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第107話 暗殺者のいる生活(3)


 そっと息を吹きかけるような小さな音だったけど、僕にはそれが死神の吐息に聞こえた。

 音の発生源とヴァイオレット様の射線上、そこ目掛けて必死に槍を伸ばす。


 キンッ。


 小さな金属音と共に、槍の穂先に何かが当たった。

 一瞬の安堵の後、僕はすぐに音の発生源に手を翳した。


雷よ(フルグル)!』


 ババァンッ!


 拡散気味に放った雷撃が、森の木々を穿ちながら辺りを一瞬照らす。

 そこに、闇の中へ消える人影を見た。くそっ、やっぱり尾けられていたのか……!


「シャム、暗殺者だ! 少なくとも一人…… 吹き矢か何かで僕らを狙っている!」


「そんな…… どうやってシャム達を追ってきたでありますか!?」


「わからない、けど今はここを乗り切らないと……! ヴァイオレット様、動けますか?」


「う、あ……」


 僕の問いに、ヴァイオレット様が定まらない視線で呻く。呼吸はできているみたいだけど、逆にそれ以外何もできないようだ。

 そして、今度は違う方向からまた息を吹く音が聞こえた。


「くそっ!」


 僕はすぐにまた音の発生源とヴァイオレット様の間に割り込み、槍を高速で回転させる。


 キンッ。


 槍の()に弾かれ、何かが僕の足元に落下した。視線を一瞬だけ下に向けると、やはり吹き矢のようだった。

 どうする……? 森に入ったのは完全に悪手だった。ここは完全に暗殺者のフィールドだ。

 どこに居るのか撃ってくるまで全くわからないし、そもそも向こうが何人いるかも不明だ。

 遮蔽物の無い森の外に出たいところだけど、ヴァイオレット様を担いで行く時に致命的な隙を晒すことになる。

 となれば--


「シャム、持久戦だ! 夜が明けるまで、ヴァイオレット様をここで守り抜く!」


「わ、わかったであります! タツヒト、シャムは視界を暗視用に切り替えるであります! 雷魔法は使わないで欲しいであります!」


「わかった、背中は任せたよ!」


「任せるでありま…… あ!?」


 シャムは驚きの声を上げると同時に、森の暗がりに向けて矢を放った。


 ッガァン!


 黄金級に準じるシャムの矢が、木を深く穿つ音が響く。


「タツヒト、矢は避けられてしまったでありますが、一瞬敵の姿が見えたであります!

 特徴的な編み込みの髪の女性、樹木に張り付き、飛ぶようにして移動しているであります!」


 ……あいつか!


「多分、最初に襲撃をかけてきた()人族だ! この場にいるのがそいつ一人とは限らないから油断しないで!」


「わかったであります!」


 それから僕とシャムは、ひたすら森の暗がりに目を凝らして警戒を続けた。

 吹き矢は、連続して飛んでくることもあれば、数時間飛んでこないこともあった。

 吹き矢が飛んでくる度に、僕は石弾(ラピス・ブレッド)なんかの魔法、シャムは矢で応射していたけど、暗殺者に当たる気配はなかった。

 やつは途中からシャムの目の良さに気づいたのか、後半は僕が警戒する方向からばかり撃ってきた。

 しかしそれも陽動で、油断し始めた頃にシャムの方から撃つといういやらしい戦法まで見せた。

 

 いつまで続くのか、ヴァイオレット様に早く手当しなければ、シャムの矢と向こうの吹き矢のどちらが先に尽きるのか。

 焦燥感と疲労に耐えながらなんとか吹き矢を弾き続け、およそ8時間ほど経った頃、ようやく東の空が明るくなり始めた。

 そしてすぐに森の暗がりにも陽の光が入り、その頃には暗殺者の攻撃はパッタリと止んでいた。






「終わった、のか……?」


 疲労と眠気で頭が頭が回らない中、僕は今ははっきり見えるようなった森の奥に視線を走らせた。

 見える範囲に人影は無い…… しばらく攻撃もないから、どうやら本当に引いてくれたみたいだ。

 安堵のため息を吐いた瞬間、後ろで膝をつくような音がした。


「シャム、大丈夫!?」


 僕は周囲を警戒しながら、シャムの方をチラリと振り返った。


「ら、らいじょうぶでありましゅ…… ちょっと、疲れただけりありましゅ」


 ヴァイオレット様を挟んだ向こう側で、シャムもこちらを振り返って答える。

 眠気と疲労から膝をついてしまっただけのようだ。呂律が回っていなし、もう目がほとんど閉じかかっているけど。


「よかった…… 一晩中よく頑張ったね、シャム。なんと凌ぎ切ったみたいだよ」


「ふぁいぃ……」


 あ、やばい、今にも眠りに落ちそうだ。けどここで寝られたらまずい。

 まずはヴァイオレット様を連れて森の外に出ないと。


「す、すまない…… タツヒト、シャム。不甲斐ない姿を、晒してしまったな……」


「ヴァイオレット様! 大丈夫なんですか……?」


 一晩中喋ることもままならなかった彼女は、まだ辿々しいけど話せるようになっていた。

 僕が抱き起こすと、彼女はゆっくりと首を横に振った。


「いや、ようやく、話せるくらいには回復した。だが、まだ体に、力が入らない。歩くことすら、難しいだろう……」


「……わかりました。僕が担いで行くので、ともかく森の外に出ましょう。シャム、もう一踏ん張りだよ。森の外まで周囲を警戒してくれるかい?」


「うみゅ…… わかったであります」


 シャムは自分の顔をパンパンと手で叩き、立ち上がって辺りを見回し始めた。

 僕はその間にすぐに荷物をまとめ、ヴァイオレット様の馬体の下に両手を差し入れて抱え上げた。

 背中に大荷物、手には僕と彼女の短槍も持っているので、身体強化していてもそれなりにきつい。

 そのまま慎重に進み、数十分ほどで森を抜け、無事に街道まで戻ることができた。


「ふぅー…… ヴァイオレット様、一旦下ろしますね?」


「あぁ。二人とも、世話をかけるな」


「ヴァイオレット、気にしないで欲しいであります」


 ヴァイオレット様を街道脇の草地にゆっくりおろし、僕とシャムもその場にへたり込んだ。


「なんとか乗り切ったね…… ちょとここで一息つこう」


「はい。なんだか眠いのを通り越して、ちょっと元気になってきたであります」


 徹夜明けでハイになっているらしいシャムが、目を爛々とさせながら言った。

 あ、そうだ。


「ごめんシャム。多分スープに入っていた毒って、僕らがレーリダで買った食材に仕込んであったんだと思うんだ。それがどれなのか確認できるかい?」


「もちろん可能であります!」


 シャムは荷物の中から食材を引っ張り出すと、ちょっとずつ口に含み始めた。

 

「もぐ、これじゃないであります…… むぐ、これも大丈夫…… ぺろ…… む! ぺっ、ぺっ。

 タツヒト、これであります! 塩から、先ほどと同じ組成(そせい)の毒物を検出したであります! 他は…… うん、大丈夫そうであります」


「ありがとうシャム。これで口濯いで」


 僕はシャムから塩の小袋を受け取る代わりに、水筒を渡した。

 中を覗くと、なんの変哲もない粗塩が入っていた。レーリダの馴染みの商店から買ったもので、南部山脈から湧く塩水を天日干しにしたものらしい。

 そうか、なるほど。


 暗殺者達は、僕らが襲撃を受けた後、レーリダを離れることを読んでいいた。

 そして、旅に必要な物資を馴染みの店で揃えることも予想し、事前にその店の塩に毒を仕込んだ。

 その上で僕らを追跡し、料理に毒入りの塩を使ってそれを口にするまで息を潜めていたのだ。

 陛下の僕への執着度合いを考えると、おそらく僕は生け取り、ヴァイオレット様は抹殺という方針だろう。

 麻痺毒って分量を間違うと危険そうだけど、塩に仕込むあたり頭いいな。塩だったら食べ過ぎることはあまりないだろうし。

 吹き矢の方はヴァイオレット様を狙っていたので、あっちには即死級の毒が塗ってあったんだろうな……


「シャム、敵の組織はだいぶ優秀みたいだよ…… 嫌になるね」


「そうでありますね。ここまで、全て敵の手のひらの上という感じであります。シャムという不確定要素がなければ、敵は目的をすでに達成していたものと思うであります」


「そうだね。ありがとう、シャム。本当に助かったよ」


「えへへ…… えっへん、であります!」


 僕がシャムの頭を撫でると、彼女は頭を手に押し付けるようにしてニコニコしている。

 この子に頼らないといけない状況に、情けなさが込み上げてくる。


「--さて、そろそろ行こうか。ヴァイオレット様の治療が必要だし、まずは近くの街を目指そう。森の中よりかは安全だろうし。ヴァイオレット様、また持ち上げますよ?」


「うむ、頼む。いやはや、情けない限りだ……」


「タツヒト、後でシャムも抱っこしてほしいであります」

 

「ははっ、わかったよ」


 ヴァイオレット様を抱き抱え、またシャムに周囲を警戒してもらいながら街道を歩く。

 多分街道を歩いていけば、いつか街に行き着くはずだ。

 それにしても、森の中で襲ってきた暗殺者は、あのドレッドヘアの()人族一人だけのようだった。

 もう一人でも敵が多ければ、ヴァイオレット様を守り切れなかったと思う。

 最初の時もそうだったけど、なんで一人だけで襲撃を仕掛けてきたんだろう?


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜土曜日の19時に投稿予定】


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