1月30日 火曜日 コーヒーに思いを込めて
突然の訃報を受けた翌日、平尾所長が話したいとのことで、お昼休憩後に警備室でお話しすることになりました。さすがに突然のことで平尾所長も参っているのでしょう、元気がなくお疲れのご様子です。私も昨夜はなかなか寝付けず、疲労が残ってしまっています。コーヒーをお入れし差し出すと、短く小さい息を吐いてから口にされました。
「もう、急なこと過ぎて、私も混乱しています。」
「はい。私もご連絡いただいたときは、いえ、今でも信じられないです。」
東都ガス様の定年は63歳、浜崎様の亡くなられたご年齢です。これから人生100年時代と言われ始めているこの時代に、あまりに早すぎる若さです。
「定年後も、いつもと同じ時間に起きて生活していたそうです。リビングでテレビを見ながら新聞を広げ、テーブルにはいれたてのコーヒーがそのまま置かれていて、起きてきた息子さんが声をかけたら返事がなくておかしいなと思ったら、すでに亡くなられていたそうです。」
原因は急性心不全とのことでしたが、コーヒーからは湯気が立っていたとのことで、本当にソファに腰かけて新聞を広げたあたりでそのまま、ということでした。ご子息様にしてみれば、ごく当たり前の毎朝の風景だったのだと思います。自分より早起きの父親に、いつも通りに「おはよう」と声をかけ、本当だったらそのまま朝の準備をして出勤されたのでしょう。浜崎様も「行ってらっしゃい。」と送り出したのでしょう。でも、それが叶わなかったのですね。
「葬儀には平尾所長も?」
「ええ、当然です。通夜も告別式も参列します。」
「私どもも、通夜には出席させていただきます。」
「お忙しいところ、ありがとうございます。」
そう言うと、平尾所長は再びコーヒーを飲まれました。
「浜崎は、いい上司、いい先輩、そしていい友人でした。」
聞けば、平尾所長が入社してすぐの教育担当が浜崎様だったそうです。その後、お互いに違う部署で働いていましたが、3年前の人事異動で平尾所長が八王子管理センターに転勤になって、再び一緒に働かれたそうです。違う部署でも、時折飲みに行ったり、ゴルフに行ったり、公私交流があったそうですね。
きっと、平尾所長も誰かに話をしたかったのでしょう。空になったコーヒーカップを預かると、
「おかわり、入れてきますね。」
私は2杯目のコーヒーをドリップしました。無言の警備室にコーヒーの香りが漂っていきます。こんな時、どんな言葉をかければいいのか、私がもっと人格者ならわかるのでしょうか。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
平尾所長は再びコーヒーを口にしました。いや、小手先の慰めの言葉よりも、今はただ寄り添うべきだ。それで平尾所長の心が少しでも落ち着くのなら。そう考え、平尾所長が気のすむまで、一緒にコーヒーに付き合うのでした。
警備日誌 01月30日 火曜日 晴れ
本日の警備業務、異常なし。