第123話 慈愛の蛇(1)
すみません、だいぶ遅れてしまいましたm(_ _)m
近くの食堂を間借りした仮設の救護所と砂浜をなん度も往復する。そうする内に全ての怪我人を運び終える事ができた。
魚人族の兵士の人達は浜辺の方に戻り、他の魔物が寄って来ないように死骸の撤去と海中の哨戒、そして今回の鞭海老襲撃の原因究明に当たっているようだ。
今までこんなに大々的に海水浴させてたんだから当然だろうけど、こんなことは初めてらしい。ますます不安になってしまう。
兵士の中には只人の女性もいて、救護所での怪我人の対応は彼女達が主に行なっている。
僕らは成り行きでそれに混じり怪我人の世話をしているところだ。救護所の中は野戦病院のようで、うめき声をあげる人達な何十人も床に転がっていた。
「魔法使いの嬢ちゃん、火属性だったよな!? ちょっとこの水を沸かしてくれ!」
「はいよ!」
「蛙人族のお姉さん、そっちの包帯を取ってくれますか!?」
「わかりましたわ!」
僕とキアニィさんは兵士の人達の指示に従ってひたすら手伝いをしている。ヴァイオレット様とシャムは浜辺の方を手伝いに行ってくれた。
そうしてしばらく忙しく動き回っていると、にわかに救護所の入り口の方が騒がしくなった。
視線を入り口の方に向けると、聖職者っぽい格好の只人と魚人族の人が数人来ていた。
「よかった、司祭様達が来てくれた……! これで少なくとも死人はでないぞ」
近くに居た兵士の人がほっとした表情でそういった。怪我人の中には重症者も居て、市販の治療薬では衰弱しする危険性があったのだ。
重症者は一箇所にまとめられていたので、司祭様達はすぐにそこの人達の治療に取り掛かっていた。
「よかったですわねぇ。死人が出てしまったら目覚めが悪いですもの。っと、わたくしが言えた口ではありませんわね……」
側で救護を手伝ってくれていたキアニィさんは、少しバツの悪そうな表情でそう言った。
確かに、元暗殺者の彼女は、命じられるがままに沢山の命を奪ってきたのだろう。でも--
「そんなことないさ。キアニィが前に職場のことを忘れて、アタイらに染まってきたってことだろ? アタイは嬉しいけどね」
ちょっとおどけた調子そう言うと、彼女は表情を和らげてくれた。
「うふふ、そうですわね…… さぁ、さっさと救護を終えてしまいま-- ひっ!?」
せっかく和らいだ彼女の表情が、一瞬で恐怖に引き攣った。その視線は僕の背後、入り口の方に向いている。
つられて後ろを振り返り僕も目を見張ったけど、それはそこに居たのが初見の種族の人だったからだ。
その人の上半身は只人の女性で、長くくねる下半身は魚人族の人に似ていた。しかし尾の先に鰭が無く、鱗と蛇腹に覆われている。きっと蛇人族か何かだ。
手入れの行き届いたロングヘアーと思わず触りたくなるような光沢を放つ鱗は、とても綺麗な水色をしている。
顔立ちは慈愛に満ちた清楚な雰囲気で、静かにアルカイックスマイルを浮かべている。
テンションが上がって僕も声が出そうになるけど、何やらキアニィさんが怯えているので頑張って自重した。一体どうしたんだろう?
蛇人族の彼女は救護所の様子に眉を顰めると、聖職者の人たちが固まっているところに進んで声を掛けた。
「すみません、私は旅の助祭のロスニアと申します。聞いた通り怪我人が多いようですね…… 手は足りていますか?」
なるほど、冒険者だったのか。彼女の服装は修道服のようなだけど、持っている杖がなんだかメイスのような形状をしているし、ところどころに防具も着込んでいる。
聖協会に所属する聖職者の人達は、修行の目的で冒険者をする事があるらしい。彼女もそう言う事だろう。
「おぉ、ありがたい、助かるよ。こちらの重症者は我々に任せてくれて大丈夫だ。そうだな…… 確かあちらの辺りに少し怪我の重い人がいたから、そちらを頼めるかかい?
お布施は領主様がまとめて出してくださるそうだよ」
「わかりました、お任せください!」
彼女はそう元気よく返事すると、聖職者の人が示した方向、すなわち僕らのいる方を見た。
すると彼女はなぜか満面の笑みを浮かべ、かなりの速度で滑るようにこちらに向かってきた。
「まぁ……! 蛙人族の方がいらっしゃったのですね! 私は旅の助祭のロスニアと申します。
見ての通り蛇人族です。あなたのお名前を伺っても良いですか?」
彼女、ロスニアさんは、キアニィさんが思わずのけ反ってしまうほど距離を詰めてそう言った。
一方キアニィさんは、片手で僕の腕を掴み、もう片方の手はもうナイフに掛けてしまっている。腕から震えが伝わってくる。
明らかに様子がおかしく、表情も相変わらず引き攣ったままで、ロスニアさんの質問に答えられずにいる。
僕はキアニィさんの手をゆっくり引いて後ろに隠すと、入れ違いにロスニアさんの前に出た。
「ちょっと待ちなよ。ロスニアさんて言ったかい? 悪いんだけど、少し離れておくれ。ウチのもんがひどく怯えてるみたいなんでね」
僕の言葉に、ロスニアさんはハッとして距離を取ってくれた。
「す、すみません、私ったら…… 私達は蛙人族の人が大好きなんですけど、蛙人族の人は私達の事が苦手みたいなんです。
本当に、食べてしまいたいくらい好きなんですけど……」
何かの漫画で、笑うという行為は本来攻撃的なものだと言っていた。
牙を見せながら悲しげに笑うロスニアさんを見て、僕はそれを思い出した。
「そいつは難儀だね…… アタイはタチアナ、こっちはキアニィ。まずは怪我人の手当てをしないかい?」
「あ、そうでした。では、早速看させていただきます」
取り敢えず話は後にして治療しようと言うことになり、僕はロスニアさんを重傷気味の怪我人の元へ案内した。
怪我人は只人の男性で、鞭海老の触覚で腹を深く切り裂かれていた。
傷は内臓までは達していないけれど、かなり出血があり、包帯で止血していた。
一方キアニィさんは僕らからちょっと離れ、別の怪我人の世話をしながらこちらをチラチラと伺っている。
「包帯を取りますね…… うん。現場は砂浜ということでしたが、綺麗に洗ってくれたみたいですね。ありがとうございます、適切な処置です」
「よかった。傷口に砂が入ってたから、洗う時ひどく痛がったてたけどね」
「助祭様…… 私は、助かるんでしょうか……?」
青い顔をした怪我人が、縋るような目でロスニアさんを見つめる。
「はい。大丈夫、すぐに楽にして差し上げますね」
彼女は彼を落ち着かせるように微笑むと、傷口に手を翳しながら詠唱を始めた。
その体が橙色に発光し、傷口から泡立つような音がし始め、数分ほどで傷口が塞がってしまった。
「おぉ…… 痛みが引きました。だるさも無いです……! ありがとうございます」
途端に元気になった男性は、起き上がってロスニアさんにお礼を言った。
……早い。助祭と名乗った彼女はかなり若く見えるけど、ベラーキ村にいたソフィ司祭と同じくらいの治療速度だ。
領軍にいたセリア助祭も優秀だったらしいけど、ロスニアさんは彼女の倍くらいの速度で傷を塞いでしまった。
「ふぅ…… よかったです。あなたに神のご加護が在らんことを。ではタチアナさん、私は他の怪我人の方もみて来ます」
「あぁ、頼んだよ」
「--あの、キアニィさん。先ほどはごめんなさい。良ければ、後でお話してくださいませんか?」
懇願するような声色のロスニアさん。キアニィさんがそれになんとか無言で頷くと、ロスニアさんは、満面の笑顔で嬉しそうに去っていった。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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