第116話 騎士と暗殺者の密談
116話目にして、やっとハーレムタグが仕事をし始めたかもです……
タツヒト達が退出した後、部屋にはヴァイオレットとキアニィが残された。
燭台の頼りない灯りが、机に座る二人の顔に陰影を作り出している。
「さてキアニィ殿。私が確認したいことはたった一つだ。この質問の答え次第で、私は貴方が仲間に加わることへの賛否を決めようと思う」
「あら、それは重要な質問ね。一体何かしら?」
キアニィは、姿勢を正してヴァイオレットに向き直った。
「うむ。 --貴方は、タツヒトに惹かれている。もっと言えば懸想している…… 違うだろうか?」
「--え? な、なぜ……!? いえ、その…… た、確かに彼は素敵な男性ですけれども、貴方の思い違いですわぁ」
正した姿勢を大いに乱して仰け反り、キアニィは目を泳がせた。
いつもであれば平然と本心を隠すことができる彼女だったが、今この瞬間は違った。
「本当だろうか? 群体樹怪と戦う前、タツヒトと話す貴方は、意中の男と楽しげに話す女に見えた。
ここの宿に来てからの様子もそうだ。視線は常にタツヒトを追い、その仕草や表情、言葉に一喜一憂している。
極め付けは、貴方は先ほど、自分を終わらせる役目をタツヒトに任せようとしていたな? その、気持ちは少し分かるが……」
「それは、その……」
今度は俯いてしまったキアニィに、ヴァイオレットは長椅子から馬体を浮かせ、ゆっくり身を乗り出して畳み掛ける。
「キアニィ殿、正直に答えてくれ。貴方が我々の仲間になることを了承した理由の中に、タツヒトへの異性としての好意は、本当に無いのだろうか?」
キアニィは赤面し、パクパクと口を開けたり閉じたりしていたが、観念したかのように話し始めた。
「はい…… おっしゃる通りですわ。 --最初の襲撃の時は、男性とは思えない強さにただ驚かされただけでしたの。
でも二度目の襲撃の時、シャムちゃんと一緒にあなたを一晩中守り抜いた姿を見て、もうただの捕縛対象とは思えなくなっていましたわぁ…… あの時は、あんなに想われている貴方のことが羨ましかったんですのよ?
先日の樹怪の時には、わたくし枝に捕まって宙吊りにされてしまって…… そのまま締め殺されそうになった時、タツヒト君は枝を薙ぎ払い、落下するわたくしを抱き留めてくれましたの。男性にあんなに優しく扱われたのは初めてで…… もう、その時には完全に落ちていた気が致しますわぁ……
その上今日は、わたくしのことが、す、好きとかおっしゃいますし、あとお料理もお上手ですし…… もう惹かれない方がおかしいと思いますわぁ」
「--私とて、タツヒトに抱き抱えられたことはある。それに彼は、キアニィ殿のように食事を美味しそうに食べる人が好きと言ったのだ。記憶は正確にしておくべきだろう」
一息に語り終わったキアニィに、ヴァイオレットが憮然とした様子で訂正を入れた。
「わ、わかっていますわよ。正直にお答えしましたのに、そんなに怖い顔をしないでくださいまし」
「ああ、いや、すまない。ふぅ…… だがまぁ、そうだろうとも。全く、我が想い人は女を惹きつけてしょうがないな…… まぁ、それだけ彼が魅力的だと言うことなのだろうが」
「はぁ…… それで、やはり邪魔なわたくしを始末するおつもりかしらぁ? 自分の男に気がある女なんて、仲間に加えたくなる訳ありませんものね……」
キアニィが諦めたようにため息を吐くが、ヴァイオレットは静かに首を横に振った。
「いや、逆だキアニィ殿。タツヒトに思いを寄せる貴方だからこそ、私は仲間に加わって欲しいと思うのだ」
そう言い放ったヴァイオレットに、キアニィは困惑した様子で眉を顰めた。
「意味がわかりませんわ…… 一体何をおっしゃっているんですの?」
「順を追って話そう。まずタツヒトが先ほど行った説明、貴方を仲間に誘った理由については全面的に賛成だ。
南部山脈でシャムと出会う前、タツヒトは風竜から私を庇い瀕死の重傷を負った。その時、一人で彼を守り切るのは無理だ、仲間が必要だと痛感した」
「そんなことが…… でも、わかる気が致しますわ。わたくしもあの風竜に殺されかけましたもの。まさに怪物と呼ぶに相応しい魔物でしたわ」
風竜の威容を思い出したのか、二人はしばし硬い表情で沈黙した。
「--そう。大きな障害を乗り越えるには仲間が必要だ。信頼でき、背中を預けられる仲間が。理由は追々説明させてもらうが、シャムは完全に信頼できる。実力も十分だ。
ではキアニィ殿、貴方はどうだろうか? 確かに組織内での立場は危うくなっているのだろう。しかし、今この瞬間か、なんなら我々が油断した頃でも良い。私を殺してタツヒトを連れてさえいけば、組織からの処分は免れるのではないだろうか?」
「--その可能性は否定できませんわね。今までの組織の対応を見るに、とても低い可能性ですけれども」
「そうか…… だが彼に思いを寄せる貴方は、その低い可能性に賭けることないだろう。それは、貴方を仲間に迎えると言ったタツヒトの信頼を裏切り、悲しませる行為だからだ。その一点において、私は貴方を信頼することができる」
「なるほど、理解できましわぁ…… では、これからよろしくお願いいたしますわぁ、ヴァイオレット。
安心してくださいまし。元々誰にも、もちろん彼にも思いを伝えるつもりは無かったんですの。一人の仲間として、側に居させて頂きますわぁ……」
自身を真っ直ぐに見つめるヴァイオレットに、キアニィは少し寂しげに笑って答えた。
しかし、ヴァイオレットはその言葉に首を横に振った。
「いいや、私はむしろその恋慕を応援し、成就させたいとすら考えている。タツヒトに対して、貴方はどんどん積極的に攻めるべきだ」
「え……? こ、今度こそ意味が分かりませんわぁ。ヴァイオレット。貴方は全てを投げ打ってまで、彼と駆け落ちしたのですわよね? その貴方が、なぜわたくしの…… こ、恋を応援するんですの?」
「私とタツヒトが王都を出奔したのは、陛下が彼を独占し、私を排除しようとしたからだ。彼を独占せず、淑女的に皆で付き合えるのであれば、私はそれで構わない。
それに、貴方が彼を愛しているから信用して仲間に入れると言っているのに、貴方は彼に手を出すなと言うのは、それはそれで無茶苦茶な話だろう?」
「そ、それもそうですわね。 --でも、器の大きい方…… 敵いませんわぁ」
「ふふっ。もちろん、これは私が勝手に言っていることなので、タツヒトの気持ちはわからない。しかし、根拠は私の口からは説明できないのだが、君は間違いなく彼の好みだ。断言しよう」
「そ、そうなんですの……?」
「そうなのだ。だから自信を持って関係を進めていくといい。私も、陰に日向に貴方の恋路を支援しよう」
「うふふっ…… わかりました。ありがとうございますわぁ、ヴァイオレット。その淑女協定に賛同致しますわ。わたくしの全霊をもって、きっとタツヒト君を落としてみせましょう……! 改めて、これからよろしくお願いいたしますわぁ」
「うむ! 歓迎しようキアニィ殿。今から貴方は私の共犯者、そして我々の仲間だ」
前日までは敵同士だった騎士と暗殺者は、どちらともなくしっかりと握手を交わした。
二人が浮かべた笑顔は、まるで十年来の戦友を見るかのような信頼と友情に満ちたものだった。
***
ビーーーッ!
【……コード20019検出】
【現地表記ベルンヴァッカ帝国、北端地方都市レーリダ駐在の外部機能単位より報告…… 観察対象、個体名「ハザマ・タツヒト」と接触、同個体に、管理下にない試作型機能単位が同行している模様】
【上位機能単位へ対応を請う……】
【……】
【上位機能単位へ、再度対応を請う……】
【上位機能単位から返答…… 接触した試作型機能単位についての詳細を請う】
【外部機能単位から返答…… 同機能単位は通信機能等を装備しておらず、諸元の取得は不可能…… 機能単位の目的及び付随した記憶も未設定、精神年齢は幼児程度、観察対象を親と認識している模様…… 観察対象は同機能単位を「シャム」と命名、関係は良好の模様…… 観察対象の危険度は低い可能性を認める…… 不明な言語については未確認……】
【上位機能単位からの返答…… 個体名「シャム」への干渉は不要…… 二個体を対象とし、引き続き経過観察…… 外部機能単位を用いて継続的に接触すること……】
7章 深緑の影 完
8章 鉄鎖と海原 へ続く
7章終了です。ここまでお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m
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8章は、明日の19時から投稿予定です。
よければまたお付き合い頂けると嬉しいです。
【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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