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5月2日 火曜日 突然の来訪者

 昨日に引き続き穏やかな晴天で迎えた今日でしたが、午後になって突然の来訪がありました。


「娘にお弁当を持ってきたんですがねぇ。」


 還暦前くらいの年齢でしょうか、初老の女性が訪ねてきたため、私は外に出て対応をしました。よくあるような普通の私服に、小さな手提げ袋が一つ。お弁当、、、は持ってなさそうですね。


「恐れ入りますが、娘さんのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「三島京子です。」

「三島さんですね。お調べしますので少々お待ちください。」


 そう言って、警備室内に戻り、PCで調べる素振りを見せました。素振りというのは、ここに三島さんという社員様はいらっしゃらないからです。頭ごなしにいないというとクレームになることがあるので、調べるフリをしたりします。小技です。


「お待たせいたしました。恐れ入りますが、当社に三島という社員は在籍しておりません。近くの別の会社様とお間違いはないですか?」

「おかしいわねぇ。ここで間違いないと思うんだけど。」

「娘さんの勤めている会社名を教えていただけますか?」

「あら。なんだったかしらねぇ。」


 いまいち会話がかみ合わず困ってしまいました。どこか、近隣の企業様とお間違いなような気がするのですが、せめて社名がわからないと調べようがありません。


 何かヒントがないか、もう一度女性をよく観察してみると、手提げ袋に札がついているのに気が付きました。なんとなく目線を向けると『連絡先』と書かれているような気がしました。


「奥様。恐れ入りますが、手提げ袋の札を見せていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ。かまいませんよ。」


 そういって、受付用の台の上に手提げ袋を置いていただけました。札を確認して、私は状況が理解できました。


(母の名前は三島千恵子です。母が困っていたら。こちらへ連絡をお願いいたします。)


 そう書かれていて、携帯電話と固定電話の番号が書かれていた。なるほど、


「奥様。娘さんの連絡先が書いてあるので、よろしければ私からご連絡差し上げてもよろしいでしょうか?」


 そう言うと、三島様にはうなずいていただけたので、メモを取り、再び警備室内に戻りました。PCで電話番号検索すると、固定電話の番号は八王子市内にある介護デイサービスのものでした。すぐに電話をかけると、担当の介護士さんに代わっていただけました。


「ちょうどいま娘さんが来られて、警察に相談しようか話をしていたところなんです。」


 事情を聴くと、三島様は認知症を患っているそうです。娘さんに何も言わずに、フラッと外へ出てしまったため、探し回っていたようですね。迎えに来ていただけるとのことでしたので、到着するまで一緒にいることをお約束しました。


 電話を切ると、すぐに平尾副所長へ内線を入れました。


「と、言うわけですので、いったん警備室内でお待ちいただこうと思うのですがよろしいでしょうか。」

「わかりました。そのまままた外へ出られても危険ですので、よろしくお願いします。」


 事後報告になってしまいましたが、人命救助の観点から判断したことに、平尾さんは快く許可をくださいました。


「奥様。娘さんがお迎えに来てくれるというので、中でお待ちになりませんか?」

「そうなの? じゃあ、お邪魔しようかねぇ。」


 こうやって話していると、ごく普通のご婦人です。認知症というのがなかなか信じられません。警備室内に入っていただき、椅子を用意すると、私はお茶を入れて差し出した。


「あらまぁ、すみませんねぇ。」


 その時、警備室のドアがノックされ、平尾さんと新垣さんが入ってきた。私は立ち上がって敬礼すると、


「お疲れ様です。ご家族様がこちらへ向かっているのですが、おそらく20分ほどで到着する見込みです。」


 そう報告した。


「ありがとうございます。」


 平尾さんはそういうと、三島さんにここで待っているように話しかけ、新垣さんは、


「お菓子持ってきちゃいましたので、一緒に食べませんか?」


 そういって、おせんべいなどをテーブルに広げた。お二人の分のお茶も用意して、一緒に待っていただくことになりました。そんなことをしていると、やがて1台の軽自動車が敷地の来客用駐車場に停車しました。慌てた様子で女性が一人降りてくると、警備室へ向かって駆け寄ってきました。


「すみません。母がご迷惑おかけして。」


 三島さんを外へご案内すると、


「お母さん! もう、心配したんだからね!」


 そう言って安心したようにため息をついた。


「ちょっと、お散歩してただけですよねー。」

「そうよぉ。お菓子食べながらおしゃべりしてたの。」

「もう。」


 娘さんは私たちに深々と頭を下げ、三島さんを連れて帰っていきました。


「お仕事中にありがとうございました。」

「いえいえ。山盛さんの判断は素晴らしかったと思いますよ。あの様子だと、ここがどこで、どうやってきたかもわかっていないでしょうから、外に出したら危険でした。」


 平尾さんは真剣な表情でそういうと、


「これからこういったことは増えるかもしれませんね。」


 そう言って、三島さんの出て行った正門を眺めていました。


「それにしても、新垣さん、対応慣れされてますね。」


 三島さんとの会話は、かみ合わないことも多く戸惑いもありました。


「はは。実は祖母が認知症だったんで、以前、認知症介助士という資格を取ったんです。祖母は昨年亡くなりましたが、まさかその知識が役に立つと思いませんでした。」


 そういって新垣さんは笑顔を見せてくれました。どんな資格、知識や技能がいつ役に立つかなんて、わからないものですね。認知症の方へは、否定をせずに寄り添うことが大原則だそうです。だから、安心したからゆえに起こり始めた娘さんに、散歩だよねとおっしゃったようですね。そんな機転が利くなんて素敵すぎます新垣さん。あ、下心はないですよ。


 お二人が戻られると、私は早速報告書を作成しました。



報告書 認知症女性来訪の報告

05月02日火曜日

14:18 ご家族あてに女性が来訪されるが、該当社員なし。

14:22 お荷物の札から、女性が認知症であると判明。

14:24 八王子市内の介護サービス「ひだまり」様へ連絡。

14:30 平尾副所長の許可を得て、女性を警備室で保護。

14:36 平尾副所長、新垣様が警備室で対応開始。

15:14 ご家族様がお迎えに来られる。

15:23 女性がご家族と敷地を退出される。

15:28 平尾副所長、新垣様が職場へ戻られ、対応を完了する。



 これから高齢者は増えますし、私もやがて高齢者になっていきます。その時、独身である私なんかは、認知症とかになったらどうしようかとか、たまに不安になっちゃったりするんですよね。他人事ではないですよホントに。。。


 でも、何より無事にご家族にお返しできてよかったです。






警備日誌 05月02日火曜日 晴れ


 14:18 娘さんを尋ねに来たという女性が来訪。


 手荷物から認知症の方と判断し、一時保護。


 ご家族に連絡がついた為、平尾副所長に許可を得て警備室でお待ちいただく。


 15:23 ご家族がお迎えに来られ、ご帰宅される。


 他、異常なし。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この作品が好きです。 特にこの、突然認知症の女性が来てしまったというお話が好きです。 今日までにこの部分を3回読みました。 1回目は、「おお!こんなことあるのか!」と驚きました。 2回…
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