5月11日 木曜日 部長来訪
ふぁ~ぁ! ああ、眠いです。
「ナ~。」
「はいはい。ちょっと待ってなよ。」
私は眠たい目をこすりながら湯を沸かすと、浜崎所長に教えてもらったように猫用のミルクを作り、哺乳瓶に入れて与えました。時計を見ると午前6時半、そろそろ起きるか。
できれば4.5時間ごとにミルクを与えてほしいということで、浜崎所長と本社の許可を得て、昨夜は警備室に泊まりました。ここに宿泊したのは初めてですね。相変わらずいい飲みっぷりで、あっという間に平らげると、再びタオルにくるまって眠ってしまったようです。
「いい気なもんだな。」
苦笑いをしながら後片付けをし、今日の食事の買い出しにでも行こうかと思っていたら、
「おはようございます!」
と、外から声が聞こえました。受付を見ると、新垣さんがにっこり笑って立っていました。
「お、おはようございます。ちょ、ちょっと待ってくださいね!」
急な宿泊に、用意していたジャージ姿だった私は、慌てて制服に着替えると、新垣さんを迎え入れました。
「失礼しました。」
「そのままでよかったのに。すみません、猫ちゃんの面倒押し付けてしまって。」
申し訳なさそうに新垣さんは頭を下げた。
「いえいえ。私も猫は好きですし、ほっとけないですから。」
「山盛さんって本当にやさしいですよね。はいこれ、差し入れです。」
そう言って袋を差し出してきてくれた。
「急なお願いをしてしまったので、食事どうしたか気になってて。食べてください。」
中にはおにぎりやサンドイッチがたくさん入っていた。聞けば、今日の朝ごはんとお昼ご飯用らしい。お金を出そうとしたが、新垣さんはかたくなに断ってきた。まいったなぁ。
「ホント、気にしないでください。これくらいしかできないのがかえって申し訳ないです。」
ほんとにいい娘さんですよね。感動で涙が出そうです。新垣さんは子猫の入った段ボールの中を覗き込み、寝ている子猫をニコニコと眺めていた。
けっきょく、そのまま始業時間まで猫を見ながら雑談し、新垣さんは名残惜しそうにお仕事に向かいました。
午後になると、予定通り本社警備防災部の小寺慎太郎部長と、荒井さんが一緒に来訪されました。
「お疲れ様です。」
「おぅ、お疲れさん。元気にやっとるかね?」
「はい。」
小寺部長は関西出身で、私より3つ下の52歳とうかがっています。気さくすぎるのが玉に傷というか、めんどくさいというか。。。
入構手続きを終え、警備室に入ってくると、警備室内やモニターの状況、防災盤、仮眠室やシャワーブースなど、一通り確認した後、
「なんや。猫を飼っとるんか?」
と、段ボールの中を覗き見ました。
「シャーっ!」
うん。子猫も人の良し悪しはわかるようですね。
「なんや、やるんかお前。」
小寺部長はそう言って子猫を見下ろした。
「シャーっ! フゥーっ! フゥーッ!」
子猫は段ボールの中で威嚇しながら動き回っている。
「部長、あんまり刺激しないでください。クライアント様からお預かりしている猫ですので。」
私は簡単に事の顛末を報告した。あんまり刺激して、子猫の体調に影響が出たら大変です。幸いそのあと、すぐに八木沢様が来られたので、建物の会議室へ出ていかれました。
「ナ~。」
甘えた声で鳴き始めた子猫の頭をなでながら、
「お前も人を見るんだねぇ。」
と、話しかけました。小寺部長は優秀な方だとは思っているのですが、一方的というか、考えが足りないというか、現場に無理難題を吹っかけては放置する癖があるので、苦手に思っている人は多いみたいです。中町隊長なんかはよくケンカしているというのを聞いています。
あいさつの後、小寺部長は敷地内をざっと見て帰って行かれました。何事もなくてよかったです。
警備日誌 05月11日 木曜日 晴れ
13:21 小寺警備防災部長があいさつと現場査察に来訪。
八木沢様にご対応をいただく。
ほか、異常なし。