゃ!」


 船員さんの声を手で制し、ゼルさんは触腕と戦っている船長に向かって叫んだ。

 船長は数秒ほど逡巡していたようだけど、ヤケクソのように叫び返した。


「……あー、くそっ! おめぇ高けぇんだから、絶対に死ぬなよ!? 『最大解放マキシム・ディミッティス!』」


 船長が腕輪を掲げて叫ぶと、ゼルさんの首輪が一瞬だけ光った。


「お? おー、これにゃこれにゃ! ん〜…… にゃ!」


 バキッ!


 ゼルさんは軽い調子で鉄製の手枷を引きちぎると、すぐに足に付いた鉄球の鎖も引きちぎってしまった。

 今ので、隷属の首輪による身体強化の制限が解除されたらしい。


「ふぃー…… よし、ちょっと借りるにゃ」


「あ、おい!」


「俺の船刀!」


 ゼルさんは側にいた船員さんからサーベルを二本掠め取ると、調子を確かめるように軽く跳ねた。そして着地の瞬間、彼女の姿がその場から掻き消えた。


「にゃにゃにゃっ!!」

 

 何とか追えた黄色い残像につられて視線を移すと、僕の担当する触腕、その周りをまさに目にも止まらぬ速度で彼女が飛び回っていた。

 それすらほんの一瞬の出来事で、いつの間にか彼女は僕の隣に帰ってきていた。


「にゃー、あんなに柔らかそうなのに、硬ったいにゃー」


『ギッ…… ギギギィ!?』


 一瞬遅れて触腕のあらゆる場所から血が吹き出し、予想外の痛みに島蛸(クラーケ)が悲鳴を上げる。

 は、速すぎる……! 雷化(アッシミア・フルグル)を使ってドーピングした僕より早いんじゃないか……!? これなら……!


「ゼルさん! このままこいつを相手してくれるかい!? アタイに考えがある!」


「お? わかったにゃ、任せるにゃ!」


「待てタチアナ! 何をするつもりだ!?」


「あいつの動きを止める! 合図したら、全力の一撃を頼むよ!」


 僕はヴァイオレット様に叫び返すと、荒れ狂う触腕の嵐の中、島蛸(クラーケ)の胴体に向かって走り出した。


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【月〜土曜日の19時に投稿予定】


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