第104話 護衛依頼と深夜の来客
度々すみません、投稿が遅れました。。。
「いやぁ、助かりましたよ。最近急に暖かくなったので、果物の収穫時期も早まっているはずなんです。
それで急いでサビニャゴに行く必要があったんですが、カサンドラさんのお墨付きの方々に護衛をお任せできるのなら安心です」
馬車を操る行商人、只人のお姉様のパウラさんが人の良さそうな笑顔で言った。彼女が今回の依頼主で、僕らの護衛対象だ。
今僕らはレーリダを出て、目的地であるサビニャゴへの街道をみんなで進んでいる。
陣形は馬車を中心に、右前方にヴァイオレット様、左前方に僕、そして後方にシャムだ。
まだ魔物の領域近くには差し掛かっていないので、僕は依頼主さんと気楽におしゃべりしている。
「へぇ、そうだったのかい。まぁアタイとヴィーは位階だけなら黄金級だからね。任せておいてよ。
ところで、アタイは最近この辺に来たから知らないんだけど、今の時期は何が旬なんだい?」
「今はセレザという果物が旬ですね。えっと、赤くて甘酸っぱい、小粒のまるい果実ですよ。そのままでも美味しいですが、煮詰めてパイにしてもとても美味しいです」
なるほど、どうやらさくらんぼっぽい果物らしい。これは俄然やる気が出てきた。
チェリーパイは地球世界で一回食べたことがある。あれは美味しかったなぁ。護衛任務が終わったら早速作ってみよう。
「へぇ! そいつぁ楽しみだ。なら、ますますパウラさんを無事にサビニャゴへ送り届けないとね」
「ははは、是非そうしてください」
その後野営を挟みつつ隊列は進み、旅程の中程で魔物の領域の近くを通る段階になった。
目の前には街道が二方向に分岐していて、片方は右手に森の側を通る道、もう片方は森から離れる方向に大回りに伸びている。
今回僕らは、時間短縮のため魔物の領域である森の近くのルートを通る。
「ふむ。どうやらきちんとした街道のようだが…… なぜここまで森の近くに通してしまったのだろう?」
ヴァイオレット様が首を傾げていると、パウラさんが反応した。
「ヴィーさん、それが逆の話らしいのですよ。もともときちんとした街道を整備した後に、魔物の領域である森が広がってきて、ここまで街道に近づいてしまったと聞いています」
「なるほど…… ありがとう、合点がいった。おそらく、森への魔素の供給量が急激に増え、それが樹木の成長を促したせいだろう。
魔物の領域の中心には大地から魔素が噴き出る龍穴があり、その供給量は何かのきっかけで増減したりするのだ」
「ほぉ、そんなことが。ヴィーさんはとても博識でいらっしゃる。その佇まいといい、もしや以前は騎士の方だったのですか?」
「あ、いや……」
ヴァイオレット様、僕が何か聞くとなんでも答えてくれるからなぁ。いつもの解説癖が出てしまったらしい。
「パウラさん、急ぎなんだろ? アタイらが警戒しておくから、進んでもらって構わないよ」
「魔物が来たらシャムが真っ先に知らせるであります!」
「おっと、そうでした。それではよろしくお願いします」
パウラさんが馬車を森側の街道に進め、ヴァイオレット様は目線で僕にお礼を伝えてきた。
僕はそれに頷いて答え、周囲を警戒しながら馬車に追従した。
魔物の領域の側を通るからといって、必ず魔物に襲われるわけでは無い。
けど今回は運悪く、森の側の街道の中程に差し掛かった時に襲撃を受けてしまった。
森から現れたのは、六つの目と、人の身長ほどの体高を持つ巨大な狼。そしてそいつに率いられた、十数頭に及ぶ四つ目狼の群れだった。
襲撃には最初にシャムが気づき、弓でどんどん四つ目狼を減らしてくれた。
僕もすぐに馬車の左側面から右側面、森側に回り込み、近寄ってきた四つ目狼を放炎の魔法で焼き払った。
ボスの巨大な狼はその火炎放射を飛び越えて馬車に肉薄したけど、ヴァイオレット様の槍に頭蓋を刺し貫かれ、呆気なく絶命した。
パウラさんは僕らの働きに感激してくれて、追加報酬まで約束してくれた。
森での襲撃はその一回きりで、無事目的地のサビニャゴに辿り着くことが出来た。
サビニャゴはこっちの世界では珍しく山の斜面にあり、村の樹木には真っ赤なさくらんぼのような実、セレザが枝をしならせるほど沢山成っていた。
サビニャゴの人曰く、パウラさんの見立て通り今が収穫のベストタイミングで、来てくれて本当に助かったらしい。
僕らはパウラさんに便乗してセレザやはちみつを買い込み、帰り道では魔物に絡まれることもなく、レーリダの近くまで帰ってくることができた。
「いやぁ、無事に買い付けが出来た良かったですよ。是非またあなた方に護衛を依頼したいです」
「ははっ、パウラさんの依頼なら大歓迎だよ。アタイらもいいものがたくさん買えたからね」
そのまま談笑しながら街道を進んでいると、レーリダの門の前で知ってる顔を見かけた。
「あ、ヴァイオレット様、タチアナさん、おかえり!」
「シャムもいる!」
草採集の時に知り合った灰鉄級の子供達だ。彼女達は僕らを見つけると嬉しそうに声をかけてくれた。
あれからちょくちょくご飯を奢ったり、薬草の群生地の効率的な見つけ方を教えたりしていたら、すごく懐いてくれたのだ。
ちなみに、森の奥にはせめて赤銅級になるまでは絶対入らないように言ってある。
「やぁアンタ達、ただいま。相変わらず元気そうだわね」
「むぅ、なぜシャムだけ呼び捨てなのでありますか」
「私はどちらかというと呼び捨ての方がいいのだが……」
シャムは精神年齢が低いのがバレていて、ヴァイオレット様は溢れる気品を抑えきれていないからだろうなぁ。
あ、そうだ。僕は荷物からはちみつを一瓶取り出し、仲間達に目線を送った。
「ヴィー、シャム、いいかい?」
「もちろん構わない」
「いいであります!」
僕は二人に頷き返すと、近くに居た灰鉄級の子供にはちみつの瓶を渡した。
「ほら、お土産だよ。みんなで分けて食べるんだよ」
「え、これはちみつですよね!?」
「本当!? やったぁ、ありがとう!」
はしゃぐ子供達に別れをつげた僕らは、レーリダの門を潜った後は組合に直行し、すぐに依頼の終了処理を行った。
パウラさんからは、約束通り多めの報酬を頂くことが出来た。当然組合にもマージンが入るので、カサンドラさんもニッコリだ。
そして今回の報酬で、僕らは次の街に移動するための貯蓄額の目標を達成した。
この街に来てまだ三週間くらいだけど、知り合いもできて結構楽しく冒険者生活を送れている。
けれど、今の僕らは一つの場所にとどまることが出来ない。正直気が進まないけど、数日の内にはここを離れないとなぁ。
「--じゅるり」
誰かがよだれを啜るような音がして、僕は深夜に目を覚ました。
反射的に音がした方を向くと、机の上に布のかかった何かが置いてあった。そして、部屋の中には甘い匂いが立ち込めている。
あれは…… そうだ。今日の依頼で手に入れたはちみつとさくらんぼを使って、チェリーパイを作ったんだった。
で、最初のやつが結構美味しく作れたし、材料も大量にあったから、調子に乗って作りすぎたんだった。
宿の人にお裾分けしたりもしたけど、食べきれずにホールで一個余ったので、宿の部屋の机の上に置いたんだった。
うん、思い出した。この甘い匂いもパイの匂いだろう。
--あれ、でも僕起きたのって何かよだれを啜るような音を聞いたからだよね?
不思議に思ってさらに視線を巡らせ、僕はびくりと体を硬直させた。
僕とヴァイオレット様とシャム、三人が寝ているベッドの反対側、窓側にそいつは居た。
フードを目深に被り、マントを着ているので顔も体型もよくわからない。口元だけが見えている状態だ。
窓が開け放たれていたので、おそらくそこから侵入したのだろう。
すぐに王国からの追手だと分かったけど、僕は隣で寝ている二人を起こすこともせずにそいつを見ていた。
そいつの口元、そこが月の光に照らされ、濡れたように光っていたのだ。
さらにそいつは、僕らのことはそっちのけで、テーブルに置かれたチェリーパイをガン見している。
--うん。あの光っているのはよだれで、僕が目覚めた音もこいつがよだれを啜る音だろう。なんだか気が抜けてしまったぞ。
まだ寝ぼけているのも相まって、僕の口からはとても間抜けな言葉が発せられた。
「あの…… 食べます?」
フードを被った人影が、弾かれたように僕を見た。
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【月〜土曜日の19時に投稿予定】
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