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第120話 楽園の島(1)


 幸い、鰓小鬼(ブランゴブリン)達の襲撃はあれ以降無かった。

 あと、船酔いにもだいぶ慣れてきた。まだちょっと気持ち悪いけど、吐くほどじゃない。よかった……

 そしてあまり知らなかったのだけれど、船を動かすというのはかなり大変みたいだ。

 風向きに合わせて船員さん達が慌ただしく帆や舵を操作し、船が目的の方向に向かうようずっと調整し続けている。

 向かい風ぎみの時には特に大変そうで、ジグザグと細かく向きを変えながら、船を目的地に近づけている感じだった。


 それでも、利用できる方向から風が吹いているだけまだましで、完全な向かい風や無風の時は、人力かエレミラさんが水魔法を使うしかない。

 人力の場合は太鼓の音に合わせながら船員さん達が櫂で漕ぐ。この船の人たちは全員ある程度身体強化が使えるらしく、結構少ない人数で十分な速度が出ていた。

 どちらも長時間使い続けると疲労するので、無風状態が続いた時には人力と魔法を交互に使って船を進めていた。

 

 おかげで船は順調に進んでいたらしく、出向した日の翌日の夕方頃、水平線の先に段々と島が見えてきた。

 僕は相変わらず船首側で哨戒していて、隣ではエレミラさんが水魔法で船を動かしている。また風が止んだので出張ってきていたのだ。


「--見えてきたね。あそこが今回の航路の中継地であたしの故郷、アイヴィス島だよ」


 エレミラさんが前方の島影を指しながら言う。


「あれかい。すごいね、二日で着くって話だったけど、予定通りじゃないか。魔物に襲われたり、何度も風が止まったりしたのに」


「まぁね。あたしも、多分この船の船長もこの海は長いからね。このくらいはできるのさ」


 彼女はそう謙遜するけど、やっぱり鰭耳がぴこぴこ動いている。結構わかりやすい人なのかもしれない。


 島にだいぶ近づいた頃には、その様子も遠目に見えるようなっていた。

 港には大小様々な船が停まり、整然と並ぶ建物が夕日に染められてとても綺麗だ。

 多分、島の大きさは直径数十kmくらいだろうか。こっちの世界に来てから防壁の無い街を始めてみたけど、このくらいの大きさなら陸の魔物は駆逐できてしまうんだろうな。


 船が向かっている港とは別の岸は、綺麗なビーチになっていた。

 もう夕方なせいか泳いでいる人は少ないけど、砂浜で寛いでいる人影がたくさん見える。流石リゾート地って感じだ。

 あれ、でも魔物が普通に絡んでくる海で泳いでて大丈夫なんだろうか。


「ねぇエレミラ。あそこの浜で泳いでる人がいるけど、魔物に襲われたりしないのかい? あ、泳いでるのは全員魚人族とか?」


 魚人族だったら海中でも十全に動けるだろうから、魔物が来ても対応できるのだろう。


「いいえ、あなたみたいな只人も泳いでるわよ。えっと、見えるかしら…… 浜の沖の方に等間隔に杭のようなものが立ってるでしょう?

 新しい領主様が土魔法で作らせたものらしいけど、あれて大きな魔物が入ってくるのを防いでるの。

 あとは魚人族の兵士の人達が巡回して、小粒の魔物を狩っているわ。そのおかげで、観光客の連中は呑気に泳いでいられるってわけ。海水浴とか言って客を呼び込んでるのよ」


 言われてみれば確かに、ビーチの沖の方に等間隔に並ぶ棒のようなものが見えた。棒は結構な数に見える。あれを魔法で作るのはしんどかっただろうな。

 あとエレミラさん、観光客が嫌いっぽいな。以前の島の方がいいと言っていたけど……


「へぇー、すごい。その新しい領主様は随分やり手なんだね」


「--まぁね。確かに今の領主様のおかげでみんな裕福になったよ。人が沢山来てお金を落としていってくれるから。

 でもいいことばかりじゃないのよ。公営の賭博場ができて、そこで大きな借金を作ってそのまま奴隷落ちする奴も居るの。逆に一発当てて大金持ちになる奴も居て、そんな奴らのために奴隷市なんてのもできちゃったし…… 今回の積荷も、多分一部はここが配達先よ?

 あと、最近は何かおかしな薬まで出回ってるって話もあるわ。吸ったら気持ちよくなって、抜け出せなくなるようなやつ。真面目な兵士に見つかったら捕まるから、あなた達も気をつけてね?」


「そ、それは、確かにいいことばかりじゃないわね。教えてくれてありがと。気をつけるよ」


 いやー…… 楽園の島というけど、どうやら地獄も同居しているようだ。






 船は程なく島に接舷し、船員達の動きは一気に慌ただしくなった。

 エレミラさんが言っていた通り、船倉にいた奴隷の人達の一部、主に男性達はここで降ろすらしい。

 陽が暮れ始めた中、項垂れて桟橋を歩く彼らの姿から目を離すことができなかった。

 僕らは邪魔にならなそうなところに固まっていたのだけれど、作業がひと段落したところで船長が声をかけてくれた。

 

 彼女曰く、船は三日後の朝にこの島を出発するのでそれまで護衛の僕らは自由ということらしい。

 とりあえずまだ少し船酔いするし、船に設けられた部屋は非常に狭かったので、僕らは島で宿を取ることにした。

 エルミラさんおすすめの中堅の宿を聞いて向かってみると、運よく部屋が空いていたので即決でそこに泊まることにした。お値段は結構したけど、内装も外装もとても綺麗だったのだ。流石は観光地。

 宿の食堂で新鮮な海の幸を存分に味わった僕らは、すぐに部屋に引き上げて島での過ごし方について話し合うことにした。


「--というわけで、ここは楽しいばかりの観光地とは呼べないところみたいです。僕がエルミラさんから聞いた話はこんなところですね」


「ふむ、薬物か…… 注意せねばならないな。教育によろしくないので、賭博場にも近寄らないようにしよう」


「シャムは興味があるであります! 確率計算なら得意であります!」


「やめておきなさぁい。腕のいいディーラー相手にそんなもの役に立ちませんわぁ」


「となると、時間を潰せそうなのは買い物か海水浴ですかね」


 どっちも人目につきそうだけど、島に入ってから馬人族や()人族の人もちらほら見かけたので、多少遊んでも大丈夫だろう。けど海水浴はなぁ……


「うむ。私としては、海水浴が非常に興味をそそられる。ぜひ水着姿を見てみたいところだ。なぁ、タチアナ」

 

「あ、あたいはよしておくよ。化粧が落ちちまうし、きっと、その、水着に収まらないよ……」


 僕がギリギリの発言をしたらキアニィさんが赤面してしまった。シャムは当然よく分かっていない顔をしている。


「ふふっ。大丈夫だ、問題ない。我に策ありだ」


 ヴァイオレット様は、不適な笑みを浮かべて僕を見た。なんだろう、一抹の不安を感じる……






***






 タツヒト達一行は、明日に備えて早めに床に着くことにした。

 暫くしてタツヒトとシャムが寝入った頃、ヴァイオレットとキアニィはそっとベッドから起き上がった。

 そして二人で頷きあうと静かに宿から抜け出し、近くの海辺まで移動した。月が出ているおかげで、お互いの表情がわかるくらいには明るい。

 波も高くなく、風もそよぐ程度。夜の散歩には絶好の条件が揃っているが、二人の目的は無意に歩き回ることでは無い。


「それで、話ってなんですの? ヴァイオレット」


「うむ。キアニィ、差し出がましい事だが、少しキミに苦言と助言をと思ってな」

 

「苦言…… 夕食を食べ過ぎてしまったかしら? ごめんなさいね、海の幸が美味しくてつい」


 キアニィは余裕ぶっておどけて見せたが、その表情は硬い。言葉とは裏腹に緊張しているようだ。


「もちろん違うとも。我々が淑女協定を結んだ際、君はきっとタツヒトを落としてみせると意気込んでいたが、その実はどうだろう? 

 昨日の魔物の襲撃後、タツヒトの方から手を握りに来るという絶好の機会があったのにも関わらず、あなたはされるがまま…… あまり積極的に攻める様子は見られなかった。

 もっとこう、両手の自由を奪って抱き寄せ、耳元で『もう逃げられないでしょ?』と囁くくらいのことをせねば……!」


「ちょ、ちょっとお待ちになって……! 確かにわたくし、あの時は驚いてしまって機会を活かせませんでしたけれども、それは攻めすぎではありませんこと!?

 あなたが愛読している、いかがわしい本みたいな内容じゃありませんの……」


「な…… なぜそれを知っているのだ!? 君にはまだ話していないはずだ!」


「うふふ…… さぁ、なぜでしょうねぇ?」


「くっ…… やはり、鍵付きの持ち運びできる書庫が欲しいところだ。 --いや、違う。こんな話をしたいのでは無い。

 了解した。先ほどのはやりすぎだとしても、何か行動を起こさないと関係性の発展は望めない。

 明日は皆で羽を休めることになってるので、そこで勝負を仕掛けるのだ。安心して欲しい、我に策ありだ」


「あぁ…… なるほど、そういうことでしたの。とってもありがたいのだけれど、一抹の不安を感じますわぁ……」


 静かに寄せては返す波音の側で、タツヒトを巡る淑女協定下における作戦会議が始まった。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜土曜日の19時に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

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