第001話 転移
穏やかな昼下がり、そよ風が一面に広がる草原を波打たせている。
そんな牧歌的な風景の中に場違いな二人が対峙していた。
互いの距離は10m程。
一方は高校の制服を着た小柄な少年だ。緊張からかその表情は硬く、荒い呼吸で粗末な短槍のようなものを握りしめている。
もう一方は見事な白銀の全身鎧を着た女騎士だ。兜の奥の表情は窺い知れず、少年とは対照的に泰然とランスを構えている。
そしてそよ風が一瞬強風に変わり、少年が反射的に目をつむった瞬間、女騎士は音を置き去りにする勢いで突進した。
文字通り瞬く間にランスが少年の目の前に迫る。
圧縮された時間の中で少年は無意識の内に体を捻った。
しかし、女騎士はすれ違いざまに突進の姿勢を解き、少年が避けた方向にランスを振りぬいた。
強かに打ち据えられた少年の体は冗談のように吹き飛んだ。
ほんの少しの滞空の後、少年の体は地面に落ちて幾度も転がりやっと停止した。
少年は数秒間ぴくりとも動かなかったが、震える手をついて何とか膝立ちになった。
短槍はランスを受けた際にどこかに吹き飛ばされており、痛めてしまったのか両腕に力が入っていない。
じっと様子を観察していた女騎士が、少年にゆっくりと歩み寄る。
膝をついて呆然と見上げることしかできない少年と、それを静かに見下ろす白銀の女騎士。
時間にすれば数秒にも満たない戦い。
その決着の光景は、完成された一枚の歴史画のようだった。
***
晩秋。県立東高校の部室棟の一室で、僕はカタカタとキーボードを叩いていた。
今日は授業終わりからかれこれ2時間くらい作業をしていたので、けっこう目がしょぼしょぼしている。
集中が途切れたので部室を見回してみると、他の部活仲間は集中して作業しているみたいだ。
視線をみんなから窓の方に向けると、ちょうと西の空に日が落ち始めていた。
オレンジ色の太陽と、青から黒に変わり始めた空とのコントラストがとても綺麗だ。
僕は作業を中断し、西日に目を細めながら夕焼けを眺めることにした。
「立人氏! なにぼーっとしてるの!? 締め切りまであと1時間だよ!?」
が、すぐに眼鏡をビカァッと光らせた秋山君に怒られた。
部活仲間その1の秋山君は、母国語がネットスラングの眼鏡君で、なんというかステレオタイプのオタクといった感じだ。
「秋山君。僕ら日本人は昔の感性を取り戻すべきなんじゃないかな…… ほら、こんな綺麗な夕焼けをみて、『いとをかし』とか言う感じの……」
「ははっ。確かにすごく綺麗な夕焼けだね。でも、現実逃避しても締め切りは変わらないよ?」
僕の現実逃避気味の発言を、部活仲間その2の阿部君が穏やかに窘めた。
阿部君は、オールバックに精悍な顔つきでガタイがよく、なんというか、いい男って感じだ。
僕、狭間立人はというと、髪は男にしては長めで、童顔で背が低くて華奢な感じだ。
そのせいかわからないけど、友達から「おまえを見ていると何かに目覚めそうになる」と言われたことがある。
なんか怖かったので短い髪型に変えようとしたのだけれども、周囲のとても強い反対にあって今の長さに落ち着いてる。
以上のちょっと個性的な3人が東校電子機器研究会の面子だ。
「いやー、わかってるんだけどね…… 追い込まれるとちょっと別のことに逃避したくなるならない?」
「それは禿げ上がるほどに同意するけど、阿部氏のいう通りもう時間がないよ!」
「わかってるってば。よしみんな、しゃべってる時間はないよ!ラストスパートだ!」
「立人氏のせいで中断したんだがっ!?」
ほんのちょっと雑談することで気がまぎれたので、僕はまたカタカタと作業を始める。
部活メンバーも、僕が始めたのを見て自分の作業に集中し始めた。
一体何をしているのかというと、バイオハザードっぽいTPSのブラウザゲームを作っているのだ。
ただし、文化祭で発表しようというその作品を、前日の今でも作っている状況だ。
間に合うかかなりギリギリなので、実はちょっと冷や汗をかきながら作業している。
カタカタカタカタ…… ッターン!
「……よし。阿部君、お待たせ!こっちも大体終わったっぽいから、結合テストしよー」
「あぁ、いいよ。立人君のと、結合しよう…… ふふっ」
だいぶ待たせてしまったのに、阿部君は笑顔で答えてくれる。
相変わらずいいやつなだなー。でも目線が僕の腰のあたりに来てるのはなんでだろう?
細かいことは気にせずテストプレイを開始して、手早くクリアするとエンディングロールが流れた。
『
- School Hazard Z -
制作 県立東高校 電子機器研究会
シナリオ 1年 A組 秋山葉太
フロントエンド 1年 A組 狭間立人
バックエンド 1年 A組 阿部純一
グラフィック協力 県立東高校 イラスト愛好会
Thank you for your playing!!
』
細かな検証はできてないけど、ひとまず大きな問題がないことが確認できた。
「よっし、おっけー!! とりあえず完成!!」
「いやー、長かったでござる」
「二人ともお疲れ様」
三人で完成の喜びに浸るのもつかの間、生徒会に出展許可をもらうための書類の作成作業に入る。
説明用の動画は、さっき撮っておいたプレイ動画でいいだろう。
僕が書類をつくっていると、後ろの方で二人が雑談を始めた。
「それにしても今回のゲーム、結果的にナビゲーター役のゾンビ娘に比重が偏りすぎてたように感じたけど、阿部氏のご意見は?」
「確かにね。秋山君の言う通り、このキャラだけ好感度的なパラメーターを設定したし、シナリオでも何度か立人君にリテイクを受けてたよね?」
「そうでござるよ。なんだかこのゾンビ娘の周りだけギャルゲー空間になっちゃったし…… まぁ、それも込みでうまくまとまったからよかったけど」
うぐっ、やっぱりばれるか……
このゾンビ娘に関わる仕事量は、小分けのものが積み上がった結果、けっこうな量になっていた。
おそらく、このゲームの制作時間全体の2/5くらいはこのゾンビ娘にかけてしまっている。
僕は少し、いや、結構歪んだ性癖を持っている。
始まりは小さい頃にネットで見かけたもんむす系のゲームだった。
普通の人間じゃ無いキャラクター達に、当時の僕は衝撃を受けて、その…… とても興奮したことを覚えている。
それからしばらくして気づいたのだけれども、僕は普通の女の子を見ても異性としての魅力を全く感じないようなのだ。全く、である。
クラスの男子ががこのアイドルがかわいいとか、この女優がすごいとかいう話題にも、あまりついていけない。
顔立ちが整っているとか、愛嬌があるとか、その人に良い点がたくさんあることは理解できる。
でも、彼らの話の根底にある、言ってしまえば普通の女の子に対する性欲に共感できないのだ。
今では吹っ切れているけど、ちょっと前までは結構悩んでいたし、まだ誰にも打ち明けたことは無い。
この部活を立ち上げたのも、単純にもんむすのゲームを作りたかったからだ。
なので、一番モチベーションが上がったのは、やはりゾンビ娘周りの仕事だった。
意図したわけでは全くないのだけれども、気づいたら彼女関連の仕事が積みあがってしまっていたのだ。
それに巻き込んでしまった二人には、非常に申し訳ない思いがある。
その後、訝しがる部活仲間をはぐらかし、書類をでっちあげ、生徒会を丸め込むことで、なんとか文化祭の準備を終えることができた。
なんだか、今日一日で自分が酷く汚れてしまったような気がするぞ。
これが大人になるということか……
部活メンバーにまた明日と別れを告げ、学校から家までの通学路をノロノロと歩く。
今回作ったゲームは来場者の皆様にどう受け止められるだろうか…… 誰かの歪んだ性癖を呼び覚ますことができたら開発者冥利につきるな。
もしかしたら、僕みたいにもんむすにしか興奮できないという人が見つかるかもしれない。
夕日に伸びる自分の影を眺めながら歩いていたら、いつの間にか近所の神社の前まで来ていた。
「あ、いつもの癖できちゃった」
ここは僕のお母さんの実家が管理していて、まさに近所の神社といったこじんまりとした規模感だ。
そして一匹の猫が放し飼いになっているので、その子目当てに学校の帰りにはほぼ毎日寄っている。
おやつをあげるともふもふさせてくれるのだ。
今日はまっすぐ家に帰ろうと思っていたけど、寄っていこうかな。
階段を上がり、いつも猫がいる拝殿のあたりまで進んでから声をかける。
「しらたまー、きたよー」
「……ンア”〜〜」
僕が声をかけてからしばらくすると、賽銭箱の陰から真っ白い猫が出てきてくれた。
白い毛並みがとても綺麗なのに、鳴き声だけは全く可愛くないのが特徴だ。
10年くらい放っておいたファー○ーみたいな声だ。
僕はいつもカバンに入れている猫用のマグロスティックを取り出し、包装をあけてしらたまに差し出した。
「ンア”ア”〜〜」
しらたまはやはり可愛く無い鳴き声をあげたあと、マグロスティックを食べ始めた。
十数秒ほどでスティックはなくなり、しらたまは僕の傍で丸くなった。
お、もふもふタイムだ。
「よーしよしよし」
「ヴァッ、アンア”ア”〜〜」
ム〇ゴロウさんを意識しつつ、しらたまをモフる。されるがままだ。
しかし、しばらく僕のモフりに喘いでいたしらたまが、突然びくりと体を緊張させた。
何事だろうと見ていると、急に立ち上がって鳥居の方を凝視し、その反対側、拝殿の裏手へとものすごい速度で駆けて行ってしまった。
「……モフリすぎたかな?」
悪いことしたなぁとしらたまが走り去った方を見ていると、地面がすこし揺れ始めた。
地震だ。そう思って念のため拝殿から離れた数秒後、尋常でなく激しい揺れが襲い掛かってきた。
「うわっ……!?」
これまでの人生で感じたことが無いほどの激しい揺れに、その場で両手を地面についてしゃがむ。
拝殿はギシギシと音を立て、陶器が割れるような音もかすかに聞こえる。
ガゴッという大きな音に振り向くと、石造りの灯ろうまでが倒れていた。
激しい揺れはそのまま10秒程続いたけど、段々と収まっていった。
「……びっ、くりしたー ……しらたまめ、地震に気づいたんなら教えてくれてもいいのに」
怖すぎて理不尽なことをつぶやいてしまった。
それにしてもすごかった。体験したことは無いけど、震度6くらいあったんじゃないかな……?
ビクつきながら立ち上がろうとした時、新たな異変に気づいた。
そろそろ日が落ちるという時間だったのに、あたりが先ほどより明るいのだ。
ふと自分が手をついている石畳を見ると、そこには複雑な模様が浮き上がり、わずかに発光していた。
「なに…… これ?」
立て続けの異変に混乱して動けないでいると、発光は段々強くなっていった。
何かまずいと思い立ち上がった瞬間、発光は急激に強くなった。
「……っ!?」
まるで石畳全体が太陽になったかのような強烈な光。
あまりの眩しさに目をつぶってしまった後、一瞬で地面が消えてしまったかのような浮遊感を感じた。
そして僕は意識を失った。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
2025/07/20 冒頭部分修正
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