■4■ 騎士になる夢
それからの日々は楽しい毎日だった。夕方にヘレナ像のところで待ち合わせをして、しばらく話をして、別れる。ルシアとリムネッタの仲は、そうして急速に近づいていった。
「へー、それじゃあ、やっぱりリムネッタはすごい家系なんだ」
ルシアとリムネッタが出会ってから十日ほど過ぎた頃。ヘレナ像の前で少し語り合った後、二人は町外れの小高い丘まで来ていた。茫洋とした夕暮れの丘で、石の上に二人で並んで座る。
「見栄ばっかりだよ」
リムネッタは可愛らしくにこりと笑った。一陣の風が静かに流れ、背後にある草むらを揺らしていく。リムネッタは髪が風に遊ばれないよう、束ねられた髪を手で押さえた。
「リムネッタは騎士、目指さないの? 初めて会った時も、ヘレナ像の近くにいたよね」
「わたしには、騎士は無理だよ……」
リムネッタは少しうつむき、寂しそうに言った。
この国には、大きく分けて二つの騎士団がある。それぞれの騎士団の団長は、建国の女騎士ヘレナ・ランカスターに倣い、十代の少女から選ばれるのが慣例だった。そして、女性でありながら騎士団に入るというのは即ち未来の団長候補ということであり、貴族階級の中でも非常に限られたごく一握りの少女だけという狭き門だった。剣術や馬術はもちろん、知識、教養も高い水準を求められる。リムネッタが弱気になってしまうのも仕方のないことだった。
「そんなことないよ! 私は騎士になれる家系じゃないから、騎士にはなれないけど……」
それを聞いて、リムネッタが首を振る。
「わたし、ルシアならきっと、立派な騎士になれると思う」
ルシアの手を両手で包み込み、リムネッタはきっぱりと断言した。
「えっ? でも……」
言いかけたルシアの唇にそっと人差し指を当てると、リムネッタは言葉を続ける。
「大丈夫だよ。お父様が言っていたのだけれど、わたしたちが大人になる頃には、騎士になるのに家柄とか身分とか、関係無くなるから」
「どういうこと?」
「王子様……次の国王様になる人がね、そういうのをやめて、より幅広く人材を募るように仰られてるんですって」
「王子……国王……」
ルシアにとっては、まるで雲の上の話だった。
「わたし達が大人になる頃にはきっと、その他にもいとんなところで身分や家柄が関係なくなっていくと思う。慢心せずにしっかり稽古に励みなさいって、お父様によく言われてるもの」
今までに無い熱のこもった口調でリムネッタは話し続けた。
「リムネッタ、今日は何だか熱心だね」
ルシアが言うと、リムネッタは手を離し、頬を赤く染めて恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「わたしね……ルシアが騎士になって活躍するところ、見てみたいから……」
「えっ?」
ルシアは虚を突かれたようにリムネッタを見る。リムネッタは俯けていた顔を上げると、ルシアを正面から見据えた。
「わたし、ルシアが騎士として活躍するところ、見てみたいの」
リムネッタはもう一度同じ言葉を繰り返す。青空のように澄んだ、本心からの言葉だった。
「リムネッタ……」
ヘレナ・ランカスターと同じ騎士になれるかも知れない──その降って湧いたかのような可能性は、ルシアの夢を一瞬にして輝かせ、彼女の胸の内を明るく照らした。
「そっか……私でも、騎士になれるかもしれないんだ」
ルシアはつぶやき、希望に満ちた目で空を仰いだ。
「もし、それが叶うなら……強くて、優しくて、誰よりも気高い心を持つ、そんな騎士になりたいな……」
純粋で、迷いの無い、まっすぐな瞳。さらさら、と微風がルシアの髪を揺らしていく。
「ねぇ、リムネッタ」
リムネッタに視線を戻し、ルシアは言葉を続ける。
「私、リムネッタなら、きっと誰よりも優しい騎士になれると思う。だから……だから、二人で、騎士を目指そうよ」
ルシアが言うと、リムネッタの表情がみるみる明るくなっていく。
「……うん!」
満面の笑み。ルシアと一緒なら、きっと自分も騎士になれる──リムネッタの心にも希望の火が灯った瞬間だった。
「いつか、二人で、騎士として国を守ろうね」
ルシアの声が風に流れていく。二人の周りを小さな風がくるりと舞い、ルシアとリムネッタを祝福するかのように消えていった。
その後しばらく何も言わず、二人で沈み行く夕日を眺めていた。もうそろそろ帰る時間が近づいていた。
「こんな時間が、いつまでも続けばいいのにね……」
ルシアはつぶやき、言葉を続ける。
「こんな平和が、ずっと続けばいいのに……」
ルシアも、遠くの国で起きている戦争のことは耳にしていた。その度に、胸が締め付けられるような悲しい気持ちになった。
「ルシア……」
リムネッタはそれ以上何も言わず、ぎゅっと拳を握る力を強めた。夕日が沈む頃、一際目立つ一番星が輝く時まで、二人はその丘で静かに時間を過ごした。