第119話 海原を往く(3)
「--それで上手く鎧牛は捕まえたんだけど、帰りにでかい樹怪二体に絡まれてねぇ。枝が届く範囲も馬鹿みたいに広いから逃げるに逃げられなくてさ」
「樹怪かぁ。あたしは種族がら見る機会がないんだけど、そいつは強かったの?」
「そりゃぁ強かったよ。樹皮が堅いせいで弱点の神経節までなかなか攻撃が通らないし、枝の攻撃は重くて範囲も広かった。二体とも黄金級は行ってただろうさ。魔核もでっかかったし。
まぁ、シャムやキアニィが上手く援護してくれたから、最後はアタイの火魔法とヴァイオレットの槍で仕留められたけどね」
「へぇ、黄金級…… あなた達、冒険者等級は橙銀級って聞いたけど、強いのね」
エルミラさんのリクエストにお答えして、僕は彼女と雑談しながら哨戒していた。
僕らは船首にいるけど、他のみんなは船の側面や船尾付近を見張っている。
先ほど話した内容には若干の嘘があるけど、本当のことを話すとだいぶややこしいしので、許してほしい。あと、冒険者組合から口止め料ももらってるしね。
「まぁね。エルミラの水魔法も見事だね。船速が澱みなく一定だし、揺れもほとんどない」
「あらありがとう。でも、魚人族の水魔法使いは、みんなこのくらい普通にこなすわよ?」
彼女は事も無げにそう返したけど、頭の横の鰭がピコピコ動いている。褒められて嬉しいのかもしれない。
「ふぅん、さすがだねぇ。ところで、魚人族って普段はどこ住んでるんだい? ヴァレゴンでは見かけなかったけど」
「ヴァレゴンだったら、港に行けば結構いたと思うわよ? 住んでるところかぁ…… 大体海辺だったらどこにでもいると思うけど、あたしの地元だったらすぐみられると思うわよ。何もなければ、明日の夕方にはつくもの」
「え、それじゃあエルミラはアイヴィス島の出身なの?」
この船はヴァレゴンの港から、南方大陸のルジェという港湾都市に向かっている。
その海路上のややヴァレゴン寄りの位置にあるのがアイヴィス島で、そこに数日寄港するという話だった。
そこの領主さんが革新的な人らしく、最近はものすごく栄えているらしい。
「そう、今じゃ楽園の島なんて呼ばれてるけど、あたしは昔の方がよかったなぁ…… 騒がしいし、みんなギラギラしてるんだもん。居心地が悪くて仕方な--」
「敵襲であります!!」
エルミラさんの声を遮り、左舷で哨戒していたシャムが大声で叫んだ。
すぐに船尾で哨戒していたヴァイオレット様が答える。
「シャム! 種類と数は!?」
「海中から小緑鬼のような魔物! 数は多数、どんどん増えているであります!」
シャムが海面に矢を射かけながら叫び返す。
「多分、鰓小鬼だね! そんなに強く無いけど、とにかく沢山で襲ってくるよ!」
エルミラさんの言葉と同時に、僕と彼女が居る船首側の海面にも変化が現れた。
透明度の高い水面の向こう側から、幾つもの影が浮上してきてくる。
「こっちからもくるよ!」
「む、こちらもだ!」
「わたくしの方からもですわ!」
船の前後左右、哨戒していた全員が接敵の声を上げた。
「船を加速させるわ! あたしは対応できないから、タチアナ、頼んだわよ!」
「はいよ、任せな!」
水中の敵に対しては雷撃が効果的なはずだけど、今は使うわけにはいかない。
なので、風竜戦で開発のヒントを得た、この状況に適した火魔法の詠唱を開始した。
そして短い詠唱を終える頃、励起状態になった魔素が手のひらで渦巻く。
僕は海面に手を翳しながらタイミングを測り、幾つもの影めがけて腕を振り抜いた。
『螺旋火!』
迸る火線の直径は1cm程。螺旋状に束ねられた高温高圧の炎が、水面を割って現れた醜悪な魔物数体を海面ごと薙ぎ払った。
ジュゥンッ!!
頭部や胴体を半ばまで焼き切られ、数体が叫ぶまもなく海中に沈んでいく。
確かに小緑鬼を半魚人化したような、クトゥルフ神話なんかに出てきそうな魔物だ。
半数ほどを一気に殺されたのに、生き残った鰓小鬼は威嚇の声を上げながら船をよじ登ってくる。
「「ゲギャーッ!!」」
「させないよ!」
僕は再度螺旋火を放ち、よじ登ってきた鰓小鬼も残らず焼き切った。よし、これで見える範囲の奴らは片付けたぞ。
「ひゅうっ、やるわね!」
「どうも!」
エルミラさんの賛辞に短く答えていると、どかどかと重い足音が近づいて来た。船長だ。
船首まで来た彼女は、僕の隣から海面を覗いた。
「鰓小鬼か……! 女郎ども! 冒険者にばっかり仕事させるなよ! 手の空いてるやつら全員で相手してやりなぁ!!」
「「「へい、船長!!」」」
船長の檄に、甲板にいた船員の人達が手に銛を持ち、海面から襲いくる鰓小鬼に投擲し始めた。
流石、このくらいの魔物の対応には慣れてるみたいだ。
船首側に第二波が来ない内に、仲間の様子も確認していく。
左舷。シャムは相変わらず精密な動作で矢を海面に打ち込んでいる。危ない様子は無いようだ。
船尾。ヴァイオレット様は、今回の護衛のための買ったロープ付きの銛をひたすら海面に打ち下ろしてる。その度にちょっと赤い水柱が上がっているので、こちらも手助けは要らないだろう。
そして右舷。あれ、甲板にキアニィさんの姿が無い。
彼女の姿を探していると、視界の下端、船体の影から二つ、何かが飛び出してきた。
反射的に手の平を向けると、鰓小鬼の胸をナイフで刺し貫いたキアニィさんだった。
ナイフを持っていない方の手と両足を使い、船の側面にピッタリと張り付いている。
彼女は鰓小鬼からナイフを引き抜くと、甲板から自分を見下ろす僕に気づいた。
「おっと、撃たないでくださいまし?」
「キアニィ、脅かさないでおくれよ」
「うふふ、ごめんなさぁい」
彼女はひらひらと手を振ると、ペタペタと船の側面をつたって右舷側に戻っていった。
すげー。やっぱり便利だなあの能力。彼女の方も助けはいらないみたいだ。
全員大丈夫そうで安心した僕は、船首側の海面を睨み第二波に備えた。
「どうやら…… 振り切ったみたいね」
エルミラさんがあたりを見回しながら息をつく。
鰓小鬼の襲撃が始まってからおよそ10分後、船に縋り付いてくる魔物の影はもう無かった。
幸い、仲間や船員さん達に怪我人はいないようだ。
「ずいぶん沢山襲ってきたねぇ…… いつもこんな感じなのかい?」
「いいえ、今日は特別多かったわね。あなた達がいてくれてよかったわ」
「そいつはどうも。エルミラが船を加速させてくれたから、アタイらも助かったわ」
エルミラさんと互いに賛辞を送りあっていると、甲板にキアニィさんが上がってきた。
「ふぅ、数だけはすごかったですわねぇ」
「キアニィ、お疲れ様。あ、そうだ。ちょっとアンタの手を見せてくれない? 前からどうやって壁に張り付いてるのか気になってたのよね」
ぱっと見手に吸盤とかがついてるようには見えないから、不思議だったんだよね。
「え? えぇ、構いませんけど……」
彼女が手のひらを見せてくれたのでじっと観察させてもらう。
うーん。蛙らしく、多少指の先がぷっくりとしていて可愛らしいけど、やっぱり見ただけじゃわからないな。
「ねぇ。くっつかれる感覚を感じてみたいから、ちょっと握手してくれない?」
「い、いいですわよ?」
僕が差し出した手を、彼女はおずおずと握ってくれた。
あ。よく考えたら、つい最近仲間になった異性にリクエストする内容じゃなかったな。ごめんなさい。
「くっつけるかくっつけないかは、操作できますの」
彼女は僕の手を何度か握ったり離したりした後、最後に少し強めに握った。
「他種族の方には説明しづらいのですけれど…… そうですわね。指の関節がもう一つづつあって、その追加の一つを曲げるとくっつく、といった感じですわぁ」
彼女がそう言った瞬間、彼女の手の平と接触している部位全体に、吸い付かれるような感覚が走った。
手を離そうとしても、ちょっとやそっとでは離れそうもない。
「へぇ、すごい! きっと目に見えないくらい小さな吸盤が沢山ついていて、それを自分の意思で操作できるんだ。便利だねぇ」
それから僕は、キアニィさんの手を握り返してみたり、手の平同士をずらす方向に動かしてみたりと、いろいろ試してみた。
それでも手が離れる様子は無い。本当にすごいなこれ。
「……あなた達、いつまでお手々を繋いでるの……?」
しばらく試していたら、エルミラさんがちょっと怪訝そうな様子でつぶやいた。
ハッとしてキアニィさんの顔を見ると、少し赤面していらっしゃる。やば。
「いや、あはは。ちょっと珍しくてついね…… ありがとうキアニィ。もう離してくれていいよ」
「いえ、その、またいつでもどうぞ?」
彼女は少し目を伏せ、なんだかもじもじしながらながらそう言った。
……いや、今回は10割僕が悪いんだけど、そういう反応をされるとこちらも意識してしまう。まずいなぁ……
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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