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第111話 暗殺者との語らい

ちょっと長めです。


「お待ちになって。今日はあなたとお話しをしにきたんですわぁ」

 

 ヴァイオレット様とシャムに知らせようと息を吸い込んだ瞬間、目の前の暗殺者は無防備に両手を上げてそう言った。

 僕と暗殺者との距離は3m程。僕はすでに臨戦態勢で向こうは棒立ち、元々の位階の差もあって、いつでも殺せる状態だ。

 でも、おそらく暗殺組織の他の人員が周りに潜んでいるはずだ。ここでこの人を倒してもあまり意味は無いだろう。

 どうやら今は本当に敵意が無いみたいだし、お話とやらに付き合ってみるか。そう思い、僕は吸い込んだ息を静かに吐いて構えを解いた。


「--そうですか。では、ご存知のようですが、僕はタツヒトといいます。そちらのお名前を伺っても?」


「あら、ご丁寧に。そうねぇ、わたくし達、ちゃんとした名前を持っていないのだけれど……

 では、キアニィとでもお呼び下さい。わたくし達の故郷の言葉で、『緑』という意味ですわ。ピッタリではなくて?」


 彼女は、自身の深い緑色の肌を見せつけるように両手を広げて見せた。

 マントの下は意外と露出度が高く、上半身はお臍が見えてるし、下は太ももが顕になっている。

 妖艶な雰囲気とは裏腹に、スレンダーながらも鍛え上げられた身体だ。 ……いやいや、何を見とれているんだ僕は。


「そうですね、よくお似合いです。それで、キアニィさん。お話というのは? 今はセレザのパイは持っていませんよ」


 この人は最初の夜襲の時、僕が部屋に置いていたチェリーパイに気を取られて失敗している。

 その時はポンコツ暗殺者なのかと思ったけど、それ以降の動きを見るにめちゃくちゃ優秀なんだよね。


「なるほど…… あの香ばしい香りと、甘酸っぱい果物の芳香はセレザのパイだったのですわね。ちなみにどこで買われたんですの? レーリダの中には売ってる店を見つけられませんでしたけど」

 

 探してたのかよ。


「あれは自作です。後ろの二人にも好評でしたよ」


「じ、自作ですの!? タツヒト君、多才なんですのねぇ……」


 驚愕に目を見開くキアニィ。 ……なんだこの会話、ちょっと気が抜けてきたぞ。

 いや、この人は僕らを油断させるための人員で、実は今は姿を見せていない人員が有能なのかも。向こうは巨大な暗殺組織、侮ってはダメだ。


「あの、話ってまさかパイのことについてじゃ無いですよね?」


「え、えぇ。もちろん違いますわぁ。わたくし達、最初に寝込みを襲った時も、次に毒を仕込んだ上での夜襲でも、当然本気で仕掛けましたの。

 でも、あなた方はそのどちらも防いでみせた…… 対象に対してこんなふうに思うのは初めてなのですけれど、素直に感心してしまいましたわぁ。

 それで、タツヒト君のことを知ってみたくなりましたの。いくつか訊いてみたいことがあるので、答えてくださらない? わたくしも、言える範囲で質問に答えますわぁ」


 暗殺者、キアニィはニコニコと愛想よく笑っている。 ……いや、絶対嘘でしょ。

 でも、確かに向こうから情報を引き出すチャンスでもある。


「わかりました。では、交互に質問していきましょう。先手はそちらで構いませんよ」


 僕の言葉に、キアニィはさらに笑みを深くした。


「ありがとうございますわぁ。ではまず、あのシャムと呼ばれていた子、何者なんですの?

 ほとんど無味無臭の毒に気付き、夜目も効く上に、弓も腕も確かでしたわぁ。

 あなた方の足取りを考えるに、南部山脈から開拓村までの区間で仲間にしたのでしょうけど、そんな都合のいいことってあるのかしら?」


 それはそうだろうな。特に二番目の襲撃は、シャムが居なかったら詰んでたし、キアニィ達からしたら愚痴の一つも言いたいところだろう。


「--彼女が何者なのかは、僕らが知りたいくらいです。ご指摘の通り、彼女とは南部山脈で出会いました。

 僕らと出会うまでの記憶が無く、難儀していたので連れていたのです。あそこまで優秀だとは、僕らも最初は思いませんでした」


「ふぅん…… 嘘は、言っていないようですわねぇ」


 言外に、何か説明してないことがあるんだろ? と言われている気がするけど、気付かないふりをしておこう。


「えぇ、もちろん。ではこちらの質問です。あなた方は巨大な暗殺組織らしいですが、今現在、何人が僕らを補足、追跡しているんですか?

 大人数が来ていたら、僕らはすでに始末されているはず…… ここにはまだ少数しか来ていないと思うんですが、どうでしょう?」


「うふふ。正しい推測ですわぁ。もちろん正確にはお答えできませんが、10人以下とだけ申し上げておきましょう」


 --うーん、わからない。本当のことを言ってるっぽいんだけど、僕と同じで言ってないこともあるという気もする。


「ではわたくしの番ですわぁ。これは、組織に属するものとしての純粋な疑問なのですけれども、あなた達は国を逃げ出したことに後悔はありませんの?」


 その質問に、僕の心臓が大きく跳ねた。


「あなた方が逃げ出したことで、ヴァロンソル領への食糧支援のお話も立ち消えたとか…… 予想では最大1万人でしたかしら。そろそろ領内に餓死者が出ているかもしれませんわぁ。

 それに、あなたはまだしも、あちらのヴァイオレットなどは領主のご令嬢でしょう? とても貴族としての責務を果たしているとは思えませんわぁ」


「--なるほど。夜襲も毒も効かないので、今度は言葉で殺しにきたというわけですか」


 僕がそう言うと、キアニィの眉がぴくりと動いた。


「答えましょう。後悔はありません。おそらくヴァイオレット様もです。

 知り合いや親しい人、他の大勢の人々から恨まれること。中には飢えに苦しみ、命を落とす人がいること。あるいは、国そのものが乱れてしまうこと……

 僕らが頷けばそれらは全て丸く収まる。それでも、僕らはお互いを諦められなかった。あらゆる覚悟を決め、二人で王都から逃げ出したのです。なので、後悔はありません」


 僕は彼女の目を見据えながら、一息に言い切った。正直、普段は考えないようにしていても、夜中にうなされて起きることもある。ヴァイオレット様にもそんな様子がある。

 でも、後悔だけは決してしない。それは、あの時のヴァイオレット様や自分の覚悟を、致命的に貶める行為だからだ。


「そうですか…… やっぱり、少し羨ましいですわね」


「--え?」


 彼女の張り付いたような笑みが消え、感情が露わになった気がした。

 けれどそれはほんの一瞬で、すぐに元の表情に戻ってしまった。


「いえ…… さあ、あなたの番ですわよ?」


「--では、あなた方の狙いは、正確には僕の捕縛と、ヴァイオレット様の暗殺ですね? 両方殺すつもりなら、もっと取れる手段があったはずです」


「あら、バレていましたの。大正解、あなたには傷ひとつつけるなとのお達しですわぁ。

 ヴァイオレットに関しては抹殺。国家反逆罪の大罪人として、国内外に生死不問の手配書も出すらしいですの。

 ふふふ。あなたもとんだ魔性の男ですわねぇ。一国の女王にこれだけ入れ込ませるなんて」


「それは…… 不本意ながら否定できないですね」


 しかし、国家反逆罪か…… ちょっと大人気ないですよ、陛下。


「さて、私からはこれが最後の質問ですわ。王国南端の開拓村ベラーキ、もしそこの住人の誰かが死んでしまっても、あなた方はまだ逃亡生活を続けるのかしら?」


「なっ……!?」


 僕の脳裏に、村長達やエマちゃん、イネスさん達の顔が過ぎる。


「例えばそうですわねぇ…… タツヒト君が王都に戻るまで、週に一人、ベラーキの住民が不幸な事故で亡くなるとしますわ。あの村の住人は確か100人くらいですから、全滅するまで2年くらいはかかりますわねぇ」


 その言葉に、(はらわた)が煮えたぎるように熱くなり、逆に頭がすぅっと冷えていくのを感じた。


「……一人でも殺してみろ。その代わり、あなた方全員、一人残らず惨たらしく殺す。

 もし質問に答えるとするならば、少なくとも僕は陛下の元へ行きます。そして陛下にこうお願いします。暗殺組織ウリミワチュラを、皆殺しにして欲しいと。

 あなた方がいくら大きな組織だからと言っても国には敵わないでしょう。そして先ほどあなたが言った通り、陛下は僕にご執心のようだ。組織の一つや二つ、簡単に潰して下さるのでは?」


 自分でもびっくりするくらい、冷たい声が出た。


「--怖いことをおっしゃるのね。 ……はぁ、参りましたわぁ。やっぱり、この依頼は難易度が高すぎますわよ」


 ある程度僕の答えを予想していたのか、彼女はやれやれと言った感じで首を振った。


「僕からも最後の質問です。僕らの前に現れるのは、いつもあなた一人だ。これはなぜですか? 特に二回目の襲撃、あの場にもう一人でも襲撃役が居たら、乗り切ることはできなかった」


「ふふ…… ほんと、なぜでしょうねぇ。残念ですけど、それにはお答えできませんの。こちらにも事情があるとだけ言っておきますわぁ」


「そうですか……」


 これは本当に疑問だったのだけれど、ヒントも貰えないようだ。

 まさか、一人でやってるのか……? いや、あれだけのことを一人で出来るなんて考えにくい。でも……

 

「さて、お話もできたことですし、今日のところはここまでにいたしますわぁ。また後日、いつかどこかでお会いいたしましょう」


 僕が考え込んでいると、彼女は踵を返しながらそう言った。これからも狙い続けるぞという宣言のようだ。


「--僕らは必ずあなた方から逃げ切ってみせる。絶対に諦めたりはしない」


「うふふ、いつまでその虚勢が続くのか…… あなた達が折れる瞬間が楽しみですわぁ。ではお腹も空いてきたことですし、わたくしは帰らせてもらいまぁぁぁぁっ!?」


 全くなんの前触れも無く、目の前にいた彼女が逆さになって上に飛び上がった。


「な、なんだ!?」


 槍を構えながら見上げると、足に木の枝のようなものが絡みつき、彼女を逆さ吊りにしていた。


「タツヒト、急いでこちらに戻れ! 出口を封鎖された!」


 後ろの方からヴァイオレット様の逼迫した声がする。

 それと同時に、それまでただの風景だと思っていた樹木達が、ギシギシと音を立てながら動き出した。

 音は僕らがいる円環状の林の全てから聞こえているようだった。 

 

「ま、まさか…… こいつら、全部樹怪(トレント)なのか……!?」


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜土曜日の19時に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

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