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第126話 奔放な猟豹(2)

2024/05/22 ゼルの名前の由来を加筆


 新たな積荷とロスニアさんを加え、僕らを乗せた船はアイヴィス島を出航した。

 とても風光明媚で綺麗な島だったはずなのに、それ以外のイベントが濃すぎて景色とかの印象が薄くなってしまった……

 次の目的地は南部大陸の玄関口の一つ、港湾都市ルジェだ。およそ三日程の航海になるらしい。

 今は良い風が吹いているけど、風が止まっても優秀な水魔法使いのエルミラさんが居る。今回も予定通りに着くだろう。


 その間、僕らは島に来た時と同じく船の甲板で周辺の哨戒を行う。船首の辺りで哨戒する僕の隣では、ロスニアさんも一緒に海面を見渡している。

 この世界の聖職者は、『洗礼』と呼ばれる儀式を受けると得意属性が神聖魔法に切り替わるらしい。噂によると、悪き心を持つものはそこで弾かれるのだとか。

 そのままでは海にいる敵に攻撃する手段が無いわけだけど、彼女が持っているメイスには筒陣(とうじん)が仕込まれている。

 石弾(ラピス・ブレッド)なんかの魔法は撃てるので、彼女も十分戦力として数えることができる。

 

 本当は船倉にいるゼルさんに会いに行きたいだろうに、タダで乗せてもらうわけにはいかないと僕らと一緒に哨戒しているのだ。真面目な人だ。

 けれど、やはりその表情は優れない。


「--ねぇロスニアさん、ゼルさんとは長いのかい? ただの仲間って言うより、なんだか姉妹や親子みたいに見えたよ。あ、ロスニアさんが姉の方ね」


 僕の言葉に、ロスニアさんは少し驚いた表情でこちらを見た。


「姉妹…… ふふっ、そうですね。そういえば出会って以来、5年以上ずっと一緒でした。ただの仲間というにはちょっと仲が良すぎますね」


 そう言ってほんのりと微笑む彼女に僕は言葉を続ける。


「へぇ、5年。よっぽど気が合ったんだね」


「えぇ。でも、気が合ったというだけじゃないですね。彼女は、私に世界を教えてくれた人でもあるんです。私が住んでいた村は--」






 それから彼女は、少しづつ思い出すように二人のことを話してくれた。

 以前本人が言っていた通り、ロスニアさんは辺境の蛇人族の村に生まれた。そしてそこの蛇人族は皆緑色の肌だった。

 そんな村に生まれた彼女の肌は水色で、しかも偶然魔法使いの資質があることまで分かった。

 幸い迫害されることはなかったけど、半ば神の使いのような扱いだったそうだ。もちろん只人の住人も居たけど、蛇人族の住人と同じ態度だったようだ。

 親、兄弟、親戚、周りの人々全てが優しく接してくれるけど、決して親しくは接してくれない。そんな状態に彼女は、だんだんと強い孤独を感じるようになっていた。


 そんな中、ふらりと村を訪れた冒険者がゼルさんだった。

 ゼルさんは、一人だけ周りと肌の色が違うロスニアさんを見つけると、『おみゃあ、ウチと似てるにゃあ』と気さくに話しかけてくれたそうだ。

 ゼルさんもロスニアさんと同じく、辺境の猟豹人族の村に生まれた。普通より毛色の黄色味が強かった彼女は、小さい頃はそれで揶揄われ、成人すると邪険に扱われたらしい。

 ゼルさんの村では集団で狩りするらしく、目立つ彼女を連れて行くと獲物が気づいて逃げてしまうのだそうだ。

 ここでは楽しく生きられない。そう感じたゼルさんは一念発起して村を飛び出し、自由な気ままに冒険者になったというわけだ。


 ゼルさんは数日村に滞在し、心躍るような村の外の出来事をロスニアさんにたくさん話して聞かせたそうだ。彼女にとってその時間は、初めて経験する他者との対等な対話だった。

 旅人なんてほとんど訪れない村で、半ば軟禁状態で育ったロスニアさんにとって、ゼルさんの存在は天地がひっくり返るような衝撃だったらしい。

 しかもそんなゼルさんの名前の由来は、毛色に由来した『黄色』という意味だった。

 この人は私と同じだ、私もこの人の様になりたい、一緒に居たい。強い共感と憧れに突き動かされたロスニアさんは、ゼルさんと二人でこっそり村を抜け出した。

 

 それから二人で冒険者をしながら放浪していたのだけれど、一度ゼルさんが瀕死の重傷を負ったことがあったそうだ。

 その時、たまたま通りかかった聖教の司祭様がゼルさんの命を救ってくれたことで、ロスニアさんは人生二度目の衝撃を受けたそうだ。

 そのまま司祭様について行って教会に入信し、修行と洗礼を経て助祭となり、現在に至るというわけだ。


「--あれ? それって、黙って村を出たってことかい?」


「えぇ。出て行くと言ったら、みんなに引き止められるのは目に見えていましたから」


 彼女は悪びれることもなくそう言って微笑んだ。意外と強かな人なのかもしれない。


「最初はゼルのことをすごく尊敬していたんですよ? 優しいし、面白いし、強いし、かっこいいし。でも、だんだん彼女のダメなところも見えて来て…… 今では尊敬とがっかりが釣り合って、親友兼戦友、年上の妹みたいな感じですね」


「なるほどねぇ。そりゃぁ、何としても助けたいところだね」


「はい…… 似たような事は以前にも何度かありましたけど、ゼルは変なところで運が良くて毎回何とかなってきたんです。

 でも、今度こそダメかも知れません。100万ディナなんて大金、どうやって用意すれば……」


 彼女はそう言ってまた表情を曇らせてしまった。

 ……助けたいところだけど、ここ最近立て続けに大金を得た僕らでも、そこまでの金額は持っていない。

 もし持っていたとしても、それはみんなの逃走用資金なのだ。会ったばかりの彼女達のためにために、ほいほい出すわけにはいかない…… いかないよなぁ。






 会話が途切れてしまい二人して海を眺めていると、船員さんがまた厨房の火を頼むと呼びにきた。

 後をロスニアさんに任せて船員さんの後をついて行こうとすると、途中でヴァイオレット様に呼び止められた。

 船員さんには先に行って貰い、僕らは甲板と船室を繋ぐ階段で囁き合う。


「タツヒト。私が言っても聞かないとは思うが、あまり彼女たちの事情に深入りしてはいけないぞ。多少なら良いだろうが、本来我々には他人を気遣っている余裕はないのだ」


「--わかっています。ちょうど先ほど身の上話を聞いてしまって、ロスニアさんを助けたい気持ちは強くなりました。だけど、彼女たちは会ったばかりの他人で、優先すべきは僕らが追手から逃げ切ること。わかってはいるんです……」


「そうか、それならばよかった。 ……少し私も不安になってしまってな。最近になって分かってきたが、君は随分と気が多い様だ。キアニィの件で私は、君に私以外の相手ができても構わないと言った。だが--」


 だんっ!


「んむぅ!?」


 ヴァイオレット様は台詞の途中で突然僕を壁に押し付けると、そのまま両手を僕の頬に添えて貪るように唇を吸った。

 突然のことに目を白黒させていると、彼女は数秒ほどで唇を離した。しかし頬に添えた両手はそのままに、至近距離で僕の目を見つめながら言葉を続けた。

 

「私がこの世で最も君を愛している。誰よりも強く、深くだ。そこだけは絶対に譲らない。覚えておいてくれるだろうか?」


「は、はひぃ」


 やっとのことでそれだけ返事すると。彼女はにっこりと笑い、最後に僕の頬に口付けすると拘束を解いてくれた。


「うむ! ではな」

 

 甲板に出ていく彼女を呆然と見送った僕は、厨房に呼ばれたことを思い出してふらふらと階段を下った。

 そして先を歩いていた船員さんに追いつくと、彼女はこちらちらりと見た後、体ごと振り返った。


「あれ。魔法使いの嬢ちゃん、顔が赤いしふらついてるぜ? 風邪か?」


「い、いや、大丈夫。ちょっと外が暑かったせいだよ、猛烈に……」

 

「おいおい熱中症かよ。意外と危ねぇから気をつけろよ? 厨房で水をもらいな。落ち着いたら火を頼むぜ」


 --しばらく落ち着きそうにないです。


累計PVが2万を超えました! 皆様、いつもお読み頂き本当にありがとうございますm(_ _)m

これを励みに、明日からも投稿を続けてまいります。

【月〜土曜日の19時に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

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