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第115話 転職しませんか?


 キアニィは、彼女が属する暗殺組織ウリミワチュラの捜索計画、そして彼女自身の動きを事細かに説明してくれた。


 組織の大まかな計画としては、王都周辺の目撃証言を元に僕らの逃走ルートを予想し、可能性の高い順に人員を多く送り込んで捜索すると言うものだった。

 マリアンヌ陛下は組織にかなりの巨額を払い込んだらしく、この作戦にはおよそ一千人の人員が動いているらしい。国内はもちろん、王国の隣国への移動に使用される主たる街道や船舶などもすべて監視していると言うことだった。

 ただ、僕らが王都の東から大森林に入り、南部山脈を通って帝国に入る可能性はかなり低いと見られていたようだ。

 

 キアニィ達の分隊は、その可能性が低いとされていた南部山脈ルートを、念の為に確認するくらいの感覚で送り込まれたらしい。

 だが優秀だった彼女達は、領都で僕らが南部山脈越えの物資を購入した気配を感じ取った。このことはすでに王都に連絡済みらしい。

 つまり、他国や王国に散っている組織の人員が、(じき)に帝国に集まってくると言うことだ。


 キアニィ達はその後南部山脈を越えようとするも、おそらく僕らが痛めつけた手負の風龍に彼女以外皆殺しにされてしまう。

 下山に成功したキアニィは、一人で作戦を続行することにした。組織の特性上、このまま引き返したら部下を全滅させた責で粛清されるし、逃げても追い詰められて粛清されるからだそうだ。

 その後は僕らも知る通り、僕らを見つけた彼女は、二度の襲撃を決行したのだ。


「え…… じゃあ、南部山脈以降は、本当に一人でやってたんですか? 僕らの捜索も、監視も、襲撃も、毒の仕込みも、全部一人で……?」


「えぇ、他にいませんでしたから…… でも、本当に大変でしたわぁ。特にここ数日はわたくしの存在も貴方達にバレてしまっていましたから、お薬も使って眠気や疲労を誤魔化しながら監視していましたの。寝てる間にどこかに行かれては敵いませんから。

 でも都市内では全く隙がありませんし、都市外では身体強化して気を張ってる様子ですし…… ダメ元で仕掛けた心理戦はすぐに看破されてしまいますしで、もうお手上げでしたわよ」


 彼女は軽い感じで語っているけれど、あれをワンオペでこなしていたのか……

 これまでのことを思い出した僕は、称賛なのか呆れなのかわからないけど、気づくと拍手していた。

 ぱん、ぱん、ぱん、ぱん……


「ちょ、ちょっと。何を拍手しているんですの?」


 みんな、特にキアニィ本人が怪訝な表情をするので、僕は慌てて拍手を止めた。


「すみません。素直に感心してしまいまして…… あの、訊いておいてなんですけど、どうしてここまで話してくれたんですか? お話は本当っぽいですし、まさか、本当に食べ物に釣られたわけじゃ無いでしょう?」


「--正直に言って、もう疲れてしまったんですの。部下を失いながら苦労してここまで来ましたけれど、時間をかけ過ぎましたし、失敗も重ね過ぎましたわぁ。

 そろそろ王国からの増援も来るはず…… そうしたら、わたくしは組織から無能と断ぜられ、おそらく処分されますわぁ…… ならば、組織のために黙っていて差し上げるのは馬鹿らしい、そう思ってしまったんですの。

 それに、あなたが作る料理は本当に美味しいですわよ。それこそ、揺らいだ心の最後の一押しになるくらいには」


 キアニィは、とても穏やかな表情でにっこりと笑った。


「そうですか…… シャム。もう焼き上がっているはずだから、パイを持ってきてくれるかい? 熱いから気をつけてね」


「了解であります!」


 シャムが持ってきてくれたでかいセレザのパイを、僕は適当な大きさに切り分けてみんなに配った。

 先ほどのキアニィの話のせいか、話した本人も含めてみんな無言でパイを味わっている。

 敵である彼女と同じテーブルで同じものを食べる。奇妙だけど、何故か穏やかな時間だ。

 うん、今回も良い出来だ。






「ふぅ…… 堪能致しました。サクサクと香ばしいパイ生地に、酸味と甘みのバランスが絶妙なセレザのフィリング…… わたくしの最後の晩餐としては、過分なほど最高のお料理でしたわぁ」


 満足げにお腹をさすっていたキアニィは、少しの間目を瞑ってから佇まいを正した。


「さあ、情報はお渡ししましたし、対価も頂きましたわぁ。もうわたくしは用済み…… いつでもどうぞ、タツヒト君? わたくしは、物心ついた頃から暗殺者をしておりますの。寿命で死ねるとは思っておりませんわぁ」


 キアニィは、すべてを受け入れるかのように両手を広げて言った。

 その言葉を聞いた僕らは、互いに目配せをして頷いた。


「ではキアニィさん…… 僕らの仲間になりませんか?」


「--へ? な、なんですって?」


 僕の言葉に、キアニィは驚いた表情で訊き返した。


「貴方が寝ている間にみんなと話したんです。この先、僕らへの追求はより激しくなるだろうし、貴方一人の手で僕らは二度も全滅しかけました。より組織的に攻められたら、今度こそ終わりでしょう。でもその時、組織の手の内を知っている仲間がいれば心強い。

 相対した僕らはあなた実力を十二分に知っていますし、ちょうど前の職場には不満がある様子です。加えて、組織に追われると言う点で、今や貴方は僕らと同じ立場にあります。一緒にいた方が良さそうじゃないですか?

 あと、これは個人的な意見ですが、僕、キアニィさんみたいにご飯を美味しそうに食べる人って好きなんですよ。貴方となら、うまくやっていける気がするんです」


「そ、それはその、そうですけれど…… わたくしとあなた方は敵同士ですのよ?」


 キアニィは顔を伏せてもじもじしている。あと一押し。


「もちろん、打ち解けるまで時間はかかるかも知れません。でも仲間になってくれるなら、毎日僕の料理が食べられ--」


「仲間になりますわ!」


 キアニィは顔をぱっと上げ、食い気味で快諾した。

 よし。若干チョロすぎる気がするけど、心強い仲間が増えるのだから、とにかくよし!


「よかった、ありがとうございます!」


「ええ。でも、本当にそちらのお二人も同意見ですの?」


「シャムはタツヒトの判断に従うであります! キアニィが優秀だと言うことにも同意見であります。あ、でも、食べ物に毒物を混入させるのは良くないと思うであります……」


「--うふふ。ありがとうシャムちゃん。わたくしも同感よ。もう致しませんわぁ」


 笑顔でシャムと話していたキアニィは、つい、とヴァイオレット様に視線を向けた。

 すると、しばらく黙って僕らのやり取りを見ていた彼女が口を開いた。


「私はキアニィ殿と少し、二人きりで話したいことがある。すまないが、タツヒトとシャムは席を外してもらえるだろうか?」


「え…… はい、わかりました。それじゃあ行こうか、シャム」


「了解であります。お腹いっぱいでもう眠いであります」


 僕はシャムを連れて寝室に向かった。そういえばヴァイオレット様、キアニィに聞きたいことがあるって言ってたな。

 二人きりで、かぁ…… 一体なんの話なんだろう?


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜土曜日の19時に投稿予定】


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