第121話 楽園の島(2)
ちょっと長めです。
翌朝。僕らは宿を出て水着を売っているという店に向かった。魔物の心配は無いということなので、武器や防具は宿に預けてある。
通りには僕らのような観光客っぽい人たちが沢山いた。この時代に観光に来るくらいだからか、みんな裕福そうだ。
夕方の街並みも綺麗だったけど、日中の今は建物の白壁が海や青空に映えてとても美しい。出店一つとってもなんだかおしゃれな感じがする。
天気は絶好の海水浴日和で、初夏の季節を感じさせる強い日差しに少し汗ばむほどだ。
ちょっと歩いたら、結構すぐに目的の店に着いた。店に入ると地球世界も斯くやというような品揃えで、ものすごい種類の水着が吊るしてあった。
種々の亜人がいる世界だからというのもあるだろうけど、なんだかここだけ時代を先取りし過ぎて無い?
僕らの先頭にいたヴァイオレット様は、水着を一瞥したあと、店員さんがいるカウンター近くの棚に歩いて行った。
「うむ、やはりあったな」
彼女が棚から手に取った品は、いわゆるウォータープルーフの化粧品のようだった。店員さんによると、水に浸かっても流れ落ちにくいらしい。
「へぇ、こんなものが。ヴィー、よく知ってたね」
「いや、当て勘だよ。エルミラ殿も化粧をしていたし、海に潜る魚人族の島だからきっとあると思ったのだ」
なるほど、言われてみればそうだ。この島は魚人族の島なので、彼女達が過ごしやすいような設計がされている。
昨日は気づかなかったけど、島には水路が張り巡らされていて、彼女達はその中を泳いで島中を高速で移動しているようだった。
で、水からでたり入ったりするたびに化粧を直すのはしんどすぎるので、こういった化粧品が発達したのだろう。
「そうかい。ぱっと見、スカート付きの水着やパレオなんかもあるみたいだね…… そうなると、アタイが海水浴を避ける理由はもう無いか」
いや、本当に海水浴は嫌じゃ無いんだよね。むしろ健全なもんむす好き男子高校生としては、みんなの水着姿は是非とも見たい。
最近はタチアナでいる時間のほうが長いので、もはや女装に抵抗も無いし。
「ふふっ、そのようだな。さて…… 店員殿、少しいいだろうか?」
ヴァイオレット様が店員の只人のお姉さんに耳打ちすると、彼女は驚愕に目を見開き、僕とヴァイオレット様を見比べた後、我が意を得たりといった感じで頷いた。あれ、どこかで見た光景だな……
「うむ、ではよろしく頼む! タチアナ、君はこちらの店員殿に選んでもらうといい。事情は話してある。
我々はあちらで水着を選ぼう。お互い砂浜でお披露目と行こう!」
ヴァイオレット様は、キアニィさんとシャムを連れて小走りで奥の方に行ってしまった。
「うふふ、それでは選ばせて頂きますね?」
残された僕に、店員さんがいい笑顔で言う。なんかもう全員楽しそうだな。
店を後にして砂浜まで移動した僕らは、併設された個室の更衣室で購入した水着に着替えた。
先に着替え終わった僕が外で待っていると、ほとんど同時に女性陣が更衣室から出てきた。
「タチアナ、待たせた-- これは…… うむ、素晴らしい! 大変にけしからんな!」
「可愛いであります! それに比べてシャムのはちょっと可愛くないであります……」
「あら可愛らしい。ちょっと自信を無くしますわぁ…… ねぇヴィー、これやっぱり小さくないかしらぁ?」
みんなが僕を見て口々に褒めてくれる。正直、ちょっと嬉しい。僕の精神は、だいぶタチアナに侵食されてしまっているようだ。
僕が着ているのは白い色合いのワンピース的な水着だ。胸元にひらひらの布飾りが着いていて、腰元はスカートのようになっている。
異様なテンションの店員さんがお勧めしてくれた、足りないところを盛り、出っ張ってるところを隠してくれる一品だ。
「ありがと。みんなもとてもえっち…… じゃなくて、とてもよく似合ってるよ」
まずはヴァイオレット様。クロスデザインというんだろうか、上半身はフロント部分が交差したビキニで、たわわなお胸を覆っている。
馬体の方も同じデザインような交差した布地で覆われていて、鍛え抜かれつつもスラリとした肢体がなおのこと美しく見える。
水着の色は馬体や髪色に合わせたシックな紫。その形状も相まって、とてもセクシーな大人のお姉さん的魅力を感じる。
次にシャム。機械人形特有の露出した関節構造を隠すため、首から上と手と足先だけが露出している一体型の水着だ。
本人は可愛くないと言っているけど、ピッタリした素材がほっそりとした体型をそのまま浮かび上がらせ、思わず目が奪われる。
黒っぽい素材は見方によってはスポーティーにも見えるけど、プラグスーツのようなフェティシズムも感じる。とても良い。
ちなみに、シャムや僕の事情はすでにキアニィさんに話してある。色々と合点がいったと、彼女は意外にもすんなり信じてくれた。
最後にキアニィさん。彼女は布面積が一番少なく、かなり際どい三角ビキニだ。形の良いバストが半分くらい顕になってしまっている。
下も鼠蹊部まで見えていて、彼女の長い足やしっかりしたお尻が強調されており、なんだかドキドキしてしまう。えっち過ぎる。
色は髪色に合わせつつもビビッドな明るい緑で、この開放的な雰囲気のビーチにとてもよく合っている。
「--うん、本当によく似合ってる、目の保養だねぇ。これ少ないけどアタイから……」
素晴らしいものを見せて頂いた。気づくと僕は、半ば反射のようにみんなにお金を差し出していた。
「わーい、お小遣いであります!」
「タ、タチアナ、一体どうしたの。なぜお金を……?」
「タチアナ、まだその癖が治っていないのか…… しまっておきなさい」
……またやってしまった。いや、でもいいものには進んでお金を払いたくなるのは自然なことのはずだ。うん。
「さて、少し泳いでみようか。確かタチアナは少し水泳が苦手、シャムは初めてだったな?」
「うん、あんまり得意じゃないね。なんか沈んじゃうんだよ」
僕の体は見た目に対して重い。細い割に筋肉がついているみたいなんだよね。そのせいか水に浮かびにくく、ちょっと泳ぐのが苦手だ。
「初めてであります! シャムの構造からして、おそらく水には浮かばないであります」
あ、それはそうかも。なんたって彼女の骨格は金属の塊だ。水に浮くためには、多分めちゃくちゃバタ足する必要がある。
「よし。では私がシャムに泳ぎを教えよう。タチアナの方は、キアニィ。君に頼みたい」
ヴァイオレット様が何か企んでそうな笑顔でキアニィさんを見た。
「ま、まかせなさぁい。さぁタチアナ、行きますわよ」
「あ、うん。よろしくね」
何か釈然としないものを感じつつも、僕はキアニィさんに手を引かれて海に入った。
「そうそう。あなたの場合、真後ろでなく少し斜め下方向に水を蹴るように意識した方がいいですわぁ」
「あ、ほんとだね。あんまりしずまなくなったよ」
キアニィさんに両手を引いてもらいながら、体を腹ばいに海に浮かべて基本のバタ足の練習をする。
最初は手を繋いだ状態で練習することにドキドキしていたけど、だんだんと練習に集中してきた。
「大変お上手。とてもよくなりましたわぁ。 ……そ、そうしましたら、次は腕の動きもつけていきますわよ。ちょっと立ってみて下さいまし」
「わかったよ……!?」
「こうして、肩から大きく回しますの。息継ぎは、水中で鼻からふーっと吐いて、顔を上げた時にぱっと口を開いて吸うんですの」
キアニィさんは立ち上がった僕に後ろから密着し、僕の手を取って動きを教え込むように動かし始めた。
彼女が身じろぎするたびに柔らかな体の感触が伝わってくるし、たまに腕を撫でさせるような動きも入れてくる。
さらに僕の耳元で喋るので、首筋がゾクゾクしてしまう。率直に言って、だいぶやらしい気持ちになりつつある。なんだか顔も熱い。
「キ、キアニィさん…… ちょっと近いですよ…… 口で言ってくれればわかりますって」
思わず素の言葉遣いに戻りながら、僕も囁くように彼女に訴える。
「あら。こうして触れ合うことで正しい指導ができますの。わたくし達の組織でもこうして技術指導するんですのよ?」
「ほ、ほんとですかぁ?」
その後も、密着スキンシップと耳元での囁きを伴う厳しい指導は続いた。
この短時間で実際に泳ぎも上達してきたので、組織直伝の指導法というのもあながち嘘じゃ無いのかもしれない。
でも、僕の理性にも限界がある。そろそろ免許皆伝を貰わないと、非常にまずいことになりそう……
「うふふ、楽しいですわぁ…… タツヒト君、わたくしを仲間に誘ってくれて、本当にありがとうございますわぁ」
背泳ぎの指導の最中、キアニィさんは水面に浮かぶ僕の顔にかがみこみ、囁くように呟いた。もうほとんど口付けするかのような距離だ。
流れ落ちた髪がカーテンのように景色を隠し、今僕の目には上下逆さになった彼女の顔しか写っていない。
「そ、それはよかったです。でもごめんなさい、毎日僕がご飯を作る約束、全然守れていませんね」
「そんなことはいいのですわぁ。今はあなたと、あなた達と一緒にいられることが嬉しいんですの。
組織にいた頃は、他人とこうして穏やかな時間を過ごすことなんてありませんでしたもの。
わたくし達は消耗品、まともな名前すら無く、幼い頃からそうして来たようにただただ人を殺める日々…… 誰かと絆を育むなんて、発想すら浮かばない生活でしたわぁ」
「……」
「でも幸か不幸か、わたくしはあなたに出会うことができましたわぁ。任務に失敗した事で組織に居られなくなりましたけれども、わたくしは今、初めて自分の人生を生きている気がいたしますの。
いきなりこんな事を言われたら困るかも知れませんけど、あなたに改めて感謝を伝えておきたかったんですの」
彼女は穏やかな笑顔を浮かべながらも、同時に泣きそうな表情にも見える。
僕は思わず手を伸ばし、彼女の頬に触れた。
「……僕は、大したことは何もしていません。ただ、あなたが今幸せで、それが僕のおかげだというのなら、こんなに嬉しいことは無いです」
「……! --うふふ。タツヒト君、あなたって本当に…… いえ…… そろそろいい時間ですわね。上がって昼食を頂きましょう?」
キアニィさんはパッと顔を上げると、僕の手を引いて立ち上がらせた。
このまま浜まで手を繋いでいくのだろう。しかし、ちょっと待ってほしい。
密着指導が終わったと一瞬気を抜いた瞬間、鋼の精神力で抑えていタガが外れてしまった。
「……キアニィさん、ちょっと先に行っててくれませんか?」
「え、どうされましたの? 足でもつりましたの?」
キアニィさんが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。ありがたいけど、今はやめてほしい。
「その、ちょっと今は浜辺に上がれなくて、できればちょっと離れてて欲しいです……」
怪訝そうな表情で僕を上から下まで見た彼女が、ハッとして赤面した。
「あ…… わ、わかりましたわぁ。その、ゆっくりでよろしくてよ?」
彼女はその台詞を言い終わる前に顔を逸らし、そそくさと砂浜の方に歩いて行った。
あう…… 完全にバレてる。でも、憎からず思っている異性にあんなにされたら、生理反応が生じないはずが無いのだ
本当にまずい…… このままでは好きになってしまう。我が女神ヴァイオレット様、迷える僕をお導き下さい。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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