表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/480

第114話 尋問の時間

ちょっと長めです。


「ちょっ…… ちょっと、大丈夫ですか!?」


 僕は魔力切れでふらつきながら倒れたキアニィの元へ駆け寄った。

 力なく横たわるその体を抱き起こすと、彼女の口元からはか細い呼吸音が聞こえた。

 肌の色のせいでよく分からなかったけど、目元に隈が浮かび上がっている。よほど疲れていたんだろうな……

 

「ふう…… 疲れて寝てしまっただけのようです」


 僕はヴァイオレット様達の方を振り返って言うと、二人とも少し困ったような表情をしている。


「そうか…… しかしタツヒト、どうするつもりなのだ? 彼女は君を攫い、私を殺しにきた暗殺者だが、君は今彼女を助け起こしているように見えるぞ?」


「そうであります。事前設定された条件によれば、共闘の期間は先程で終了しているであります。敵を助けるのは変であります! あと、シャムももう眠いのであります……」


 あ、そういえばそうだった。なんだろう。彼女の人間的な、いわゆるポンコツな部分を知ってしまったし、長時間一緒に戦ったせいで仲間だと錯覚してしまったようだ。

 いや、本当にどうしようか…… 


「わ、わかりません…… あっと、そうだ! 彼女は僕らを追っている暗殺組織の一員です。尋問すれば、何か僕らに有益な情報を得られるかも知れません」


「ふむ…… 一理ある。しかし、素人の我々が尋問で情報を得たとして、その真偽はどうやって判断するのだろうか? 虚偽の情報を握らされて、彼女達の組織に都合の良い動きをさせられてしまう可能性もある。

 そして、尋問を終えた後に彼女をどうするかという問題もある。そのまま解放するのは合理的ではない。敵の人員を減らせないし、我々の手札を間近で見られていることであるしな。であれば、結局始末するということになる……」


「それは…… えっと、その……」


 ぐうの()も出ない正論だ。というか、僕はなんでキアニィを助けようとしているんだろう。頭では僕もヴァイオレット様と同意見なのに。

 でも、腕の中でぐったりとしている彼女を、どうしても殺す気になれなかった。

 最初の襲撃から一週間くらい経つけど、その間はずっと彼女のことばかり考えていた。多分、単純に情が湧いてしまったんだと思う。

 答えに窮してあうあうしていると、ヴァイオレット様はため息を吐きながら頭を振った。


「はぁ、仕方あるまい…… 了解した。私も彼女には少し聞きたいことがある。街に連れ帰り、彼女の回復を待ってから尋問だ。その後は…… その時に考えることとしよう」


「あ…… ありがとうございます!」


「ヴァイオレット、タツヒトに甘いであります…… シャムももっと甘やかすべきであります!」


「ふふっ、本当にそうだな。シャム、これが惚れた弱みというやつだ。覚えておくと…… いや、覚えておいてもどうしよう無いな。忘れてくれ」


 ヴァイオレット様は、シャムの頭を撫でながら自嘲するように笑っている。なんというか、すみません……


 それから僕らは目ぼしい樹怪(トレント)から魔核を回収し、鎧牛(アルミスヴァッカ)を連れて街に向かった。

 彼は一晩放って置かれて脱水気味だったので水を与えておいた。僕らも水と軽食を摂ったけど、寝ているキアニィは誤嚥の危険があったので、唇を湿らすくらいにしておいた。

 情けないことに僕は魔力切れでヘロヘロだったので、鎧牛(アルミスヴァッカ)を乗せた台車はヴァイオレット様が()き、キアニィはシャムにおぶってもらった。

 重ね重ね申し訳無いです……






 街に着くとちょうど門が開く時間だった。

 でかい鎧牛(アルミスヴァッカ)を連れているし、ぐったりした人を背負っているしで、僕らは門の周辺に居た人たちに大層注目されてしまった。

 ヴァイオレット様には、群体樹怪(クロニアトレント)に関する顛末の説明と、鎧牛(アルミスヴァッカ)と魔核の納品のため、冒険者組合に向かってもらった。


 僕とシャムは、キアニィを連れてお馴染みの司祭様の元へ行った。

 身バレ防止のため、キアニィには街に入る時からフードを被せている。今回のお布施も口止め料込みでかなり多めに払った。

 司祭様はキアニィを重度の過労と脱水と診断した。彼女はまず、経口補水液のようなものを魔法で操り、キアニィの口から胃に直接流し込んだ。

 その後、キアニィの全身になんらかの魔法を掛けながら、憮然とした表情で僕らとキアニィの関係を問いただしてきた。

 答えに窮して仲間だと答えたら、こんな状態になるまで仲間に無茶をさせるなと、こんこんと説教を頂いてしまった。

 一部正解なので僕は甘んじて受けていたのだけれど、シャムは涙目になっていた。


「うぅ、酷い目に遭ったであります……」


「ごめんよ、シャム。完全にとばっちりだったね」


 教会を辞した僕とシャムは、キアニィを連れてお馴染みの高級宿に向かった。ちょっと回復してきたのでキアニィは僕が背負った。

 宿に着き、通された部屋に向かうと、ヴァイオレット様が迎えてくれた。お、なんだか機嫌よさそうだぞ。


「ただいま戻りました。キアニィは過労と脱水だそうで、安静にしていれば目を覚ますそうです」


「司祭様に理不尽に怒られたであります!」


「そうか、了解した。とりあえず彼女はここに寝かせよう。シャム、災難だったな、おいで」


 ぷりぷりしているシャムを、ヴァイオレット様が頭を撫でて宥める。

 僕はキアニィをベッドに寝かせ、装備をあらかた外した。凶悪な形状のナイフの他にも、ヤバそうな武器や薬らしきものが出るわ出るわ…… 全部別室に隔離しておこう。

 

「ふぅ、こんなもんかな。ヴァイオレット様、そちらの首尾はどうでしたか?」


「うむ。見てくれ、かなり良い稼ぎになったぞ!」


 彼女が取り出した皮袋には、ざっと見て数十万ディナ、日本円で数千万円ほどはありそうな金貨が詰まっていた。


「え、すごいじゃないですか!」


「うむ! まず鎧牛(アルミスヴァッカ)だが、立派なオスの個体で状態が最高だったことで、報酬が10万ディナに増額された。

 そして群体樹怪(クロニアトレント)についてだが、まず単純な魔核の報酬が計15万ディナ。かなりの数だったからな。

 加えて組合の裏取を待つことになるが、私が説明したことが真実であれば明日、さらに数十万ディナの報奨金をもらえるそうだ。徹夜した甲斐があったというものだな」


「すごい! ウハウハであります!」


 捕獲した鎧牛(アルミスヴァッカ)は、この辺の伝統的な大衆娯楽的見世物、闘牛に使われるらしい。ますますスペインだな……

 普通は無理やり縛ったりハンマーで昏倒させたりするので、怪我をしたり後遺症が出てしまうことがあるそうなのだ。僕らはその辺うまくやったからな。






 宿に運び込まれた日の夕方頃、キアニィは目を覚ました。

 彼女が目覚めた瞬間はみんな殺気立ったけど、当の本人はぼんやりとしていて、暴れるつもりは無いようだった。

 話を聞きたいので今は安静にしてほしいことを伝えると、何か諦めたように頷いていた。

 そして僕が出したお粥を一瞬で食べ終えると、また眠ってしまった。

 

 翌朝。組合に顔を出したヴァイオレット様は、30万ディナもの追加報酬を持って宿に戻ってきた。

 今回の群体樹怪(クロニアトレント)は、緑鋼級相当の魔物と認定されたようだ。

 こちらの主張が全面的に認められたのと、冒険者の未帰還問題の原因を特定できなかった組合からの口止め料も含まれているらしい。一気に小金持ちになってしまった。


 そしてその日の夜、宿の一室で僕らは尋問を開始した。

 机には僕と、だいぶ元気になった様子のキアニィが対面に座り、その両脇にヴァイオレット様とシャムが座った。両脇の二人は念の為武器を持っている。


「さて、そろそろ疲れも取れた頃でしょう。キアニィさん、いろいろとお話を聞かせていただきましょうか」


「うふふ。生かして介抱までしてくれたことには感謝いたしますわぁ。けれど、だからと言ってわたくしが簡単に話すとでも?」


 キアニィは、不敵な笑みを浮かべながら僕を見つめ返した。

 それはそうだろう。だが、こちらには強力な手札がある。僕はキアニィの致命的な弱点を知っているのだ。

 

「まぁまぁ、そう頑なにならないで。シャム、例のものを持ってきてくれるかい?」


「わかったであります!」


「あら、何かしら? わたくし、一通り拷問にも耐える訓練を受けていましてよ? そう簡単には--」


 彼女は途中で言葉を止め、シャムが机の上に乗せてくれた料理を凝視している。

 探すのに苦労したどんぶりのような形状の食器に、小皿で蓋がしてある。にもかかわらず、甘く懐かしい香りが部屋中に漂っている。


「お粥には飽きたでしょう? 僕らは先に頂いたので、キアニィさんも遠慮せずに召し上がってください。僕の故郷の料理です」


 湯気とともに蓋を開けると、中には卵で綴じられた豚カツの下に、米が敷き詰められた料理が入っていた。そう、カツ丼である。

 この料理を再現できた一番の決め手は、市場で奇跡的に醤油のようなものを見つけられたことだ。さすが港湾都市。

 器とスプーンをキアニィに渡すと、彼女はそれらを震える手で受け取り、ほとんど飲むような勢いで食べ始めた。よしよし。


「ふむ。少し疑問なのだが、なぜこの料理なのだ? 尋問用の料理と言うには、ただただ美味なだけだったが……」


「えっと、僕が住んでいた場所では、取り調べの際にはあの料理と決まっているんです。理由は分かりませんが……」


「そうなのか……」


 あまり納得が行っていないヴァイオレット様を尻目に、キアニィは数分もせずに食べ終わってしまった。


「ふぅ。初めての味だったけど、とても美味しかったわ。なるほど、カラッと揚げた豚肉をあえてしっとりと卵で包む。逆転の発想、お米との旨みの相乗効果…… これは革命ですわ……!」


 米粒一つ残さずカツ丼を平らげた彼女は、口元をナプキンで拭きながら感動に打ち震えている。


「どうです? 少しは僕とお話しして下さる気になりましたか?」


「ま、まぁ、確かに素晴らしい料理でしたけれど、それとこれとは話が--」


「正直に話してくれるなら、この後焼きたてのセレザのパイもご馳走しま--」


「話すわ。なんでも聞いて頂戴」


 --いや、狙っていた展開だけど、この人ちょっとチョロすぎないか?


お読み頂きありがとうございます。

よければブックマークや評価、いいねなどを頂けますと励みになります。

【月〜土曜日の19時に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ