第125話 奔放な猟豹(1)
キアニィさんをみんなで甘やかした夜が明け、翌朝。僕らは宿を引き払って船場に向かった。
船場にはすでに船長とエルミラさんが居て、船員さん達が船に物資を積み込んでいるところだった。
「おはようさん、船長、エルミラ」
「おう、おはよう。次のルジェまでもよろしくな」
大柄な船長がバシバシと僕の背中を叩く。痛い。
「おはよ。砂浜に魔物の大群が来て怪我人が大勢出たって噂だけど、あなたたちは大丈夫だったみたいね」
エルミラさんが、僕らに怪我や装備の損耗がない様子を見てそう言った。
「うむ。実はちょうどその現場に居合わせてな…… 我々は大丈夫だったのだが、確かに多くの怪我人が出てしまった。
尤も、幸い兵士の対応が良く聖職もすぐに呼ばれたので、幸い死人は出なかったが」
「あん? じゃぁ、百匹近い鞭海老に一人立ち向かった魔法使いって、タチアナかぁ!?
酒場で訊いた時にゃ、んな大袈裟なと思ったが、お前なら納得だ。やるじゃねぇか! ますますウチの船に欲しいぜ!」
船長がさっきの2倍くらいの強さでバシバシ背中を叩く。めっちゃ痛いし、体がだんだん海の方に移動してきた。
「や、やめとくれ、海に落ちちまうよ。アタイだけじゃなく、みんなで迎え撃ったんだよ」
「うふふ、でも貴方が一番最初に動いたのは事実ですわぁ」
「偉いであります、撫でてあげるであります!」
「あ、ありがとうシャム、もう十分だよ」
「貴方達ってやっぱり仲良いわねぇ……」
僕の頭を撫でるシャムを見て、エルミラさんが呆れたように呟く。あ、そうだ。
「船長、今話に出た魔物達だけど、アタイには何かから必死に逃げてるように見えたのよね。
アタイらもいつもより気をつけるから、船長も航海中に何かおかしなことが無いか気をつけておくれよ」
「何ぃ……? わかった、ありがとよ。この辺の海にはそんなに大型の魔物はでねぇが、船員達にも気ぃ引き締めるように言っとくぜ。っと、最後の積荷が来たな」
船長の言葉に視線を移すと、只人の船員達に引き連れられ、十数人の人間達が向こう側からこちらに歩いてきていた。
連れられている人達は皆一様に表情が暗く、手枷と足枷の鎖がじゃらじゃらと音を立てている。
そうか。この島に着いたときに奴隷の人達を何割か下ろしてたけど、その補充というわけか。どうやら気持ちよく島を出ることはできなそうだ。
「この島で奴隷落ちするのは、大概が賭博場でバカみたいな賭け方した奴だ。俺ぁ昔は賭け事が大好きだったが、何度もあいつらみたいのを運ぶ内にすっかり嫌になっちまった」
「本当に嫌になるわ。あたしの知り合いもそれで奴隷落ちしたし、売り払われて今頃どこにいるのやら……」
船長とエルミラさんは眉を顰めて、船に乗り込む奴隷の人達を眺めている。
「ふぅん、随分大人数を積み込みますの-- ひっ!?」
僕らもなんとなくその様子を眺めていたのだけれど、キアニィさんが急に悲鳴を上げた。
その視線を辿って僕も気づいた。奴隷の人に、なんだか見たことのある水色の人影が寄り添っているのだ。
「ちょ、ちょいと失礼するよ。みんな、行くよ」
「ん? あ、おい!」
僕らは船長の静止を振り切って奴隷の人達の元に駆けた。
「はぁ、本当にどうするんですか。いえ、もうどうにもできないんですけど…… あれほど賭け事はお小遣いの範囲でって言っていたのに、どうして……
目を離した私が悪かったのかなぁ。でも、怪我人が大勢出たという話を聞いて放っておくわけにもいかなかったですし……」
「ご、ごめんにゃ。ロスニアは何も悪くないにゃ。いつものことだけど全部ウチが悪いにゃ。
だからもうウチのことは忘れて欲しいにゃ。それに、案外奴隷も楽しいかもしれないにゃ。にゃはは」
「もう! そんなこと出来る訳無いじゃないですか!」
「ごめんにゃ……」
近寄ってみると、項垂れながらひたすら文句を言っているのはやはりロスニアさんだった。昨日見た時は見事に整えられていたロングヘアーが、今日はちょっとボサついてしまっている。
そしてロスニアさんにひたすら文句を言われている猫人らしき人は、奴隷らしからぬ明るい表情で飄々と受け答えをしていた。
彼女の頭の上には一対の丸い耳、顔や体にふわふわの体毛が生えていて、ケモ度を五段階で表すと二くらいだろうか。この場面で奇声を上げるわけにはいかないけど、テンション上がってきた。
ショートカットの髪の毛の色は黄色、目の周りに黒いラインが入り体毛が黄色味がだいぶ強い斑模様。多分チーターか何かの亜人だと思う。
クリクリとした目が特徴的な愛嬌のある顔立ちで、しなやかなスレンダー体型、身のこなしや雰囲気からしてかなりの実力者に思える。
服装は他の奴隷の人達と同じく簡素な貫頭衣のようだけど、彼女だけ白い首輪のようなものをしている。
「あー、ロスニアさん昨日ぶり。なんだか大変そうだね」
「えっ…… あぁ、タチアナさん、キアニィさんも!」
「ど、どうもぉ」
僕が話しかけると、彼女はパッと表情を明るくした。いや、違うな。キアニィさんを見たからだろう。当の本人はちょっと離れたところから遠巻きにしてるけど。
「一体どうしたのさ。昨日仲間を待たせてるって言ってたけど、まさかその仲間って……」
「えぇ…… そのまさかです。彼女、猟豹人族のゼルというんですが、ちょっと目を離した隙にだいぶ無茶な賭けをしてしまったみたいで--」
ロスニアさんの話によると、彼女、ゼルさんは結構残念なお姉さんのようだ。依存症というほどでは無いけどギャンブルが大好きで、持っているお金は毎回全部使ってしまうのだそうだ。
そこでロスニアさんはお小遣い制にして、その範囲で賭け事をするように手綱を握っていた。
しかし、この間の魔物の襲撃騒ぎでロスニアさんが側を離れた際、ゼルさんは禁断の賭けを行ってしまった。
自分自身をベットする担保賭けだ。彼女はその賭けにボロ負けし、その場で借金奴隷に落とされてしまった。
そしてロスニアさんが戻ってくる頃には、もう手続きも含めて完了していて手遅れだったそうだ。
彼女はその場でゼルさんを買取ろうとしたけど、競売にかけるから即金なら100万ディナ、日本円で大体1億円くらいと言われてしまったらしい。
流石にそんな金額は用意できず、ひたすらゼルさんに恨み言を呟いていたのだそうだ。
「お小遣い全部摩って、相方に怒られるにゃーって言ってたら、親切なやつが担保賭けのやり方を教えてくれたのにゃ。
それで大勝負に挑んだら見事に負けてしまったのにゃ。いやぁ、まいったにゃ。にゃはははは……」
ゼルさんはカラカラと笑っているけど、ロスニアさんはもう怒りを通り越したのか無表情になってしまっている。
「ふん、随分親切なやつがいたもんだなぁ。あぁ?」
いつの間にか側に来ていた船長が、奴隷の人たちに随行している二人の人物を睨んだ。
おそらく奴隷商のお姉さんと、その隣のローブを着た人は魔法使いだろう。
「えぇ、全く。ですが、我々が商品を扱うからあなた方も潤う…… 違いますか?」
これは…… おそらく賭博場に奴隷商の人間が潜り込んでるんだろうな。多分、ロスニアさんがゼルさんの元を離れる機会を、彼女達はじっと窺っていたのだ。
もしかしたら賭博場側もグルなのかも。億の金が動くんならそのくらいは当然するか……
「--そいつは全く否定できねぇわな、それで腕輪は?」
「こちらに。今引き渡しましょう。魔法使い殿」
「はい」
お姉さんが腕を掲げると、そこにはゼルさんの首についているものと同じ質感の腕輪が嵌っていた。
魔法使いが、懐から鍵のような形状の杖を取り出した。
そして何かの呪文を唱えてから腕輪を外し、船長の腕に付け替えた。
「最後にこちらに署名を…… はい、これで引き渡し完了です。毎度ありがとうございます。では我々はこれで」
「おう、またな……」
船長は微妙な表情で奴隷商を見送った後、表情を改めてこちらに向き直った。
「それじゃぁ、悪いが商売なんでね。お前ら、積荷を船倉に積み込め!」
「「へい、船長!」」
船員の人達が桟橋と船を繋ぐ橋を掛け、奴隷の人達を船倉に追い立てて行った。
「じゃぁロスニア、元気でにゃ。おみゃーならどこでもやっていけるにゃ。ウチのことは忘れるにゃ〜」
「あぁ……」
明るい調子で船倉に歩いていくゼルさんに、ロスニアさんは泣きそうな様子で手を伸ばす。
そしてゼルさんが船倉に消えた後、彼女は縋り付く勢いで船長に懇願した。
「船長さん、お願いです。私もこの船に乗せていただけませんか? 甲板掃除でも汚物処理でもなんでもします……!」
「あぁ? まぁ、助祭様が乗ってくれるんなら俺としては文句はねえんだが…… タチアナ、部屋がねぇからお前らと同室になっちまうが、かまわねぇか?」
「タチアナさん、お願いします…… どうか……!」
今度は僕に懇願するロスニアさんだけど…… 僕はチラリとキアニィさんを見た。
彼女は血の気の引いた顔で僕を見つめ返すと、苦悩の表情を浮かべながらゆっくりと頷いた。
「--えぇ、構いませんよ」
「そうか! なら決まりだな」
「あぁ、皆さん…… ありがとうございます!」
感涙するロスニアさんを他所に、キアニィさんは全てを諦めたかのように天を仰いだ。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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