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第127話 奔放な猟豹(3)


 船員さんに連れられて厨房に着いた僕は、事故らないよう、慎重に竈へ灯火(ルクス・イグニス)を放っていった。魔力を込めすぎて火事なんかになったら目も当てられない。

 10口全ての竈に火を入れ終わる頃には少し落ち着いたけど、もうちょっと気持ちをニュートラルの状態に戻したい。

 今甲板に行ったら、ヴァイオレット様と目があっただけで赤面してしまいそうだ。少しここで時間を潰そうかな……

 厨房では船員さん達が忙しそうに動き回っている。僕はその中から、ここに案内してくれた船員さんに声をかけた。


「ねぇ船員さん。アタイ結構料理が好きでさ、よければちょっと手伝わせてくれない? もし邪魔じゃなければなんだけど……」


「お、ほんとかい? じゃあそこの下処理してある具材でスープ作ってくれるか? どうせ奴隷連中が食うやつだから、味付けは任せるぜ。

 うちの船長も太っ腹だよなぁ。普通は奴隷にあったけぇスープなんて食わせねぇってのに」


「了解だよ。まぁあの船長は懐が深そうだよねぇ」


 船員さんと雑談しながら適当にスープを作る。具材は固そうな干し肉と萎びた野菜類。干し肉がすでにしょっぱいので、煮込んで味を見ながら塩を足していく。

 そしてスープが出来上がる頃には、僕も大分落ち着くことができた。

 あれ、そういえば今日は全然船酔いしないな…… ヴァイオレット様みたいに、身体操作で船の揺れを完全に吸収できるようになったのだろうか?


「よし…… 出来たよ。 そいじゃあ私はこれで。邪魔したね」


「あんがとよ! あ…… な、なぁ魔法使いの嬢ちゃん。今から船倉にそれを持っていくんだが、ちょっと着いてきてくんねぇか?

 あの猫人族の借金奴隷、黄金級の冒険者だって話だ。隷属の首輪をつけちゃいるが、それでもちょっとおっかねぇもんでなぁ……」


 彼女が言っているのはゼルさんのことらしい。確かに強そうだったけど、なるほど黄金級か。

 立ち入り過ぎないよう、ヴァイオレット様から釘を刺されたばかりだけど、料理を持っていくくらいならいいか。それにしても……


「分かったよ。ところで、隷属の首輪ってどんなものなんだい? 話を聞くに、何か着けてる人間の力を制限する代物みたいだけど」


「あぁ、大体それで合ってるぜ。黄金級以上のやつは鉄の枷なんか引きちぎっちまうからなぁ。だが隷属の首輪をつけてると、身体強化がかなり弱くなるって話だ。

 なんだったか…… そうだ、(あるじ)の腕輪だ。船長が奴隷商から腕輪を受け取ってただろ? あれで首輪の方を操れて、奴隷を痛い目に合わせることもできるらしい。

 だが船長が四六時中あいつを見張ってるわけにもいかねぇからなぁ…… 腕輪を持ってねぇ俺からしたら、やっぱり怖ぇもんは怖ぇ。移送中に船乗りを殺して逃げた奴隷の話なんて、山ほど聞くしな」


「へぇ…… そんなものが。でも、せっかくの黄金級の強い奴隷が、それだとあまり意味がなさそうだね」


「身体強化の強弱も腕輪を着けてるやつの匙加減らしいから、その辺うまくやるんじゃねぇかな。この辺じゃあ、強い奴隷は大体冒険者か金持ちの商人辺りに買われて、魔窟の攻略に使われるみてぇだし」


「なるほどねぇ…… おっと、スープが冷めちまうね。教えてくれてありがとさん」


「おう。そんじゃ行くか」






 料理を持って厨房を出た僕らは、薄暗い船内を歩いて奴隷の人達の部屋に向かった。

 絶えず人が動き回ったり檄を飛ばしているこの船の中でも、以前来た時はこの部屋だけは静寂に包まれていた。

 だけど、今は扉の向こうから騒々しい話し声が聞こえている。


「何だか随分盛り上がってるね」


「ちっ、新入りが暴れてんのか?」


 船員さんが舌打ちしながら扉を開けると、騒々しいのは一人だけだった。


「--だからウチは言ってやったにゃ。おみゃー、それは向こうのが小さいんじゃなくて、おみゃーのがゆるゆるだったんだって。にゃはははは!」


「ははは……」


「ありゃ、これも受けなかったにゃ。それじゃあウチがでかい魔物のクソに突っ込んじまった時の話を……」


「い、いや、いいよ。悪いけど、ちょっと静かにしてくれないか? あんまり笑うような気分じゃないんだ……」


 薄暗い船倉の部屋にあって、ゼルさんの黄色味が強い毛色はとても目立った。

 が、それ以上にめちゃくちゃ騒がしかった。絡まれてる別の奴隷の人は辟易してしまっているようだった。


「おい奴隷ども、飯の時間だ! ありがたく頂けよ?」


「お、飯かにゃ。ちょうど腹減ってたんだにゃ。 --ん? おみゃーは確か、ロスニアと一緒に居たやつだにゃ。どうしてこんなところにいるにゃ?」


「何だよ、魔法使いの嬢ちゃんの知り合いだったのかよ。そうだ、俺が飯配ってる間あいつの相手しててくんねぇか? 頼むよ」


「あー…… 了解、分かったよ」


 極力絡まないようにしようと思っていたけど、こうなっては仕方が無い。僕は奴隷の人達の間を縫って、ゼルさんの前に座った。 


「どうも、ゼルさん。アタイはタチアナ、この船には護衛として乗ってるのさ。ロスニアさんとはあの島で知り合ってね。話は聞いているよ。大分無茶な賭け方したんだって?」

 

「そういうことかにゃ。にゃははは…… いやぁ、あそこで出目が六だったら今頃…… 熱い勝負だったにゃ」


 ゼルさんはその熱い勝負とやらを思い出すように目を閉じ、何度も頷いている。だめだこの人、全く反省してないぞ……


「全く、しょうがないねぇ…… 甲板に戻ったら、とりあえずゼルさんは元気だったってロスニアさんに伝えておくよ」


「ん? あれ、もしかしてこの船にロスニアも乗ってるのにゃ?」


 先ほどのロスニアさんの心配そうな様子を見ていたので、僕は少し憮然とした感じで頷いた。


「あちゃー、ウチのことは忘れろって言ったのに……」


 ゼルさんはバツの悪そうな表情で頬をぽりぽりと掻いた。彼女の手に嵌められた手枷がじゃらりと音を立てた。


「まぁついて来てしまったものは仕方ないにゃ。あいつは…… どんな様子だったかにゃ?」


「そりゃあゼルさんのことを心配してたよ。せめて売られる先だけでも確認したい、何でもするから乗せて欲しいって船長に頼み込んでたよ。

 それで、せめてこれくらいはさせて欲しいって、今はアタシの仲間達と一緒に甲板で哨戒してくれてるよ。真面目な人さ」


「にゃー…… 流石に申し訳なくなってきたにゃ。ウチ、もう賭け事はやらないにゃ……!」


「いや…… よく知らないけど、奴隷になったら賭博なんてできないんじゃないの?」


「あ、それもそうだにゃ。にゃはははは!」


 やべ、ちょっと手が出そうになった。でもこの底抜けなポジティブさはすごいな。素直に尊敬できる。

 さっきゼルさんが絡んでた奴隷の人も多分初対面だろうに、凄まじい陽キャ具合だ。

 話している内に例の石のように硬いパンと、僕が作ったスープがゼルさんの元にも行き渡った。

 ゼルさんはよほどお腹が減っていたのだろう、食事を受け取ると貪るように食べ始めた。


「んぉっ、このスープうめぇにゃ! 具材はしょぼいけど塩加減が絶妙だにゃ!」


「そりゃよかった。そいつは、竈に火を入れるついでにアタシが作ったんだよ。具材は船員さんが切ってくれたけどね」


「タチアナ…… おみゃーは天才かにゃ!? 毎日ウチの飯を作って欲しいにゃ!」


「ちょ、ちょっと、褒めたって何も出てこないよ。まぁ、竈に火を入れるついでにまた作ってあげても良いけど」


 我ながらチョロいと思うのだけれど、僕は自分の料理を褒めてくれた人は大体好きになってしまうのだ。僕のゼルさんへの好感度が上がった音が聞こえた気がした。


「やったにゃ、ありがとうだにゃ!」


 ゼルさんは家猫なんかがそうするように、頭を僕の胸に擦り付けながら喉をゴロゴロ鳴らし始めた。何この人、急に可愛すぎるんですけど……!

 やばいぞ。ヴァイオレット様の忠告を無駄にしてしまいそうだ……


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜土曜日の19時に投稿予定】


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