第118話 海原を往く(2)
すみません、投稿が遅れました。
この世界には奴隷は存在する。魔物の影響で国家間の戦争が少ないこの世界では、戦争捕虜などを奴隷化するラインも少なく、大抵は犯罪奴隷か借金奴隷だ。
前者は文字通り重犯罪者が奴隷落ちさせられたもので、危険な鉱山や建設現場、それから農場などが主な働き口らしい。
後者の場合、借金などで首が回らなくなった人が、自身や家族を奴隷商に売り渡す形で奴隷落ちする。こちらの方が犯罪奴隷より扱いが良く、年期がある場合も多い。農場や裕福な家などに買われて行くらしい。
両者に共通して、エッチな目的で買われたりすることもある。というかこっちのパターンの方が多そうだ。加えてこの世界独特のものとして、冒険者が荷運びやパーティーメンバーとして買い求める場合もある。
今この船に載せられているのはどっちなんだろう……
男の年齢は子供から成年までで、なんだかみんな顔立ちが整っている気がする。
女性は、只人、猫人族、犬人族などなど、多種多様な種族がいるけど、こちらも顔立ちが整っているか、戦う人間の雰囲気を纏っている人もいる。
「ありがとよ、魔法使いの嬢ちゃん。あとはやっとくから、先に昼飯食っていいぜ。甲板のお仲間にも声をかけてやってくれ」
厨房から運んできた料理の配膳準備をしながら、船員さんが僕に声をかける。
「--そうかい、ありがとう。それじゃぁアタイはお暇するよ」
止まる理由もなかったので、僕は扉を開けて素直にその場を後にした。
ただ、扉が閉まるまで奴隷たちの暗い目から目が離せなかった。
甲板に出るとみんなの姿が見えて、なんだかすごく安心した。僕は少し足早にみんなの方に歩み歩み寄って声をかけた。
「みんな、昼食の時間だよ。交代で食堂に行こう」
「あぁ、ありがとうタチアナ。 ……む?」
「--タチアナちゃん、何かあったの?」
「声の音圧がいつもより小さいであります!」
--みんなすごくない? 確かにちょっと凹んでるけど、一瞬で気づくんだもの。
「まあ、ね。この船の積荷のところに昼食を届けに行ってたのさ」
僕のセリフにシャムは首を傾げているだけど、ヴァイオレット様とキアニィさんは気づいたみたいだ。少し気遣わしげな表情をしている。
「タチアナ…… 我々の力には限りがある。全てを救うことなどできないのだ。わかっているだろう?」
「頭じゃわかっているさね。でもヴィー、それに心が追いつかないこともあるって、アンタは知ってるだろ?」
「--そうだな。すまない、愚問だったようだ」
ヴァイオレット様が少し目を伏せて言う。彼女は少し前まで、トラウマから男性に触れることが困難だった。頭では大丈夫だとわかっている、だけど触れられない。そんな思いを最近まで抱えていたはずだ。
「タチアナちゃん。奴隷だからと言って、必ずしも不幸とは限らないわぁ。それこそ、わたくしみたいに素敵な方に拾われるかもしれませんわよ?」
僕らのやり取りを見ていたキアニィさんが、少し明るい調子でそう言ってくれた。励まそうとしてくれる気遣いが嬉しくて、頬が緩む。
「ふふっ、そうだね。素敵な方ってのは言い過ぎだけど、ありがとう。お礼に、陸に上がったらまた腕を振るうからね。何が食べたいか考えておいてよ」
「うふふっ、それは楽しみねぇ。やっぱり海鮮かしらぁ……」
「シャムは甘いものが食べたいであります!」
「ふむ。このへんであえて肉というのもありなのでは?」
みんなが料理の話に話題をシフトしてくれたので、大分気持ちを持ち直すことができた。
そのまま話し込んでしまい、船員さんがわざわざ昼食だと呼びにきてくれた。ちょっと反省。
交代で昼食を食べて哨戒に戻ると、穏やかに吹いていた風がピッタリと止まってしまった。当然、前後のマストにかかった帆も萎み、船足も一気に鈍化した。
「ありゃぁ…… 風が完全に止まっちまったねぇ。この場合、あのでかい櫂でこぐのかい?」
この船の側面からは大きなオールが何十本も突き出ているので、これで船を動かすんだろう。でも結構大変そうだな。
「えぇ。そうする場合もあるでしょうけど、この船にはあなたの他にもう一人魔法使いが乗っていましてよ。多分もうすぐ…… あぁ、あの方ですわぁ」
キアニィさんが指した方を見ると、船員さんに先導され、階下から甲板に上がってくる人影があった。
「ふわぁ…… ちょうど昼寝に入ったところだったのに。しょうがないなぁ」
彼女は気だるそうに手で口元を隠しながらあくびをしているけど、その指の間には水掻きが見える。青いロングヘアーの耳の位置から、鰭のようなものが突き出ている。
そして何より、その腰から下は細長く柔軟な魚の尻尾のようになっていて、青い鱗と半透明な尾鰭がとても綺麗だ。
「ぎょ、魚人族だ! あ…… こほん。へぇ初めて見たよ。あの子が魔法で船を動かすのかい?」
不意打ちで遭遇した初見の亜人に、テンションが上がって素の言葉遣いがでてしまった。いかんいかん。
彼女はこちらをチラリと見ると、船員さんについて船首の方まで這っていった。
上半身は蛇のように下半身を左右にくねらせて甲板を移動しているので、歩くではなく這うという表現の方が適切だと思う。
「多分厳密には違いますわぁ。まぁお手なみ拝見ですわね」
キアニィさんがそういうので、みんなでぞろぞろと船首の方まで移動する。
すると魚人族の彼女は船首の際から両手を海に向けた。そしてその体から橙色の光が放射され始めた。
すると、くん…… と少し体が後ろに引っ張られる感覚と共に、ゆっくりとあたりの風景が後ろに流れ始めた。
驚いて船縁から下を覗き込むと、船は水飛沫も上げずに静かに前進しているようだった。
「へぇ…… 船体の周りの海水を操って水流を作り出し、その流れに船を乗せているのか…… 水魔法って便利だねぇ」
僕の呟きが耳に入ったのか、魚人族の彼女がこちら振り向いた。寝起きのせいか、目がまだ半分くらいしか開いてない気がする。
「ご名答。あたしはエルミラ、よろしくね。あなたも魔法使いなんでしょ? 何が得意なの?」
「え? あぁ、そうだよ。アタイはタチアナ、こちらこそよろしく。アタイはこんなのが得意さ」
僕はそう答えると、手のひらの上に小さな火球をいくつも浮かべ、くるくるとその場で回してみせた。
単純な火属性の魔法使いだと強く印象付けるために、最近編み出した芸だ。
「へぇ、器用ね! そっか、火属性なのね。そっちこそ便利そう…… ねぇタチアナ、あたしはしばらくここから動けないから、その間ちょっと旅のお話でも聞かせてよ」
やっと目が覚めてきたのか、エルミラさんはワクワクした様子でそう言った。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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