第113話 群体樹怪(2)
ちょっと長めです。
『『ギギギギィッ!』』
全方位から群体樹怪が距離を詰めてくる中、ヴァイオレット様は冷静にキアニィに質問した。
「キアニィ殿、あなたの獲物を教えてもらえるだろうか。作戦を考える上で知っておきたい」
確かに、どんな闘い方をするのか分からないと作戦の立てようがない。
でも、ここで吹き矢ですと言われたらどうしようもないぞ。さっき見た蹴りはすごい威力だったけど。
「えぇ、こちらですわぁ」
彼女は両手をマントの下に手を入れると、凶悪な形状のナイフを2本取り出した。
持ち手から刃が三方向に伸びていて、それぞれがくの字に折れたり曲線を描いていたりしている。結構でかい。
「かっこいいでしょ? わたくし達の故郷で使われていた、投擲用の小剣ですわぁ。樹怪相手には少し心許ないけれど、小さい個体や枝を切り払うくらいはできますわぁ」
「そんなのよくマントの下に収まりましたね……」
「うふふ。いい女には秘密が多いものでしてよ?」
キアニィが僕に流し目を送って来たので、なんとなく目を逸らしてしまう。
すると、ヴァイオレット様と目が合った。何か、僕らを観察するような視線でじっと見ている。
「ヴァイオレット様?」
「あぁ、すまない。ふむ。キアニィ殿は中、短距離攻撃が可能なようだな。了解した。
ではこうしよう。まず、タツヒトはこの円環の中央部から、中型の樹怪を中心に雷撃を放ってほしい。そして雷撃を放つ場所は右回りに移動させていこう。そうだな、試しに一周あたり1分程度の間隔でやってみよう。
私は雷撃が当たった場所に突貫し、中型以上の樹怪を中心に刈っていく。
キアニィ殿は私の後について来てもらおう。小型の樹怪を中心に刈ってくれ。
シャム。君の弓は樹怪に対して少し相性が悪い。それに矢の数も限られている。タツヒトと一緒に中央に残り、私かキアニィ殿が危ない時に、矢で援護を頼みたい。
群体樹怪の円環は閉じつつあるが、その速度はそこまで早くない。これで進行を抑えつつ数を減らしていけるはずだ。
さて、質問はあるだろうか?」
ヴァイオレット様の説明に、全員が納得の表情で沈黙した。あ、シャムだけちょっと膨れている。今回はあんまり活躍の機会がなさそうだからなぁ……
「よし、では始めよう!」
『雷よ!』
バババァンッ!
薙ぎ払うように放った雷撃が、数十m離れた先にいた中型の樹怪数体に命中した。
雷撃で樹怪の幹が爆ぜ、風に乗って焼けこげた匂いが漂ってくる。
奴らは幹の根本付近、その中心部に神経節のようなものを持っているらしく、その辺りを攻撃することで仕留めることができる。
僕もそこを狙ったので、雷撃が命中した内の何体かはその場で動きを止めていた。
しかし、中型以上の樹怪の幹はかなり太い。雷撃が中心部まで達さなかったのだろう、何体かはなんの痛痒も感じさせず進行を続けている。
ガァンッ!
しかし、進行を続けていた手負の樹怪は、ヴァイオレット様の槍に雷撃の跡を深く穿たれて沈黙した。
数十m離れているのに、幹を穿つ音ははっきりと聞こえた。相変わらず凄まじい膂力だ。
彼女は群体樹怪が形成する円環に果敢に突進し、次々と個体数を減らしていっている。
そしてヴァイオレット様に続いたキアニィが、小型の樹怪を根本から両断する。投擲用のナイフでよくやる。
彼女達を絡め取ろうと枝を伸ばしてくる個体が居たけど、シャムが枝の根元を的確に撃ち抜くので、その試みは失敗に終わった。
即席パーティーの連携は、初めてとは思えないほど上手く回っているようだ。
僕は前衛の二人から視線を外すと、打点を右側に大きくずらし、また雷撃を放った。
樹怪達の進行具合に応じ、雷撃を打つ場所や間隔を微調整していく。
それに合わせて前衛の二人やシャムが動くので、うまく配分しないと僕らはあっという間に奴らに飲み込まれてしまう。
しばらくは、文字通り上手く回せていたのだけれど、何周か周回した後に異変に気づいた。
前衛の二人もそれに気づいたのか、樹怪達から離れて僕とシャムの方に走ってきた。
「タツヒト、シャム、気づいたか!?」
「はい! 一度停止した樹怪の内、およそ8割が再稼働して進行を再開しているであります!
樹怪達の進行速度はかなり減衰しているでありますが、この状況が続くとあと1時間ほどで円環が閉じてしまうであります!」
シャムが樹怪達を凝視しながら叫ぶ。
「キアニィ殿、どういうことだ!?」
「わ、わたくしもそこまでは知りませんでしたわよ! 一度倒した樹怪が復活するなんて…… こんなの、倒し切れるわけがありませんわ!」
確かに、一度倒したはずの樹怪が、何周か周回する頃には元気に進行を再開していた。
群体樹怪は、個体同士が根っこ部分で相互に繋がっているという話だから、無事な個体が損傷した個体の中枢機能を補っているのかもしれない。しかし--
「いえ、見てください! 何体かは復活せず、むしろ連中に引き倒されています!」
僕は樹怪が構成する円環の一部を指差した。
キアニィが根本から両断した小型の個体や、僕やヴァイオレット様の攻撃で根元付近が大きくえぐれている個体は復活していない。
進行の妨げになっているのか、樹怪達はそいつらを邪魔そうに引き倒し、跨いで進んでいる。
「おそらく、根本の神経節の損傷が大きすぎると復活できないんです!」
「--なるほど、確かに。ならば対応も単純、より強い攻撃を叩き込むまで……!
タツヒト、君は打ち方を変えなくていい。一時でも樹怪の進行が止まることが重要だ。
止めは私とキアニィ殿に任せてくれ。よし、では戻るぞキアニィ殿!」
「希望が見えてきましたわね…… わかりましたわぁ!」
前線に駆け戻った二人は、先ほどにも増した奮戦を見せた。僕は二人に引っ張られて魔力を込めすぎてしまうのをなんとか抑え、先ほどと同じ調子で雷撃を放ち続けた。
群体樹怪を相手にし始めて、何時間も経過した。
いつの間にか日も沈み、僕が光源用に灯火を出してから、すでにかなりの時間が経ったと思う。
もう何度雷撃を放ったのかわからない。ほとんど魔力は残っておらず、吐き気と疲労感に立つことも儘ならない状態だ。
シャムの矢はだいぶ前に切れてしまっていて、今彼女は僕の体を支えてくれている。
前衛の二人はもっとボロボロだ。身体のあらゆる場所に樹怪の枝によって付けられた切り傷や打撲があり、血まみれで戦っている。
だがしかし、永遠に続くかに思えたこのマラソンじみた戦いは、終わりを迎えつつあった。
「ぜっ、ぜっ、ぜっ…… あとたった二体だ! みな、諦めるな!」
個体の殆どを刈り取られ、群体樹怪は最早群体ではなく、たった二つの個体を残すのみになっていた。
しかし、その二体の樹怪は体高十数mはある巨体で、おそらく黄金級に区分される個体だった。
奴らは僕らを前後から挟み、その長く太い枝を振り回して離脱を妨げていた。
当初は囲みが薄くなったら離脱するつもりだったのだけれど、こいつらのような長いリーチを持つ個体によって断念させられていた。
『……雷よ!』
バァンッ!!
僕はヴァイオレット様の背後に枝を伸ばしていた個体に、残った魔力を全て注ぎ込んだ雷撃を放った。
幹の根元の広い範囲が炭化し、上手く神経節を破壊できたのかそいつは動かなくなった。
「ヴァイオレット様、もう、雷撃を撃てません……! 魔力切れです……」
「わかった、あとは任せてもらおう!」
心強い宣言と共に、ヴァイオレット様は最後の一体の元へ駆けた。
『ギギィィィッ!』
彼女は高速で振り回される枝を掻い潜り、一瞬で樹怪の幹に肉薄し、ヴァイオレット様の体と槍が緑光を帯びた。
「ぜあぁっ!!」
裂帛の気合いと同時に放たれた槍の一閃は、直径数mはありそうな樹怪の幹を両断していた。
ズッ…… バキキッ…… ズズゥン……
僕らが呆然と見守る中、切り離された樹怪の巨大な幹が地響きを立てて倒れた。
お、終わった…… なんだか明るいなと思ったら、すでに薄っすら夜が明けてしまっていた。
「お、終わったでありますか……?」
「あぁ、終わったみたいだね」
僕もシャムも立っていられなくなり、その場にへたり込んでしまった。
すると、ヴァイオレット様が歩み寄ってくる。傷だらけなのに、その歩みはしっかりしている。敵わないなぁ、ほんと。
「ふぅ…… 二人とも、よく頑張ってくれた。なかなか刺激的な夜だったな」
「ははは…… 始めた時はまだ夕方にもなっていなかったですけどね……」
「ふふっ、そうだな。おっと、談笑している余裕は無いな」
ヴァイオレット様はそう言って表情を改めると、暗殺者、キアニィの方に槍を向けた。
キアニィは僕らに背を向け、切り倒された最後の樹怪をじっと見ている。
「キアニィ殿。共闘はこの場を切り抜けるまで、という話だったな。何もせずにこの場を離れるのであれば、我々も追わない。
だが、向かってくるというのならば容赦はしない……!」
ヴァイオレット様が殺気を込めて声を発するも、キアニィは反応を示さない。
しばらく待っても反応が無く、みんなが不審に思い始めた頃。
「お腹が…… 減りましたわぁ……」
彼女はそうか細く呟くと、パタンとその場に倒れてしまった。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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