2月11日 日曜日 川室くんの結婚式
今日は快晴、絶好の結婚式日和です。私は川越市内にある結婚式場に来ております。受付を済ませて、来賓者控室に行くと、ウェルカムドリンクを飲んでいる中町さんがいました。
「亮さん。おはようございます。」
「おはようございます。」
「ばっちり決まってますね!」
そう言う中町さんも、貫禄のある実に紳士的なスタイルのスーツを着ています。グレンチェックのダークグレーのベスト付きスーツ、Checkにはワンポイントで青い線が入っているのが素敵ですね。これもサムシングブルーを意識したものでしょうか。温かみのあるペールピンクのワイシャツと、バラのように赤いドットのネクタイに、ワイシャツに近い淡いピンク色のポケットチーフ、袖からのぞくピンクの意思をあしらったカフスも素敵ですね。
「中町さんもさすがにおしゃれですね。」
「主賓挨拶ありますからね。さすがに気を使いました。」
私もいずれ部下の結婚式であいさつなどすることになるのでしょうか。想像しただけで胃が痛くなりそうです。
さて、今日は教会式の結婚式です。式場の一角がチャペルになっていて、時間になり私達はそちらへ移動しました。中央にの祭壇には神父様が入場者を迎えてくれます。
「亮さん。牧師と神父の違いってわかりますか?」
「そう言えば、なんでしょう?」
「神父はカトリック、牧師はプロテスタントなんですよ。カトリックは厳しいので、洗礼を受けた信者でないと士気は上げられないんです。一方、プロテスタントはその辺は緩いので、信者でなくても結婚式ができます。日本の教会結婚式のほとんどがプロテスタントだそうですよ。」
それは知らなかった。ということは、祭壇の方は新婦ではなく牧師ということですね。他にも、教会式で歌うのは『聖歌』だと思っていましたが、プロテスタントでは『讃美歌』だそうです。祈りの集会のこともカトリックは『ミサ』、プロテスタントは『礼拝』というそうですね。
ちなみに、これも中町さんから聞いたのですが、新婦とお父さんが入り口から祭壇まで歩く通路を『バージンロード』と言いますが、実はあれ日本だけの言い方だそうですね。海外では『ウェディングアイル』といい、花嫁のための道という意味があるそうです。知らなかったぁ!
リングピローに乗せられた指輪の交換も終わり、二人が結婚証明書にサインをして誓いのキスを交わすと、牧師様が二人の結婚宣言を行いました。暖かな拍手に送られて、新郎新婦がバージンロードを歩いていきます。今日の川室くんも一段とカッコいいですね。奥様の純白のウェディングドレスも素敵です。
休憩と移動を挟んで披露宴会場へ。中町さんの主賓挨拶と乾杯の挨拶も終わり、しばし寒暖の時間です。料理をいただきながら、中町さんが今後の流れを教えてくれます。
「衣装は用意してあるから、このあとお色直しの段階で僕らも出て準備します。新郎新婦が着席したら、すぐに余興が始まるので、三人とも頑張って。」
いや、主賓挨拶よりも重要な役割のよう泣きもしますが。。。
「それでは、新郎新婦は一度、お色直しにと向かいます。皆さま暖かな拍手でお送りください。」
会場内の拍手に包まれ、川室くんは奥様と一緒にお色直しに移動します。
「じゃあ、行きましょうか。」
会場を出ると、スタッフさんが控えていて、着替える場所の個室へ案内してくれました。
「おお!」
「どこで用意したんですかこんな本格的な物。」
そこに置かれた衣装に思わず驚きの声を上げてしまいました。着替えを済ませ、最終的なセリフのチェックをします。なんとなく二人と読み返すと、お互いにセリフはばっちりでした。さすがに結婚式では失敗効かないので、三人とも必死に練習してきたみたいですね。
「警備検定の試験より勉強しましたよ。」
丸木くんの言葉に笑ってしまいます。セリフや縁起の段取りの話や、仕事の話などをしていると、隣の会場から新郎新婦のお色直し完了と再入場の案内と共に、歓声が上がりました。スタッフさんに促され、階上の扉前にスタンバイします。いよいよ本番です!
(ここより中町の台本に沿って展開します。)
会場内に突然鳴り響く非常ベル。会場内外にはスタッフが『これは演出です。』の札を持って展開。山盛隊長を先頭に丸木一番員と佐藤二番員が続いて会場内に入場する。会場内に入ったら非常ベルは停止。
山盛 『消火隊、横隊に集まれ!』
丸木 『よし!』
佐藤 『よし!』
山盛 『気を付け! 右へ、倣え! 直れ! 番号!』
丸木 『いち。』
佐藤 『に。』
山盛 『休め! 火点前方、ひな壇! アツアツ新婚カップルが大炎上中、消火活動はじめ!』
丸木 『よし!』
佐藤 『よし!』
丸木と佐藤は式場内にある屋内消火栓を使用して実際の消火手順を実施。起動ボタンとバルブはいじるフリだけすること。
丸木 『放水開始!』
佐藤 『放水開始!』
しばらく高砂に向けて消火活動を実施。
丸木 『ダメです。2人のラブラブの炎は消えません!』
佐藤 『それどころか、アツアツ大炎上中です!』
山盛 『ええい。障害があればあるほど二人の愛の炎は燃え上がるってか!?』
丸木 『隊長! 愛の力が強すぎて、消火できません!』
山盛 『やむを得ん。放水やめ!』
丸木 『放水やめ!』
佐藤 『放水やめ!』
佐藤、消火栓に戻りバルブを閉める。
山盛 『消火隊、横隊に集まれ!』
丸木 『よし!』
佐藤 『よし!』
山盛 『気を付け! 右へ、倣え! 直れ! 番号!』
丸木 『いち。』
佐藤 『に。』
山盛 『消火隊、事故報告!』
丸木 『一番、異常あり!』
山盛 『どうした!?』
丸木 『初心に帰って、今日は嫁に感謝の気持ちを目いっぱい伝えます!』
山盛 『よし!』
佐藤 『二番、異常あり!』
山盛 『どうした!?』
佐藤 『二人の愛の炎にやられて、自分も結婚したくなったであります!』
山盛 『まずは相手を探せ!』
佐藤 『よし!』
山盛 『総員、ひな壇に対し、頭、中!』
全員、高砂に向かって敬礼する。
丸木 『(結婚の祝いの言葉を一言)』
佐藤 『(結婚の祝いの言葉を一言)』
山盛 『(結婚の祝いの言葉を一言のあと)直れ! 左向け、左! 撤収!』
丸木 『よし!』
佐藤 『よし!』
佐藤を先頭に会場を出る。
生暖かな拍手に送られて、私達は会場を出ました。先ほどの控室で着替え直すと、丸木くんと佐藤くんは消火栓のホースを再セッティングしに行き、私は座席に戻りました。
「亮さん、お疲れさまでした。完璧です。」
ニコニコしながら中町さんが迎えてくれます。いやぁ、本当に緊張した。そこそこ会場内から笑いが起きてくれたのはありがたかったです。しばらくして二人も戻ってきました。
「中町隊長。あの衣装、どこで用意したんですか?」
「ああ、地元の消防団の知り合いにお願いして、予備の消防服借りてきた。」
「本物ですか!?」
丸木が驚きます。どうりで本物っぽいと思っていましたが、本物だったとは驚きです。
「非常ベルが鳴った時に来場者への周知はどうしたんですか?」
「ああ、あらかじめ余興で非常ベルが鳴るって言うのは座席シートに置いといてもらったんだよ。ほら、これ。」
差し出されたカードを見ると、
『ご来場の皆様、本日はおめでとうございます。お色直し後の余興で非常ベルが鳴ります。余興ですのでご安心ください。新郎新婦には内緒の余興ですので、この紙はお二人に見られないようにすぐにしまってください。』
と、書かれていました。聞けば、事前に式場へ相談したり、衣装を手配したり、下準備も完ぺきにしていたそうです。ウェディングプランナーさんとも何度か打合せしていたそうですね。
「大した演出家ですよ。」
そう伝えると、中町さんはカバンから何かカードを取り出してきました。『3級ブライダルコーディネート技能士』と書かれたカードでした。
「この日のために、国家資格取ったんですよねぇ。役に立ってよかった。使っちゃいけない言葉を台本に入れない様にとか、けっこう気を使ったんですよ。」
この日のためにというのは絶対嘘だと思いますが、結婚式に付いてやたら詳しいのはそう言うことかと納得がいきました。
高砂に向かって敬礼した時に、新郎新婦のお二人が起立して敬礼を返してくれたのも、とてもよかったですね。奥様まで付き合ってくれるとは思いませんでした。
披露宴は滞りなく進み、無事にすべてのスケジュールを完成させることができました。
「山盛隊長。今日はありがとうございました。消火活動最高でした。非常ベルが鳴った時は、マジ焦りましたが。」
「はは。喜んでもらってよかったですよ。どうかお二人とも、末永くお幸せにね。」
「はい!」
川室くんたちは学生時代の友人達と二次会だということで、私達も川越市内の居酒屋に移動して、今日の結婚式の反省? をしながら、楽しく飲むのでありました。