第010話 異邦人
皆さんは、あまりに好みの異性を目の当たりにして、思わず結婚を申し込んでしまったことはありますか?
僕はさっきしました。実績解除です。
やべー。と冷や汗をかきながら女騎士さんの表情を伺う。
しかし、彼女は小首を傾げて怪訝な表情を見せただけだった。
そうだ、言葉が通じてなかったんだ。
よかった。いや、言葉が通じてたらそもそもさっきの戦いは起こらなかったので、よくないんだけど。
エマちゃんが心配そうに寄ってきてくれたので、大丈夫だよと声をかけながら頭を撫でる。
そうするとたちまち笑顔になってくれるから可愛いよね、この娘。
チラリと女騎士さんの方を盗み見ると、エマちゃんを慈母のような表情で見つめている。
二人は騎士と平民といった感じに見えるけど、とっても仲がいいみたいだ。
女騎士さんは一瞬僕と目を合わせると、エマちゃんに声を掛けてから村に向かってカポカポと歩き始めた。
ついてこいということかな。
エマちゃんの様子を見て信用してくれたのかも。
「タツヒト***、*****!」
エマちゃんが僕の手を取り、グイグイ村の方に引っ張ってくれる。
ありがとう。でも、今めちゃくちゃ腕が痛いんだ……
いででっ、そんなに嬉しそうに手を振り回さないでくれ!
痛みに耐えながら門をくぐると、中はまさに中世の村といった感じだった。
村は周りをぐるりと円形の壁に囲まれていて、広さは多分直径100mくらいだ。
村の中央を大きめの道が通っていて、道沿いにいくつも木製の建物が立っている。
住居や重要施設は安全な防壁で囲っておいて、囲うのに大変な畑とかは外に置く割り切り設計なのかな。
やっぱり、ゴブリンとか四つ目狼みたいな連中が跋扈しているんだろうな……
道には遠巻きにこちらを見る住民の方々が溢れかえっていた。
みなしきりにエマちゃんの名前を口にして、安堵した表情をしている。
そして、先導してくれている女騎士さんが特別だったわけではないみたいで、住民の1/3くらいはケンタウルスだった。
残りの2/3は普通の人間の男女のように見える。
あれ、見える範囲では女のケンタウルスしかいないみたいだ。
男のケンタウルスに会いたいわけではないけど、ちょっと不思議な感じだ。
そのまま村の奥に向かって歩いていると、声を上げながら人がきをかき分けてくる人がいた。
若い男性と、こちらも若いケンタウルスの女性だ。
ケンタウルスの女性の方は、青い顔をしていて体調が良くないように見える。
二人はエマちゃんを見つけるととこちらに走り出した。
「エマ! *******!」
二人に気づいたエマちゃんも僕から手を離し、二人に駆け寄った。
三人はお互いにがっしりと抱き合うと、声をあげて泣き始めた。
よかった…… なんだかこうゆう場面て無性に嬉しいよね。
体の奥からじんわりとした喜びが込み上げてくる。
長い抱擁の後、お説教タイムが始まった。
ケンタウルスの女性がエマちゃんの肩を握り、涙ながらに声を荒げる。
エマちゃんは可哀想なくらい号泣してる。
男性の方は…… 女性を宥めているみたいだけど効果が全くない。
しばらくすると、見かねた女騎士さんが止めに入りその場は治った。
エマちゃんのご両親(多分)は、女騎士さんにペコペコ頭を下げた後、僕の方に向き直った。
「*****、エマ*****」
二人は僕に近づくと、僕の手をとって涙ながらに語りかけてくれた。
多分お礼を言ってくれているんだろうけど、言葉がわからないのがとてももどかしい。
笑顔で何度も頷いてみたら、どうやら気持ちは伝わったらしい。
エマちゃんたちとは一旦そこで別れて、僕は女騎士さんとそのまま村の奥の広場の方に進んだ。
広場にはいくつか大きな建物が面していて、女騎士さんがそのうちの一つのドアを叩いた。
すると、中から眼鏡を掛けた品の良いおねいさまが出ててきた。
おねいさまは僕らを見て少し驚いた後、家の中に招き入れてくれた。
入ってすぐの部屋はダイニングのような作りになっていて、テーブルには強面で屈強なおじさま座っていた。
山賊の親分みたいな見た目だけど、この品の良いおねいさまの旦那さんなんだろうな。
おじさまは女騎士さんを見てすぐに立ち上がり、こちらに駆け寄ってきた。
「*****、*****……」「*****、**……」
女騎士さんと夫妻が僕の方をチラチラ見ながら話を始めたけど、言葉が分からないのしんどいなぁ……
住人の皆さんは概ね友好的だったので悪いことにはならないと思うけど、どうしてもネガティブなことを考えてしまう。
『あやつはイキがいいから絶対に美味いぞ。じっくり煮込んで美味いシチューにしてくれ』
『まぁ騎士様、それはいい考えですわ。ちょうどいい香草が入りましたの』
『あっしはには軟骨を恵んでくだせぇ。酒によく合うんでさぁ』
とか……
嫌な想像にぶるりと身が震えたところで、話し合いが終わったみたいだ。
促されてテーブルに座ったところで、おねいさまがお茶っぽい何かを出してくれた。
「ありがとうございます」
頭を下げながらお礼を言うと、おねいさまは少し驚いてから笑顔で頷いてくれた。
僕の正面に女騎士さん、右手におじさま、そして左手におねいさまが座り、四人でテーブル囲んだ形だ。
女騎士さんは、椅子というよりベンチみたいなものに四本の足を折りたたんで座っている。
女騎士さんがお茶を飲んだので、僕も腕の痛みを誤魔化しながらお茶を飲んだ。
ちょっと変わった香りだけど、何かの香草っぽい良い香りがして美味しい。
一息ついたところで、女騎士さんが口を開いた。
「******。 ……$$$$$$。 ……#####」
……多分だけど、それぞれ何か違う言語で話しかけられたような気がする。
女騎士さんはこちらの反応を伺っている。
「言葉がわかりません。あの…… 僕は立人と言うんですが、ここはどこなんでしょうか?」
首を振りながら尋ねてみたけど、やはりこの場の誰にも伝わってないみたいだ。
女騎士さんはしばらく腕を組んで考えこんでいたけど、一つ頷いて顔を上げた。
なんだろうと見ていると、彼女は懐を探って何か小さなものを2つ取り出した。
それを見て少し驚いてしまった。
見た目は耳掛け型のワイヤレスイヤホンのようなもので、銀色の流線形がとても綺麗だ。
ど中世な村の中に存在していることに、ものすごく違和感を感じるデザインだ。
女騎士さん一つを自分の馬耳につけると、もう一つをおばさまに渡した。
おばさまは女騎士さんの言葉に頷くと、席を立って僕の隣まで来た。
どうやらイヤホンをつけてくれるらしい。
ちょっと怖いけど、このままでは話が進まないので、そのまま抵抗せずにイヤホンをつけてもらった。
おぉ、なんだがとってもジャストフィット。
まるでイヤホンの方から耳にしがみ付いてくるような感じだ。
装着感に感心していると、突然、凛とした涼やかな声を感じた。
『……言葉』『理解』『?』
おどろいて女騎士さんをみると、自分がつけたイヤホンを触りながら僕を見ている。
単語の羅列だけど確かに日本語だった。
でも、声を耳で聞いた感覚とは違う、言葉の意味を脳に直接投げ込まれたような奇妙な感覚だ。
これが『こいつ直接脳内にっ……!』というやつか。
口を動かしている様子はなかった。
試しに、彼女を真似てイヤホンを触り、頭の中で喋るようにはっきりと思考してみる。
はい、そちらの言葉がわかります。
『……肯定』『言語』『理解可能』
おぉ、やはり片言だけど、自分が伝えた言葉もフィードバックしてくれるみたいだ。しゅごい。
彼女がニヤリと不敵な笑みを浮かべた後、また頭の中に彼女の声を感じた。
『安堵』『歓迎』『……異邦人』
***
ピーーー。
【……コード12404検出】
【ID検索……失敗、ID失効】
【検出地域捜査中……特定、現地表記イクスパテット王国、ヴァロンソル領】
【言語解析中……推定解析率3%】
【上位機能単位への報告の是非……判断保留、言語解析と経過観察を継続……】
1章 はじまりのダンジョン 完
2章 開拓村ベラーキ へ続く
1章完了です。ここまでお読み頂きありがとうございました。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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