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第122話 甲殻類の逆襲

すみません、遅れました。ちょっと長めです。


「……あの、ヴァイオレット様。こんなことを話すのはとても憚られるのですが、どうしても相談したいことがあるんです」


「む。改まってどうしたのだ?」


 キアニィさんとの密着水泳訓練の翌日の昼。浜焼き、いわゆるBBQの器具が借りられるという情報を入手し、僕とヴァイオレット様は早速レンタル店に向かった。

 そして無事器具を借り、食材も仕入れてみんなのいる砂浜に戻る帰り道、僕は彼女に相談を持ちかけた。

 というか、相談させてもらうために彼女について来てもらったのだ。


「その、キアニィさんのスキンシップが凄くて…… あの、全然嫌じゃ無いんですけど、いや、ヴァイオレット様の前で嫌じゃ無いというのも違うんですけど……

 ともかく、多分彼女は僕を異性として好意を持ってくれているみたいでして、そうすると僕も意識せざるを得ないというか……

 僕のヴァイオレット様への気持ちは全く揺らいでいません。でも、仲間に誘うくらい好ましく思ってるキアニィさんにこうも迫られると、今後のことに確信が持てないんです。

 万が一にも間違いを起こさないよう、何か言葉を頂けませんか……? な、なんでしたら、ビンタで気合を入れて頂くというのでも全く構いません!

 変、というか情けない相談ですみません……」


 自分で話しておいて、途中からこいつ何言ってんだと思ってしまった。

 要約すると、今僕はあなたと付き合ってるんですけど、他の人からのアプローチでぐらついています。決心が鈍らないように、言葉をかけるなり気合を入れるなりして引き留めてください。と、こんなことを言っているのだ。どうかしてる。

 でもこのままだと、僕はキアニィさんのことを異性として好きになってしまいそうなのだ。


「ふむ…… なるほど、了解した。では心して聞いてくれ」


「は、はい!」


 彼女は立ち止まり僕をまっすぐに見据えた。僕は姿勢を正して言葉を待つ。


「仮に君とキアニィが恋仲になったとしても、私ともこれまで通り付き合ってくれるのであれば、私は一向に構わない。以上だ」


「……へ?」


 その言葉を発した彼女は、呆然とする僕を尻目にまた歩き始めてしまった。

 一瞬停止した思考が回復し、急いで彼女の後を追う。


「ちょ、ちょっと、待ってください! 予想外すぎます…… 一体どういうことですか!?」


「どうもこうも、言った通りの意味だ。おっと、聞かれるだろうから先に説明しておくと、私が君と一緒に王国を出奔したのは、マリアンヌ陛下が君を独占しようとしたからだ。

 もし陛下に、私も君と共にあることを許容する度量があったのなら、私は今ここに居ないだろう」


「そ、そうだったんですか……」


「うむ。君は『間違い』と言ったが、そもそも元貴族である私が身を置いていた世界では、複数の相手を持つことが普通だ。

 私の母上は父上しか夫を設けなかったが、通常は私の姉上のように複数設ける。

 只人の男であっても、成功した商人などが実質的に複数の女性を抱えることはあることだしな。

 まぁ、姉上の場合は文字通りヤリすぎだが…… おっと、少し下品だったな。すまない」


「あ、あははは……」


「ともかく、私に遠慮して自分の心を縛る必要は無い。彼女が君事を好いていて、君も満更では無いというのであれば、その関係性を発展させていけば良いと私は思う。

 私から見ても彼女は魅力的な女性だし、何より信頼できるしな」


 そう言ってヴァイオレット様は微笑んだ。

 ここが不思議なんだけど、ヴァイオレット様とキアニィさんの間には謎の信頼関係というか、連帯感のようなものを感じるんだよね。ただの仲間という以上の何かを。


「えっと、お考えはわかりました。ありがとうございます。でも…… なんというか僕にとって都合が良すぎて、ちょっと戸惑っています」


「ふふっ、そうだろうとも。だが、話しにくかっただろうによく打ち明けてくれた。それでこそ私が見込んだ男だ。

 さて、キアニィとシャムが腹を空かせているはずだ。少し急ごうか」


「--そうですね。急ぎましょう」


 好意を向けてくれるキアニィさんにどう向き合えばいいのか、まだよくわからない。

 それでも、ヴァイオレット様と話したことで、抱えていた罪悪感のようなものが少し楽になった。本当に器の大きい人だ……

 僕はヴァイオレット様に続き、小走りで砂浜に向かった。





 

「はぁ、ほんとに美味しいですわぁ。特にこの大きな焼き海老…… 丁寧にワタも取ってありますし、にんにくとレモンも効いてて、お酒が進みますわぁ」


「お酒でありますか…… シャムの知識によると、適度であれば人間関係を円滑にするコミュニケーションツールとして役に立つとあるであります。ちょっと飲ませて欲しいであります」


「うふふ、やめときなさぁい。シャムちゃんまだ0歳でしょ? 大人になってからの楽しみしておいた方がいいですわよ? それに味としては苦いのよ、これ」


「むぅ、苦いでありますか…… だったらいいであります。オレンジジュースを飲むであります」


 BBQを初めて2時間ほど、キアニィさんはいい感じにほろ酔いになって来ている。

 彼女の足元のゴミ入れは、海老の殻でいっぱいになっていた。気に入ってもらったみたいでよかった。


「しかしタチアナ、君は本当に酒を飲まないな。確か、あまり強くないのだったか?」


 ヴァイオレット様が、ちょっと赤くなった顔で尋ねてくる。こちらもいい感じに酔っているようだ。


「うん。飲めないわけじゃないんだけど、ちょっと酒癖がね…… なんか色々とタガが外れちゃうみたいなのよね……」


 僕の脳裏に、過去の失敗の数々が浮かび上がる。もうあんな醜態を晒したくは無いのだ。


「ほう、それは少し見てみたい気もするが……」


「やめておくれよ。アタイはシャムと一緒に果汁でも飲んでるさ。それよりほら、お待ちかねの豚のアバラだよ。今切り分けるからさ」

 

 ヴァイオレット様のリクエストで購入した豚のアバラは、スパイスを刷り込んでから蓋付きのコンロでじっくりと加熱していたのだ。

 コンロから引き上げて肉を切り分けると、食欲をそそる香りと共に肉汁が溢れ出てきた。僕はそこにスモーキーで甘塩っぱいソースをかけ、ヴァイオレット様に手渡した。


「おぉ、ありがとう! なんともいい香りだ…… むぐ…… うむ、なんと柔らかな……! このスパイスと豚肉との相性が最高だ…… そこにこの燻製風味のソースがかかることでより高次元な--」


「海から上がれぇーー!! 鞭海老(フラグ・スクウィラ)の大群だっ!! 砂浜へ逃げろーー!!」


 ヴァイオレット様の寸評を遮り、沖合から大声が響いた。


「な、なんだい!?」


 エプロンをむしり取りながら海に視線を向けると、ビーチの沖の方で哨戒していた魚人族の兵士の人達が、血相を変えて砂浜に向かってきている。

 しかし、彼女達の後ろにはこちらからは何も見えない。僕ら同様、海に入っている人達も困惑しつつも逃げずに眺めてしまっている。

 

「おい、逃げろって言ってるだろ!!」


「くそっ、もう避難が間に合わないぞ……!?」


 逃げない観光客達に、兵士の人達がイラついた声を上げる。そして彼女達が砂浜に上がる頃、沖合から迫って来ていたもの達がやっと姿を現した。

 それは、大きさが成人男性ほどもある巨大な海老だった。髭に当たる部分が異様に長く、ヒュンヒュンをうなりを上げている。

 そんな魔物が、今見える範囲で百体程度、まっすぐに砂浜に向かってきているのだ。沖合を哨戒していた兵士たちはせいぜい十数人だったので、この数に対処できるわけがない、

 この段階になって、やっと海に入っていた人達が悲鳴を上げながら砂浜に逃げ始めた。


「嘘だろ、なんて数だい……!」


 チラリの視線を足元に映すと、ゴミ入れに山ほど海老の殻が入っていた。まさか、敵討ってわけじゃないよね……?


「まずいな…… 今は武器も無い。我々も逃げるぞ」


「はいよ! すぐに--」


「キャァァァァ!?」


 聞こえてきた悲鳴に視線を海へ戻すと、立ちすくんだり、腰を抜かしてしまっている人がかなりの数居た。

 観光地なせいか、あまり戦いの経験が無い人が多かったみたいだ。

 この感じだと大勢死んでしまいそうだ…… 仕方ない。


「ちょっと行ってくるよ!」


 僕は海に向かって走り出した。


「待て、タチアナ!?」


 ヴァイオレット様が静止の声をかけるので、首だけ振り返って答える。


「アタイが足止めしておくから、ヴィー達は武器を取りに行っておくれ! 大丈夫、無茶はしないさ!」


「全くもう、しょうがないわねぇ」


 気づくと、キアニィさんがいつもの凶悪な形状のナイフを手に並走していた。


「キ、キアニィ、今それどこから出したんだい!?」


「うふふ、いい女は秘密を持ってるものよぉ」


「は…… ははっ、さすがだねぇ! じゃぁ逃げ遅れてる奴らを頼むよ! アタイは魔法で数を減らすから!」


「かしこまりましたわ!」


 逃げろと怒鳴る魚人族の兵士達とすれ違いながら、波打ち際まで走り寄る。そして僕は、間近まで迫った鞭海老(フラグ・スクウィラ)の大群に向けて魔法を放った。


 『螺旋火(スピラルイグニス)!』






 鞭海老(フラグ・スクウィラ)の群れの襲撃からおよそ15分程経った。

 武器を持って駆けつけてくれたヴァイオレット様達や、応援を呼んできた兵士の人たちのおかげで、なんとか群れを殲滅する事ができた。

 遠距離から魔法を撃つ分には大した相手じゃなかったけど、接近戦では鞭のような触覚を高速で振るってくるので結構危ない相手だったようだ。

 兵士の人たちの中にもだいぶ怪我人が出ている。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…… なんとか、凌ぎ切ったみたいだね」


 魔力切れで息を切らしていると、リーダー格っぽい兵士の人が近寄ってきた。


「すまない、あんたらのおかげで助かったよ」


「ふぅ…… 気にしないでおくれ。それより、怪我人が多いみたいだよ。この島に司祭様はいるのかい?」


「あぁ、いらっしゃる。今部下が呼んできてくれているはずだ。疲れているところ悪いんだが、怪我人の収容も手伝ってもらえないか? 後できっと報酬は出す」


「わかったよ、期待しておくね」


 そこらじゅうに転がっている怪我人を、兵士の人達の指示に従って救護所へと運ぶ。

 作業中にヴァイオレット様が近くに来たので、僕が感じている不安をぶつけてみた。


「ヴィー。魔物がこんなふうに大群で押し寄せてくるのって、嫌な予感しかしないね……」


「あぁ。海で大狂溢(だいきょういつ)が起こるとは聞いた事がないが、何かが起こっていることは確かだろう……」


 ヴァイオレット様は神妙な表情で呟き、視線を海に移した。

 僕も釣られてそちらを見たけど、先ほどまでの騒ぎが嘘のように穏やかな海が広がっている。

 これまでただただ綺麗に見えていた海は、今や決してその底を見通すことのできない魔境のように感じられた。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜土曜日の19時に投稿予定】


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