第109話 鎧牛の捕獲依頼(1)
ちょっと長めです。
2024/05/03 タイトル変更
「では、ヴァイオレット様の回復を祝って、乾杯!」
「「乾杯!」」
高級宿の一室、そこには完全に麻痺が抜けたヴァイオレット様の姿があった。
全員で一気に傾けたカップの中身は、オレンジっぽい果物を絞って作った、果汁100%のフルーツジュースだ。
柑橘系の爽やかな香りと、ほのかな酸味、柔らかな甘みが口いっぱいに広がり、めちゃくちゃ美味しい。
間髪入れずに、目も前の料理にも手を伸ばす。
今回作ったのはこの辺りの伝統料理らしい、パエーラという料理だ。とういか完全にパエリアだ。
魚介と野菜をふんだんに使い、それらの旨みが溶け込んだスープで米を炊き込み、最後にレモンっぽい果物の果汁を振りかけたものだ。
口の中に頬張ると、芳醇な海の幸の香りと旨みが広がり、地球世界ぶりの米の味に涙が出そうになる。
「--めちゃくちゃ美味しいですね! ちょっと語彙が足らなくなるくらい!」
「うむ! 魚介と香草、そして香味野菜の香りや旨みが混然一体となっていて、非常に美味だ。この米というものも甘みがあって香ばしい。さすがはタツヒト」
「この果汁を絞ったものもとても美味しいであります! 毎日飲みたいであります!」
料理もフルーツジュースも大好評のようだ。よかったよかった。
この高級宿に入ってから、今は三日目の昼だ。幸い、暗殺者からの襲撃はまだ無い。
朝の段階でヴァイオレット様の体調はかなり良くなっていたけど、念の為また聖教会の司祭様に見てもらうことにした。
教会を訪ねてヴァイオレット様を診て貰ったところ、司祭様は健康体だと太鼓判を押してくれ。
しかし診察後、彼女がもう拾い食いしてはいけませんよと笑うので、ヴァイオレット様は赤面して俯く羽目になった。
そういえば、毒蛙を食べたことにしていたんだっけ…… すみません。
教会を後にした僕らは、快癒のお祝いに美味しいものでも作ろうということになり、市場で料理の材料を手に入れてきた。
港湾都市だけあって市場は活気に溢れていて、魚介類や異国の香辛料など、いい食材が沢山あった。
ちなみに、レストラン的なお店で食べるという選択肢は無かった。
おそらく、暗殺者は今もどこかから僕らを監視し、襲撃の機会を窺っているはずだ。
また毒を盛られるかもしれないので、調理や提供の過程が見えないお店で食事するのは憚られるのだ。
この三日間は、宿の従業員の方に多めのお金を渡して、市場で食材を買ってきてもらっていた。
シャムの毒味によると、この都市に来てからは食材に細工されている様子はないということだけど、まだ油断はできない。
「ふぅ、ご馳走様。とても満足だ……」
料理を食べ終えたヴァイオレット様が、満ち足りた表情でそう言った。
療養中は軽いものばかりだったせいか、先ほどはものすごい勢いで食事を召し上がっていた。それでもどこか所作から上品さが失われないからすごいよね。
「シャムも、もう食べられないであります……」
シャムも満足そうにお腹をさすっているけど、口の周りが汚れてしまっている。
僕は彼女の口をナプキンで拭いてやった。
「お粗末さまです。それで、気持ちの下がる話で申し訳ないんですが、実は結構資金が残り少ないです」
「む、それはそうだろうな。このクラスの宿は、橙銀級の我々には少しばかり上等すぎる。今の状況では必要経費だがな」
「はい。それで、ヴァイオレット様も回復したことですし、また冒険者組合で依頼を受けに行きませんか?」
「はい、シャムは賛成であります! もう三日ほどまともに運動していないので、関節が固着してしまいそうであります!」
大袈裟に賛成を主張するシャムの頭を、ヴァイオレット様が微笑みながら撫でる。
「うむ、私も賛成だ。では少し休んだら、冒険者組合に行こう。割の良い依頼があるといいのだが……」
ヴァレゴンは大きな港湾都市である。冒険者組合もさぞ大きいんだろうなと思っていたけど、予想を超える大きさだった。
街の中心部の一等地に立つ三階建の巨大な建物は、レンガでアーチや幾何学的な装飾が施されていて、対称性や法則性に重点を置いた美しさがある。
いくつかある入口の一つから中に入ると、一階の受付スペースだけでも一気に500人くらい収容できそうな規模感だった。その広いスペースに沢山の冒険者がひしめいている。
「すごいわね。アタイ、ここまででかい冒険者組合は初めてだよ」
「うむ。さすがに王都のものよりは小さいが、かなりの規模だ」
「ほぇ〜、であります」
みんなして物珍しくてキョロキョロしていると、案内板を見つけた。
どうやら受付は、一階が赤銅級以下、2階が橙銀級、3階が黄金級以上というように分かれているみたいだ。
案内に従って2階に登り、受付の列に並ぶことしばし、僕らの番がやってきた。
「こんにちは、受付のウーゴと申します。認識票をお願いします」
愛想のいい只人のお兄さん促され、僕らは認識票を手渡した。
彼は認識票を手に一度奥に引っ込んだ後、すぐに戻ってきた。
「ありがとうございます、確認できました。橙銀級のヴィーさん、タチアナさん、シャムさんですね。本日はどのようなご依頼をお探しですか?」
「うむ。多少危険でも良いので、実入りの良い依頼を探しているのだ。あまり期間の長い物も避けたい。だいぶ都合のよい話ではあるが、何か良いものはないだろうか?」
ヴァイオレット様は、ちょっと困り顔でお兄さんに伝えた。
僕らはなるべく早くこの街を去る必要があるので、サクッとでっかく稼げる依頼を受けたいのだ。
「そうでございますね…… 該当しそうなものをいくつかお出ししましょう」
お兄さんが机に並べてくれた依頼の紙を見ていくと、一際目を引く金額のものがあった。
『依頼名:鎧牛の捕獲(1頭)
推奨等級:橙銀級以上
報酬:5万ディナ〜(捕獲対象の状態による)
備考:一定の実績を有することを受注の条件とする』
「ヴィー。これ、かなりいいんじゃない?」
僕らその依頼を指して言うと、ヴァイオレット様も頷いた。5万ディナというと、日本円で500万円くらいだ。
ただ、最初の報酬額はもっと安かったようで取り消し線が引かれているし、備考のところが気になる。
「あぁ。捕獲というのは難易度が高そうだが、今の我々にぴったりの依頼だろう。ウーゴ殿、こちらの依頼を受注したい」
僕らその依頼を指して伝えると、ウーゴさんは少し困った表情をした。
「あぁ、申し訳ございません。こちらで弾くのを失念しておりました。こちらの依頼ですが、皆様の今の実績ですと受注できかねるものでして……」
「む、どういうことだろうか?」
冒険者組合の認識票には、何かこれまでの実績などを記録する機能があるらしい。
さっき認識票を渡した時、ウーゴさんは僕らのレーリダでの実績をそこから読み取ったのだろう。
一度気になって認識票を調べてみたけど、何もわからなかったんだよね。
「はい。こちらですが、魔物の脅威度から橙銀級以上が推奨となっているのですが、非常に難易度の高いものでして、組合の定める一定以上の実績が受注の条件となっております。
また、最近この依頼を受注した冒険者が何組か未帰還になっています。当然、人数を用意して調査も行ったのですが、未帰還者も、そうなった原因も見つけることが出来ませんでした。この魔物の生息域には、何かがあるようなのです。
このような状況ですので、皆様の今の実績ではこの依頼を受注することはできないのです。申し訳ございません」
「ふむ…… あぁ、そうだ。タチアナ、ここはあの紹介状の出番ではないか?」
「紹介状? あっ、そんなのもあったね。お兄さん、ちょっとお待ちよ」
僕は荷物を漁ると、一通の紹介状を取り出した。
レーリダの街を出る際に、冒険者組合のカサンドラさんから頂いたものだ。
「はいこれ。以前お世話になった人から、組合で何か困ったらこれを見せろって言われたんだけど、これで何とかならないかい?」
「はぁ。では、拝見させて頂きます…… え!?」
お兄さんは紹介状を見た瞬間に目を見開き、僕らと見比べた。
そしてとても丁寧に紹介状を畳み直すと、僕らにそれを返却した。
「失礼いたしました。皆様は、この依頼に対して十分な実力を有していることが確認できました。依頼の受注処理をさせて頂きます。
こちらは依頼に必要な拘束具や台車の貸し出し証です。一階の窓口でお見せください。備品が破損した際には実費請求させて頂きますので、ご注意ください」
元から丁寧だったお兄さんが、さらに腰を低く依頼の受注を認めてくれたので、僕らは目を丸くしてしまった。
「そ、それはありがたいが…… その、カサンドラ殿はそこまで上位の役職の方なのだろうか?」
「--はい。偉いです。とても」
「そ、そうか。了解した。ではすぐに依頼に取り掛かろう」
「はい。くれぐれも、お気を付け下さい」
お兄さんから返却された紹介状を目を走らせると、僕らの実力が黄金級相当で人格も信頼できるという旨が記載してあった。
そして末尾の紹介者のところには、こう記載されていた。
『冒険者組合本部所属 上席監査役 カサンドラ・アレハンドロ』
おぅ…… なんかよくわからないけど、ともかく偉そうだ。確かにテキパキ仕事をこなす人だったけど、受付のお兄さんの反応からして、本社のエリート的な役職なんだろうな。
ともあれ、カサンドラさんのおかげでうまい依頼にありつけてよかった。
けど、未帰還者の件は少し気になる。調査しても原因がわからないとなると、転移魔法陣でも埋まってるんじゃ無いだろうか……?
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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