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5月10日 水曜日 捨て猫騒ぎ

 今日は朝から雨でした。梅雨にはまだ早いのですが、風も強く、気温も低いため、今日は制服も上着を着用です。受付台に『足元注意』の看板を出して、社員様の出社をお待ちしていると、


「山盛さん・・・。」


 と、外からか細い声が聞こえてきました。慌てて窓口に顔を出すと、泣きそうな顔をした新垣さんがずぶぬれになって立っていました。


「ど、どうしたんですか?!」


 驚いて外に出ると、よく見ればその腕には小さな子猫が抱かれていました。見事に三等分された白と茶と黒の毛並みにかわいらしい顔立ち、しかし、雨と寒さのせいか震えているようでした。


「敷地の角に捨てられていたんです。段ボールもぐしゃぐしゃで、ほかにも2匹いたんですが動かなくて。この子だけ元気そうだったけど、震えていたからかわいそうで・・・。」


 今にも泣きそうな新垣さんに、


「と、とにかく中に入ってください。それじゃ、新垣さんも風邪を引いてしまいます。」


 そういって警備室に入るように促した。暖房を入れ、タオルを取り出すと新垣さんに手渡した。


「あの、私のじゃイヤかもしれませんが、ちゃんと洗濯はしてあるので。」

「ありがとうございます。」


 新垣さんはタオルを受け取ると、雨に濡れた髪を拭き始めた。私は子猫を受け取ると、洗面台に連れて行き、ぬるま湯と石鹸で丁寧に身体を洗ってやりました。最初こそ冷たくて震えていましたが、お湯に温まったのか、次第に伸びをして気持ちよさそうにしてくれました。


「よしよし。温まったかな。」


 私はもう一枚タオルを取り出し、濡れた身体を丁寧に拭いてやった。警備室内に戻ると、心配そうに新垣さんがこちらをのぞき込んでいた。


「大丈夫ですよ。ぬるま湯で洗ってあげたらだいぶリラックスしてくれたみたいです。」


 そう言って、タオルごと新垣さんに預けた。


「どうしよう。」

「平尾様が来られたら相談してみましょう。」


 そんな話をしていると、しばらくして平尾副所長と浜崎所長が出社されてきました。泣きそうな新垣さんを見て二人とも驚いていましたが、事情をお話しすると、


「子猫はいったんここで保護しましょう。山盛さん、申し訳ないが、ほかの2匹の状況を確認してください。もし、ダメだったら、敷地内でかまいませんので、日当りのいいところに埋葬してくれませんか。」


 と、浜崎所長が指示してくださいました。お2人が作業服に着替えに行っている間、私は正門を出て、新垣さんに教えてもらった場所に行ってみましたが、残念ながら残りの2匹はすでに亡くなっていました。段ボールごと抱え上げると、敷地内に戻り、冷たくなった身体を拭いていてやりました。


 相変わらず気温は低く風も強かったのですが、浜崎所長たちが戻ってくるころには雨は小降りになっていて、間もなく止むのか晴れ間も見えていました。


「可哀想に、捨てるにしても、もっと方法があるだろうにな。」


 憤慨したように話す浜崎所長。本当に、こんな雨の日に屋根もないところに放置するなんて、怒りの感情しかわいてきません。


 話した結果、警備室の隣にある備品倉庫の裏が日当たりがいいだろうとの結論になりました。


「そうだ!」


 私は警備室裏の休憩室から、制服の靴が入っていた箱を取り出すと、ティッシュペーパーを中に敷き詰めました。そして、その上に2匹を寝かせてやると、布団をかけるように上にティッシュをかけました。埋葬するにしても、そのまま土に埋めるよりも棺があったほうがいいかなと思ったわけです。


「山盛さん。ありがとうございます。」


 三毛猫を抱きしめながら、新垣さんが寂しそうに言ってくださいました。備品倉庫裏に移動し、箱が入るよりももう少し土を掘り、深めに箱を埋めてあげました。4人で手を合わせると、


「とりあえず、お仕事中は警備室でお預かりしますので、あとどうするかはまた相談させてください。」


 私はそう言って、三毛猫を預かって警備室へ引き上げた。まだ警戒しているのか、タオルにくるまったまま動こうとしなかったが、慣れるまでは仕方がないでしょう。


 昼休みの音楽が鳴ってすぐ、


「ちょっと、外出します。」


 と、スーツに着替えなおした浜崎所長が言ってお出かけされました。昼休みに外出なんてめったにないことですので、不思議に思っていると、30分くらいして両手に荷物を持って戻ってきました。


「山盛さん。ちょっと、受け取りお願いします。」


 そう言って、警備室のカウンターに荷物を置き始めた。なになに、子猫用粉ミルク、ペット用哺乳瓶、猫用トイレと砂、猫用おもちゃ、などなど。これはこれは、なんともすごいラインナップです。


「新垣を呼んできますね。」


 一通り荷物を置くと、浜崎所長は建物の中に戻っていきました。私は受け取った荷物を警備室に入れて、粉ミルクのパッケージの説明に従って、とりあえずお湯を沸かし始めました。子猫はタオルにくるまりながら、時折可愛らしく、


「ナ~。」


 と、鳴いては、


「シャーっ!」


 と、威嚇するような鳴き声を繰り返しています。どういう感情なんでしょうか。


「失礼します。」


 作業服に着替えた浜崎所長と新垣さんが警備室に来られました。そのころにはお湯も沸いていたので、ミルクを作ろうとしたんですが、


「ああ、山盛さん。私がやりましょう。」


 と、浜崎所長は慣れた手つきで粉ミルクをお湯に溶かし、哺乳瓶を振りながら温度を調節していました。


「新垣さん。トレーに猫用の砂を出してください。」

「はい。」


 新垣さんが説明書を見ながらセッティングをしていく。


「たぶんですが、自分で歩いていたので生後2週間といったところだと思います。生後1、2ヵ月の間はミルクで育ちますので、半月ほどは粉ミルクを4時間おきに与えるのが基本です。そのあとは6時間おきに切り替えて、成長に合わせて与えていきましょう。それまでに里親が見つかればいいのですが、今はペットを飼うのも難しい時代ですからね。また捨てられないようによく調べていきましょう。」


 そう言うと、子猫に近づき、哺乳瓶の先を鼻先にちょんちょんと付けました。最初は威嚇していた子猫でしたが、ミルクのにおいと哺乳瓶の温度に安心したのか、やがてむさぼるように飲み始めました。少し飲みづらそうにしていたので、浜崎所長がそっと手を差し伸べると、意外と抵抗せずに抱っこされてくれました。


 気が付くと、新垣さんと一緒に夢中になってその様子に見入っていました。


「所長。すごくなれていらっしゃいますね。」

「はは、猫が好きなだけだよ。うちで引き取ってあげたいけど、もう3匹いるんでね。これ以上増えると家内に怒られてしまうんだ。」


 子猫はあっという間に飲み干すと、満足したようにタオルに潜り込んでいきました。私は備品を運び込んだ時に使った段ボールを持ってきて、


「とりあえず、ここの中で過ごしてもらおうかと思ったのですが。」


 と提案すると、


「段ボールは保温効果もあるので、このまま床に置いておくよりはいいと思います。」


 そうおっしゃって、段ボールの中にタオルなどを入れて、子猫が潜れるようにしてくださいました。子猫が顔をのぞかせてそわそわしているように見えたのですが、


「お、トイレかな?」


 と、浜崎所長は再び猫を抱き上げて、先ほど設置したトイレ砂の上に移動しました。タオルの端をお湯で濡らすと、温度を確かめながら、お尻のあたりを何度かトントンとたたきました。すると、ちょびっとだけ、黄色い液体が飛び出し、トイレ砂に吸い込まれていきました。


「そわそわしたり、床のにおいをクンクンしたら、トイレのサインだと思って、今みたいにタオルをちょっとだけぬるま湯で濡らして、肛門のあたりをトントンと叩いてください。こするとケガさせちゃうのでトントンです。」

「わかりました。」


 これは、と思いましたが、乗り掛かった舟です。仕方ない、当面は警備室で面倒見ましょう。


「山盛さん。私の携帯番号は知ってますね?」

「はい。」

「何かわからないことや異変があったらすぐに連絡してください。勤務時間外でも構いませんので。」

「わかりました。」


 それから、子猫に関することを簡単にレクチュアされてから、浜崎所長は戻っていかれました。新垣さんは、子猫の頭を撫でながら、


「うちのマンション、ペット禁止だからなぁ。うう、こんなことならペット可マンションにするんだった。」


 そういいながら残念そうな顔をされました。


「はは。当面、こちらで見ることになると思うので、いつでも会いに来てあげてください。」

「はい。すみません、なんだか山盛さんに押し付けてしまった形になってしまって。」

「いいえ。日中手が空いた時は暇ですから、ちょうどいいですよ。」

「私もできる限りお手伝いしますので、何でも言ってください!」


 そう言うと、新垣さんは本当にうれしそうにうなずいてくれました。思わぬ形で新垣さんとお近づきになれました。子猫ちゃん、グッジョブです!





警備日誌 05月10日 水曜日 雨のち晴れ


 社員の新垣様、捨て猫を保護される。


 3匹のうち2匹は死亡。


 浜崎所長指示で、備品倉庫裏に埋葬する。


 1匹を警備室で保護、


 浜崎所長指示で、しばらく警備室で預かる。


 ほか、異常なし。

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