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第106話 暗殺者のいる生活(2)


「うぐっ、ひっく…… い、嫌であります。シャムは、この街から離れたく無いであります……」


 襲撃があった翌日の早朝、僕とヴァイオレット様はシャムに事情を説明し、今日にも街を出ることを伝えた。

 そしたらこの状況。シャムはベッドに顔を埋めながら大号泣している。

 でも彼女の体感では、この街はあの古代遺跡以上の時間を過ごした場所だ。

 それに、カサンドラさんや灰鉄級の子供達など、初めてできた僕ら以外の親しい知り合いも居る。離れ難いのはすごく分かる。


「シャム、頼む、聞き分けてくれ。向こうは大きな力を持つ暗殺組織、時間は奴らの味方だ。

 すぐに準備して街を離れなければ、今度はどんな手段で攻めてくるかわからない」


「シャム、ごめんよ。みんなと別れるのは辛いよね。でも、今回は相手が悪いんだ。追ってこなくなるまで逃げるしか無いんだ」


「そ、そんなに行きたいたら二人で行けばいいであります! シャムはここに残るであります!」


「……そうか。それも、シャムの安全のためにはいいのかもしれない。狙われているのは我々であって、君ではない。

 君もすでに十分一人でやっていける力量だ。少し早いが、独り立ちの時期なのかも知れないな……」


 ヴァイオレット様が寂しそうに言う。確かに一理あるけど、今のタイミングでそんなこと言ったら……


「ど、どうしてそんなことを言うでありますか……? ヴァイオレットなんて、嫌いであります! ゔぅーっ!!」


「なぁっ……!?」


 シャムがベッドから飛んできて、僕のお腹に顔を押し付けながら泣き始めた。やっぱり……

 ヴァイオレット様はというと、目を見開き、この世の終わりのような表情で固まってしまっている。


「シャム、ヴァイオレット様は君が心配なだけなんだ。嫌いなんて言われたら悲しくなってしまうよ」


「ゔぅー……」


 僕はシャムの頭を撫でながらひたすら説得を続けた。そしてタフな交渉を経て、なんとか一緒に街を離れることに納得してもらった。

 最近はベッドを分けて寝ていたけど、落ち着いたらしばらくは三人一緒に寝ることを約束させられてしまった。

 いや、全然嫌じゃ無いんだけど、シャムは体格は僕と同じくらいなのに、心は童女なわけで……

 しかも見た目は僕の好みドストライクなロボッ()なわけで…… 色々とまずいのである。

 ヴァイオレット様はその間放心していた。けれど、おずおずと謝ってきたシャムと涙ながらに抱擁を交わし、一瞬で復活した。


 それから、宿の人にお礼を言って部屋を引き払い、旅に必要な物資を馴染みの商店で買い込んだ。

 そして冒険者組合に向かい、その場にいた知り合いにここを離れることを伝えて回った。

 やっと顔馴染みになり始めた冒険者や、僕らを慕ってくれている灰鉄級の子供達はとても残念そうにしていた。

 当然カサンドラさんにもお別れを言いに行ったのだけれど、途中でシャムが泣き出してしまって大変だった。

 カサンドラさんはここへは出向で来ているので、いつかどこかでまた会えるとシャムを慰めてくれた。本当に、是非また会いたいものだ。






 一通り旅立つ準備を終えた僕らは、大荷物を背負ってレーリダの門を潜り、街道に出た。

 そして誰ともなくレーリダの街を振り返る。もし今の状況が落ち着いたら、またここに戻って来たい。

 ここには三週間くらいしか住んでいなかったけど、いざ立ち去るとなると少し感慨深い。 


「さて、名残惜しいが…… シャム」


「--わかったであります、ヴィー」


 声をかけられたシャムが、レーリダに後ろ髪を引かれるように、ゆっくりとヴァイオレット様の背に乗った。

 馬人族は慣習的に、滅多なことでは自分の背に人を乗せない。人を乗せるのは家畜の馬の役割で、我々はそうでは無いと言う考えからだ。

 この辺りには馬人族は少ないみたいだけど、あまり見ない光景なのか、街道を行く人たちが僕らをちらちらと見ている。


「タチアナ、用意はいいか? 速さは君に合わせよう」


「アタイはいつでいいわよ」


「よし、では行こう!」


 ヴァイオレット様の号令に、僕は身体強化を最大化し、街道を南に向かって走り始めた。

 景色がものすごい勢いで流れていき、街道をいく人達が僕らに驚いて端による。すみません。

 後ろをチラリと振り返ると、蹄の音を響かせたヴァイオレット様が、一定の距離を開けてピッタリと付いて来ている。

 荷物に加え、実はかなり重い機械人形のシャムを載せているのに、まだまだ余裕そうだ。

 なぜいきなり身体強化までして走り出したというと、暗殺組織の目から逃れるためだ。


 ご覧の通り、街道を爆速で走ると迷惑だし、何より目立つ。組織に見つかるまでは控えていたけど、この状況なので解禁した。

 姿は見えないけど、彼女達はおそらく今もどこかから僕らを監視しているはずだ。

 その目から逃れるには単純明快、目の届かない場所まで、彼女達が追いつけない速度で逃げるのだ。

 昨日の暗殺者の身体能力を基準に考えると、この速度なら振り切れるはずだ。

 

 僕らはお昼頃まで高速移動を続け、街道に誰の姿もない事を確認してから近くの森に入った。

 ここからは森の中を長距離移動し、物資が尽きる前に街で補給、そしてまた街道を高速移動して森に入る。

 逃走資金は十分稼いである。これを何度か繰り返せば、流石に彼女達も僕らを追って来れなくなるはずだ。多分……






 森に分け入った僕らは、今度はなるべく静かに、痕跡を残さないよう南へ進んだ。

 そして夕方くらいになった段階で少し開けた場所を見つけ、その日はそこで野営することになった。


「お昼を抜いてしまったのでお腹がぺこぺこであります……」


「移動を優先したからな。すぐに食事の準備をしよう。タツヒト」


「はい、ヴァイオレット様」


 冒険者生活で何度もこなしているので、みんな野営の準備には慣れている。

 なるべく目立たないようにするため、僕は地面に縦長の溝を掘り、そこに灯火(ルクス・イグニス)の魔法を放った。

 これならば光が周囲に漏れづらい。そしてその縦長の溝の上に鍋を置けば、僕の仕事はほぼ完了だ。

 その間シャムが寝床を準備し、ヴァイオレット様が食材の下拵えをしてくれる。

 しばらくすると寝床も整い、本日の夕食のメニュー、硬焼きパンとチーズ、そして乾燥させたトマトっぽいものと干し肉のスープが完成した。


「よし、では頂こう。シャム、熱いからよく覚ますのだぞ?」


「わかっているであります。ふー、ふー」


 シャムは感覚が鋭敏なせいか、だいぶ猫舌だ。ひたすらスープに息を吹きかけている。

 僕とヴァイオレット様はそうでは無いので、先にスープを飲み始めた。

 うん、空きっ腹に染みる。野菜と肉の旨みに、絶妙な塩加減、そしてバジルっぽい香草もよく効いている。


「美味しいですね、このスープ」


「うむ、とても滋味深い。パンともよく合う。 --ここまではうまく行っているな。このまま振り切れるといいのだが……」


 ヴァイオレット様の言葉に、僕は食べる手を止めて少し考え込んでしまった。

 振り切れなかった場合、いつまでこの生活が続くのだろう。

 今はまだ全然辛さを感じないけど、もし何年も続くとなるとかなりしんどいぞ。

 --いや、これは王国にいるマリアンヌ陛下と僕らとの我慢比べだ。向こうが諦めるまで、逃げ続けてやろう。


 僕が考え事から食事に戻ろうとした時、やっとシャムがスープに口をつけた。

 しかし彼女はかっと目を見開くと、口に含んだスープを吐き出してしまった。


「ぺっ、ぺっ…… 毒であります! 食べてはダメであります!」


 シャムの言葉と同時に、ヴァイオレット様がスープの器を取り落とした。


「ヴァイオレット様!?」


 僕が彼女の元に駆け寄ると、その体は小刻みに震え、喋ることもままならないようだった。

 少量食べてしまったせいか、僕も少し体が痺れる感覚がある。


「シャム、毒の種類は!?」


「--おそらく麻痺毒であります! 筋肉への神経伝達を阻害する毒物を中心に、複数の毒物を検出したであります!」


 う、嘘だろ……!? 一体いつの間に…… レーリダの馴染みの商店で食材を買った段階で、すでに仕込まれていたのか……!?

 いや、今はこの状況をなんとかしなければ。麻痺毒と言うことは、毒だけで僕らを仕留めるつもりは無いと言うことか……? つまり--


「シャム! ヴァイオレット様を中心に森を警戒だ!」


 僕がそう叫んで槍に手を伸ばした瞬間。


 --フッ


 森の方から、微かな音とともに何かが飛来した。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜土曜日の19時に投稿予定】


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