スワイプの数だけ貴方の愛を更新する
スワイプの回数が三桁を到達しそうになったところで、夏目はスマートフォンを枕へと投げつけた。
明らかに常軌を逸している行動であるのは理解している。こんなことをしてもどうにもならないことも、夏目が一番分かっている。
それでもやめることができない。一分一秒たりとも輝かしい存在である推しの一ピースを投げ込まれるのを見逃したくないからだ。
誰もが編集し調べることのできる百科事典より、最速で推しを知る生き字引になりたい。
それも数百万人といる中のファンの一部だけではなく、約八十億人が住んでいる惑星の中で一番になりたい。
そう思い、願い、行動に移すことは果たしていけないことなのだろうか。
いけないことではない。純粋なファン、推し活であるのなら問題はないだろう。
しかし夏目の行動は線引きの範疇から外れすぎていた。そして何より自分が憑りつかれたように、偶像崇拝に力を入れていることに「病んでいる」と自覚していた。
輝きに手を伸ばして先に得るものは、脳に与える一瞬の中毒症状だけだ。少し経てば禁断症状が現れ、より強い輝きや満足度を高めないと情緒が不安定になる。
同時にどこまで推しに見返りを求めれば満たされるのかと底なし沼に怖くもなる。
いや見返りを求めている時点でファン失格だ。降りるしかないのに延々と惨めにしがみついている。
スマートフォンが小刻みに振動した。それだけでパブロフの犬のように飛びついて、画面の先にある“欠片”を必死に集めてしまう。
私が誰よりも貴方を知っている。
一つ一つ丁寧に額縁にピースをはめていく。しかし愛しいパズルが完成に近づく度に、完璧が故に一生縮まらない距離も感じていた。
画面越しでしか知れない。でも一線を越えたらこの立ち位置にさえいられなくなる。
私はガチ恋勢たちと違うんだ。でも彼女たちの方が健全なのかもしれない。
健全な推し活とはなんだろう。
少なくとも夏目は程遠い存在であることを自嘲気味に悟っていた。