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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

かなちゃん

作者: 骸兎

 ある用事を済ませた帰り道の事だった。



 黄昏時。僕は場にそぐわないスーツ姿で、人気のない田舎の畦道をひとり歩いていた。

 田んぼは夕焼けを反射して朱色に染まり、甲高い声でカラスが鳴いている。

 普段はバイクを使うのだが、偶にはこうやってのんびりと景色を楽しむのも悪くない。


 こうしていると、自分の幼かった頃を思い出す。社会人になってからというもの時間と立場に追われ、ゆっくりとした時間もあまり取れていなかったからな。


 何事もリフレッシュは必要だ。


「♪ゆう〜やけこやけの、あかとんぼ〜」


 気分の良かった僕は、いつの間にか童謡を口ずさんでいた。赤蜻蛉の季節にはまだ早いのだが。



 ────あれ?



『──ぐすっ──ぐすっ──』


 風の音に混じって、啜り泣くような声が聞こえてきた。

 声の方を見ると、脇道のお地蔵様のそばに、少女が立ち尽くしたまま泣いていた。

 血のように真っ赤なランドセルに、カラスの羽のように黒い長髪。俯いているため顔はよく見えないが、もし僕に娘が居たらきっとこれくらいの年頃だろう。


 田んぼにお気に入りの筆箱でも落としたのだろうか?

 だけど、通学路からはかなり離れているはずだ。

 

「どうしたんだい?」


 僕は少女をそのままにしておけなくて、柔らかく話しかけた。


「なにか無くしちゃったの?」


 少女はふるふると首を振る。


「じゃあお家への帰り方がわからなくなっちゃったの?」


 少女はまた首を振る。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「ゆきちゃん、いなくなっちゃったの」


 ゆきちゃんというのは、お友達の名前だろうか。


「かなちゃんね、たんけんごっこしてたら、ゆきちゃんと、はぐれちゃったの」


 この少女は、かなちゃんというらしい。

 僕はスーツのポケットのなかで指を弄りながら、かなちゃんのたどたどしい説明に耳を傾けた。


 その話をまとめると、こういうことだ。


 かなちゃんは、学校の帰りに友達のゆきちゃんと寄り道をしていた。入ってはいけないと注意されている山の中で、探検ごっこをしていたらしい。しかしその遊びの途中で、ゆきちゃんとはぐれてしまったのだ。


 かなちゃんは怖くなって帰ろうとしたのだが、ゆきちゃんを置いていったことが親に知られると叱られると思ったらしい。

 そうして家に帰ることも山に戻ることもできず、お地蔵様のところで立ち止まって泣き出してしまった。


「そっか。よく話してくれたね」


 僕はかなちゃんの頭を、帽子越しに優しく撫でる。


「それなら、おじさんがお友達を一緒に探してあげようか?」


 その言葉を聞いたかなちゃんは、うつむいたままゆっくりと首を縦に振った。

 僕はそっとゆきちゃんの指を握ると、二人が探検ごっこをしていたという山に向かった。




 ──それから数十分も歩いたころ。

 僕たちは、鬱蒼と木の生い茂った場所に辿り着いた。


  『立入禁止』


 古ぼけた看板には、確かにそう書かれている。

 山は蛇が出る。いや蛇ならばまだいい方だ、猪や熊が出るかもしれない。子どもが一人で入るには危険すぎるだろう。


 しかし子どもというものは禁止されていることほどやりたがるものだ。

 ……いや、それは大人も変わらないか。


「そこ、根っこが出てて危ないから気をつけて」

「うん」


 かなちゃんが怪我をしないよう注意しながら、僕達は山の奥へと進んでいく。

 やがて、かなちゃんとゆきちゃんが探検ごっこをしていたという場所に辿り着いた。


 木々に囲まれていて、民家も遠い。

 民家との間には滝壺がある。

 子どもが大声で遊んでいても、誰も気づかないだろう。


 大きな楓の木の下にかなちゃんを待たせて、周囲を注意深くぐるりと歩く。この辺りには誰もいない。


「ゆきちゃん、ゆきちゃん」


 返事はない。

 わかっていたことだが。


 僕はかなちゃんの前にかがみ込む。

 

「この場所にはよく遊びに来るの?」

「うん」


 かなちゃんは首を縦に振る。


「かなちゃんやゆきちゃんがここで遊んでるって事を、他の子や先生は知っているの?」

「ううん」


 かなちゃんは首を横に振って、それから教えてくれた。ここはかなちゃんとゆきちゃんだけの秘密基地らしい。この場所を知っているのは、二人だけなのだ。


 僕はそれを聞いて、少し安心する。


「最後に大事なことを教えて欲しいんだ。ゆきちゃんって、髪をふたつ結びにしてた?」

「うん。してた」


 かなちゃんは首を縦に振る。

 ……やはりそうだ。




 僕はこの近くで、既にゆきちゃんと出会っている。




「ゆきちゃんの居る場所、わかったかもしれない」

「ほんと?」

「ほんとだよ。少しだけ、後ろの大きな木の方を向いていてくれるかな?」


 かなちゃんは僕の言葉を、特に疑問に思わなかったようだ。

 こくりと頷くと、だるまさんが転んだをするときのように木の方を向いた。


 僕は愛用のナイフを取り出すと、かなちゃんの頭を押さえて首の動脈を掻き切った。かなちゃんは数回瞬きをしていたが、すぐに血を吐いて動かなくなった。


 僕はかなちゃんの親指を斬り落とす。

 まだ温かい親指の血を拭って、そっとポケットにしまう。



 それから、かなちゃんを滝壺に落として、山から出た。


 


「♪ゆう〜やけこやけの、あかとんぼ〜」


 ふたりを殺した帰り道。

 僕はポケットの中に手を入れる。


 僕は、ゆきちゃんと、かなちゃんと、3人で指を繋ぎながら、真っ赤に染まった畦道を歩いていった。

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