第110話 鎧牛の捕獲依頼(2)
2024/05/03 タイトル変更
二階の窓口から一階に降りた僕らは、窓口で備品を借り受け、その足で鎧牛の生息地域へ向かうことにした。
組合によると生息域は都市から2時間ほどの所らしいので、もう昼過ぎだけど行ってみることにしたのだ。
この辺は日照時間が長いので、うまく行けば今日、都市の門が閉じるまでに帰って来られるかもしれない。
三人で門を潜り、たまに後ろを振り返りながら街道を歩く。街道に商人や冒険者らしき人達は居るけど、怪しい人影は見えない。
「タツヒト、連中は今も我々を監視しているだろうが、こちらからは見つけられないだろう。
油断は禁物というのは先日私が身を持って体験したが、かといって気を張りすぎると疲れてしまうぞ」
僕の様子に気づいたヴァイオレット様が、気楽に行けと声をかけてくれた。
「すみません、気になってしまって。それより、台車を運んでくれてありがとうございます。重く無いですか?」
彼女は組合で借りた台車を牽いてくれている。
捕獲対象の鎧牛は、名前の通り鎧を着た牛のような魔物だそうだ。当然台車も大きめで、かなり頑丈そうな作りだ。
台車の上には同じく頑丈そうな拘束具も載せてあり、街道の凹凸のせいでガチャガチャと音を立てている。
「何、このくらい重さを感じないほどだ。この三日間は寝てばかりだったから、せめてこのくらいはさせてくれ」
「ヴァイオレット、気にすることないであります。シャムは古代から最近まで寝ていたであります。それに比べれば全然であります」
「ふっ、あははははは! 確かにそうだな! --ありがとう、シャム」
「ふふん、であります」
おぉ、シャムがヴァイオレット様を気遣って冗談を飛ばしている。なんだか感動だ。子供の成長って早いなぁ……
街道を一時間、さらに街道から外れてもう一時間ほど歩いたあたりで、鎧牛の生息域についた。
この辺りは魔物の領域なんだけど、基本はなだらかな草原の地形で、小さな森というか林がポツポツと存在している感じだ。
以前お世話になっていたベラーキ村の近くでは、伐採し続けないと草原が森に飲まれてしまうほどだったけど、地質か何かの違いだろうか?
台車はかなり音がするので林の中に隠し、対象の魔物を探すことしばし。遠くの方に鎧牛らしき魔物の群れを見つけた。
聞いていた通り鈍色の鎧を纏ったような牛型の魔物で、体高は多分2m、体長は2.5mくらいだろうか。かなりの大きさだ。多分重さも1t以上あると思う。立派な二本角を生やしている個体がオスだろうか。
群れは100頭ほどの集団で、あまり天敵もいないのか悠然と草を食んでいる。
ちなみに魔物は例外なく肉食または雑食なので、あの牛さん達に食い殺される冒険者もいるらしい。
「見つけましたけど、あの群れに喧嘩を売るのは流石に避けたいですね」
「あぁ。群れから逸れた個体を狙うか、うまく釣り出せればいいのだが……」
「あ、それだったら、領軍でやってた魔物を誘い出すやつ、あれをやってみましょうか」
「確かに、あれならばうまく釣り出せるかもしれないな。よし、大回りして群れの後方から仕掛けよう」
群れに発見されないよう、林の影から影へ姿勢を低くしながら進み、僕らは群れの真後ろまできた。
ちょうどよく、群れから少し離れた最後尾で草を食んでいるやつがいた。立派な角を生やした大きめの個体だ。
依頼の詳細欄にはオスの方が報酬額が高いとあったので、ぜひこのチャンスを活かしたい。
僕は林の影に潜みながら、同じく隣に潜んでいる二人に目で合図した。
そして目をつけたオスに向けて手を翳し、領軍魔導士団で身につけた魔素の放出を始めた。
僕の体から黄色い放射光が放たれる。魔素の放出量をちょっとずつ上げていくと、目的のオスが草を食むのをやめて、こちらを見た。
そしてそのままフラフラと群れを離れ、僕らが潜む林の方に近づいてくる。
僕らが潜んでいる林は、上から見ると切り欠きのある環状になっていて、視力検査のCマークのような形をしている。
誘い出された鎧牛は、丁度切り欠きの部分から輪の中に入ろうとしていて、僕らは切り欠きの反対側の林に潜んでいる。
「よし…… 二人は二手に分かれて林の中を進んで回り込んで、あの鎧牛が僕まで5メティモルの距離に来たら林から飛び出してください。
やつが二人に気を取られている間に、僕が背後から近寄って動きを封じます」
「了解した」
「わかったであります」
小声で打ち合わせを終えた後、二人が静かに僕の元を離れた。
二人が離れた後も鎧牛は順調に僕に近づき、僕との距離が5mほどになった。その瞬間。
ガササッ!
「ヴォッ!?」
ヴァイオレット様とシャムが鎧牛の背後の林から飛び出し、やつはその音に驚いて振り返った。体ごと反対を向いたので、丁度、僕にお尻を向けた形だ。
僕はそっと林から飛び出すと一気に距離を詰め、鎧牛の体に触れて唱えた。
『雷よ』
「いやー、うまく行きましたね!」
「うむ。君の作戦と魔法のおかげだ」
「雷魔法はとても便利であります!」
僕らの目の前の台車には、拘束具で縛られてほとんど身動きできず、鳴き声も出せないでいる鎧牛が乗せられていた。
僕が低出力の雷撃で麻痺させている間、二人は台車を持ってきてもらって対象を拘束、結構鮮やかな手際だったと思う。
ちなみに、鎧牛は本当に重かった。全力で身体強化してもだいぶしんどかったので、下手したら2tくらいあるのかも。
「あとは街に戻るだけですけど…… すみません、ちょっとお花を摘みに」
「お花…… あぁ、排泄でありますね! いっぱい出してくるといいであります!」
「シャ、シャム! 帰ったら、私と一緒に恥じらいや気遣いについて勉強しよう。タツヒト、あまり離れてくれるなよ?」
「は、はい……」
僕は消え入るような声でやっと返事した。そんなにでっかい声で言わないでよ……
ヴァイオレット様達がいるCの字の中央付近から離れ、僕は林の方に分け入った。
そこで用を足し、いそいそと二人の元に戻ろうとした時、何か視線を感じた気がした。
僕はそこで立ち止まり、感覚に従って近くに生えていた木をじっと見つめた。すると。
「--気配は消していたのですけれど」
僕が凝視していた木の影から滲み出るように、黒い人影が現れた。そいつはフードを目深に被り、マントで体型を隠している。
半ば予想していた僕は静かに槍を構えた。するとその人影はこちらに襲いかかることなく、フードを上げた。
「こんにちはぁ、タツヒト君。こうして話すのは初めてですわねぇ」
三度僕の前に現れた妖艶な蛙人族の暗殺者は、にっこり微笑みながらそう言った。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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