■3■ 二人の時間
次の日の夕方、ルシアは昨日と同じく、ヘレナ像のある泉へ向かっていた。
「リムネッタ!」
ルシアが明るく声をかけると、ヘレナ像の脇で静かに町を眺めていたリムネッタがルシアを振り返る。
「ルシア……本当に来てくれたんだ」
「当たり前だよ」
ルシアが笑顔で答えと、リムネッタも口元をほころばせた。
「よかった」
貴族の娘というのは、こんなにも綺麗に微笑むのか……ルシアは、初めて知り合う貴族の娘に、強く魅せられたのだった。
「こっち、座ろう」
ルシアはヘレナ像の前、泉を囲っている石縁に腰を下ろす。
「あっ!」
ふと気がついて、ルシアはポケットからハンカチを取り出すとそれを広げて、脇に敷く。
「どうぞ、リムネッタさん♪」
「ふふっ、ありがとうございます」
リムネッタがまた笑みを浮かべると、少しぎこちなかった雰囲気が、やんわりと和らいだ物になる。ルシアにはそれがとても嬉しかった。
「リムネッタ、年はいくつ?」
「今年で八つ」
「あ、私と同じだね!」
ルシアの声のトーンが自然と上がる。
「リムネッタのお家はやっぱり大きいの?」
「お父様のお友達と比べたら……普通くらい」
「そうなんだ! 私も、広くて大きい家に住んでみたいなぁ、みんなでかくれんぼとかしたり!」
ルシアが言うと、リムネッタがくすくすと笑う。
「あれ? 何か変なこと言ったかな」
「いいえ、ルシアは面白い子だなって思って」
そう言ってから、リムネッタは再びくすりと笑う。
「そ、そうかな……」
少し照れながら、ルシアは人差し指で頬をかく。そんなルシアを、リムネッタは優しい目で見つめた。
「ルシアの家はあっち……だったよね?」
リムネッタは、そう言いながら右の方──ルシアの家のある方角を指差す。
「そう、向こうに見える赤い屋根の家。リムネッタの家とは、全然比べ物にならないと思うけどね」
「ふふっ、そんなことないと思うよ」
リムネッタがおっとりとした口調で返すと、場の空気が少し温かくなったように感じられた。
……
…
そうして、二人でしばらく会話を続ける。気がつけば、夕日も沈みかけて、もう帰る時間になっていた。
「また、明日……?」
リムネッタが少し小さな声で尋ねる。ヘレナ像の前に立ち、二人で向かい合う。お互い、もう家に帰らなければいけない。
「うん、また明日!」
ルシアが笑顔で答えると、リムネッタの顔に喜びの表情が浮かぶ。
「また、明日……」
「きっときっと、絶対来てね、リムネッタ!」
「……うん」
ルシアがタッタッと離れながら手を振ると、リムネッタもルシアに微笑みかけ、小さく手を振る。リムネッタはルシアの姿が見えなくなるまで、ずっとその場でルシアを見送っていた。