第112話 群体樹怪(1)
「くっ…… はぁ!」
バキッ!
自分の足首を掴んでいる樹怪の枝を、キアニィは自由な方の足で蹴り折った。
拘束を解かれた彼女の体はそのまま落下するかに思えた。しかし--
「あぐっ……!?」
新たな枝が次々と彼女に向かって伸び、その腕や首などに巻きついた。そして四肢を枝に引っ張られ、地上から5m程の高さで磔のような状態にされてしまった。
ギリギリと締め上げる音がこちらまで聞こえてくる。呼吸もままならないのか、その顔には苦悶の表情が浮かんでいる。
一方僕もただそれを眺めている余裕はなかった。
「しっ!」
ザンッ!
樹怪から鞭のように伸びてきた枝を槍で切り払い、後ろに飛んで距離を取る。
--早くヴァイオレット様達に合流しなければ。そう思って踵を返す直前、酸欠で茫洋とした表情を浮かべたキアニィの姿が目に入ってしまった。
この状況…… 人手は多い方がいいもんな。
『雷よ!』
バババァンッ!
『ギィィィィィッ!』
僕は薙ぎ払うように雷撃を放ち、キアニィを拘束している枝を断ち切った。樹怪から悲鳴のような、あるいは木の軋むような音が響く。
そしてすぐに落下する彼女の元に走り、地面に激突する前に横抱きにキャッチした。
すぐに新たな枝が飛んできたので、また後ろに飛んで樹怪達から距離を取る。
「ごほっ、けほっ…… あっ…… ご、ご親切にどうも」
僕に抱えられたことに気づいた彼女が、消え入りそうな声で言う。
枝で首を絞められた直後のせいか顔が赤い。喉も痛めたのかもしれない。
「提案があります。ここを切り抜けるまで共闘しませんか? 周囲に潜んでいるお仲間も呼んでください。この数です。固まって対処しないとやられてしまいますよ?」
「--提案を受け入れますわ。でもごめんなさいね。今この場にはわたくし一人ですわぁ」
「え、本当に一人なんですか……? 一体なぜ……」
「今は問答している暇はないのではなくて?」
「そうですね…… あちらと合流しましょう。二人に紹介します。当然ですが、今は二人に危害を加えないで下さいね」
「うふふ、わかっていますわぁ」
僕は彼女を地面に下ろすと、二人で円環状に閉じた樹林の中央に向かい走った。
中央に居たヴァイオレット様とシャムは、自分たちを囲む樹怪の群れに武器を向けて警戒している。
僕らが彼女達の元に辿り着くと、二人とも安堵の表情を浮かべた。
「タツヒト! よかった、無事-- 待て、その女はまさか……!」
「あ! 森の中でシャム達に吹き矢で攻撃してきた、あの時の暗殺者であります! 敵であります!」
しかし、僕の後ろに付いて来たキアニィを見るや否や、彼女に武器を向けた。
「待ってください! すみません、勝手に彼女と話をつけました。この場を乗り切るまでは共闘しようと」
僕が仲裁に入ると、キアニィが一歩前に出た。
「お話しするのは初めてですわねぇ。キアニィといいますわぁ」
にっこり笑って挨拶するキアニィに、ヴァイオレット様が厳しい視線を向ける。
「タツヒト、信用できるのか? 我々を二度も襲った相手だぞ」
「おそらく、信用できると思います。これまでのことと彼女の言葉を聞くに、彼女達は僕を生かして王国に連れ帰る必要があるみたいです。ヴァイオレット様に関しては生死不問らしいですが……
ともかく、この状況から生きて脱出するという点においては、利害は一致しています。包囲の範囲は直径100メティモルほど、ざっと見て赤銅級から黄金級の樹怪が数百体…… 人間同士で争っている場合ではないと思います」
「--わかった。君の判断を信じよう。よろしく、キアニィ殿。ヴァイオレットだ。あなたの技量の高さはよく知っている。一時でも味方になってくれると言うなら、心強い」
「タツヒトそう言うなら…… シャムであります! しょうがないから仲良くしてあげるであります!」
「うふふ、ありがと。よろしくねぇ」
相変わらず硬い雰囲気だけど、ひとまず協力体制を構築できたみたいだ。
しかしその前に疑問がある。
「ヴァイオレット様。こいつらは樹怪に見えますけど、こんなふうに群れて擬態して、生き物を囲んで捕食するなんて話、聞かないですよね?」
樹怪は、それこそ数え切れないほど亜種がいるけど、基本的にその知能は昆虫並みだ。
群れを作って擬態し、連携して獲物を罠に嵌め、一気に仕留めるなんて真似ができるとは思えない。
「うむ。私も同じことを考えていた。魔物の中には稀に強力な変異種が生まれることがある。しかし、こいつらはまるで群体だ。
一体一体は通常の樹怪に見えるのに、その行動が特異すぎる…… 少なくとも、王国ではこのようなものは見たことが無い」
僕らを360度囲む樹怪を睨みながら、ヴァイオレット様が唸る。すると。
「--ヴァイオレットの考えは、恐らく合っていますわぁ」
発言したキアニィにみんなの視線が集中する。
「今思い出しましたの。わたくし達の組織の故郷、はるか南の熱帯雨林では、こいつによって多くの犠牲者が出たという話ですわぁ。
群体樹怪…… 数多の樹怪が根の部分で繋がることで、一体の巨大な魔物であるかのように振る舞う。普通の樹怪よりも賢く、その強さは青鏡級に至ることもあると言われる化け物でしてよ。
自分達の手に負えそうな相手にだけ擬態を解いて襲いかかるので、犠牲者が出てもこいつのせいだと気づくのは困難という話ですわぁ。
まったく、誰かが南から種でも運んできたのかしら」
キアニィの話で、僕は冒険者組合で聞いた話を思い出した。
「そうか…… この辺で冒険者の行方不明者が出ていたのは、こいつのせいですね。
大規模な捜索隊は静かに擬態を続けてやり過ごし、僕らのような数人の集団には反応して捕食する。そういう生態か…… 組合が正体を掴めないわけだ」
僕が一人で納得していると、群体樹怪をじっと見ていたシャムが声を上げた。
「むむ…… タツヒト! 樹怪達が構成する円環の直径が、少しずつ小さくなっているであります! このままでは、およそ15分ほどでシャム達は飲み込まれるであります!」
『『ギギィィィィィッ!』』
全方位から、樹怪達が上げる木の軋むような咆哮が響く。
シャムに指摘されて見てみると、僕らが話しているわずかな間に確かに樹怪との距離が狭まって来ていた。
「時間が無いな…… キアニィ殿。群体樹怪という名前からして、どこかに本体があるというわけではなく、倒すには全ての樹怪を倒すしか無い…… そういうことだろうか?」
「残念ながらそれも正解ですわぁ。それと、もしこの囲みの一点突破を狙うのであれば、気をつけた方がいいですわよ。
一気に突破できれば問題ないのですけれど、もたつくとその場で樹怪に囲まれてしまいますわぁ。彼らは個体が減った場所に多くの個体を送り込むそうですから」
「ふむ…… 群体樹怪が形成する円環の厚みは、20メティモルはありそうだ。そうなると、私の延撃では少し心許ないな……
タツヒト、君の剛雷はどうだろうか?」
「すみません。蓄電装備を置いて来てしまったので、使えません。普通の雷撃では、一発でこの囲みに風穴を開けるほどの威力は出せないと思います」
あれ、結構嵩張るから普段は装備してないんだよね。特に、今僕は普通の火属性の魔法使いってことなってるし。
「そうか…… 了解した。仕方あるまい。みな、持久戦を覚悟してくれ! タツヒトの雷撃を主軸に、樹怪の足止めをしながら個体数を減らし、一気に突破できる状態になったらこの円環から脱出する! 残念だが、捕獲した鎧牛は諦めよう」
「はぁ、そうなりますわよね…… でもまた持久戦…… お腹が減りますわぁ」
ヴァイオレット様の言葉に、キアニィがガックリと肩を落とした。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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