1月14日 日曜日 お勉強会
今日は新垣さんとお勉強会です。約束の時間30分も目に八王子駅に着いてしまいました。普段は着ないようなシャツとジャケットに、すでに肩が凝りそうです。まったくいい歳したおじさんが何を舞い上がっているのでしょうか。
「おはようございます!」
改札を通った私服の新垣さんが、笑顔で駆け寄ってくれます。ブラウンのロングコートに白ベースのシャツワンピースにしっかり目のスニーカー。か、かわいい! いや、いかんいかん。
「お休みの日にすみません。今日はよろしくお願いいたします。」
「ふふ。山盛さん、今日は休日ですから、もっと気楽にしてください。それにしても、きょうはおしゃれですね。すごくかっこいいです。」
「あ、ありがとうございます。新垣さんも、とても素敵な装いです!」
「ふふ。ありがとうございます。」
下手くそか! と自分で自分に突っ込みを入れたくなります。こういう時、いい年してもやっぱり異性相手だと緊張してしまいます。本当にかっこいい男性は、こういうときにもスマートにほめることができるんでしょうね。
近くを通り過ぎる人たち(主に男性)が、新垣さんをちらちら見ながら歩いていきます。そりゃ、新垣さんは世間一般的に見てすごい美人さんですから目立ちますよね。その隣を歩いているのがこのさえないおっさんなんて、周りの人から見たらどんな二人に見えているんだろう。
「じゃあ、行きましょうか。」
新垣さんに言われ、私たちは八王子駅から数分の場所にある図書館へ移動しました。図書館ってのはどにちも開いているのでありがたいですね。中に入ると、2.3名の学生さんがいるくらいですごく静かな空間になっていました。
その一角のテーブルに移動し、私は持ってきた教本を取り出しました。
「ちょっと見せてください。」
新垣さんはしばらく教本を確認すると、
「参考書探してくるので、お勉強していてくださいね。」
と、本棚のほうへ歩いていきました。あんなパラパラっと見ただけで参考書探しに行っちゃうんですから、やっぱり新垣さんって頭いいんだなぁと感心します。しばらくして戻ってくると、
「このあたりの参考書で大丈夫だと思います。」
と、試験範囲の参考書を持ってきてくれました。消防設備士1類では物理問題が出てきます。問題数にしたら数問程度ですが、各項目40%以上、合計で60%以上という縛りがあるので取りこぼしができません。
新垣さんは公式や物理原理などの説明をわかりやすくしてくれました。今まで自主勉強していてもいまいちピンと来なかったものが、新垣さんの教えの後はストンと理解につながっていきました。まるで、一つ一つの糸を手繰っていてこんがらがったものを、丁寧に解きほぐしてくれた感じです。
しかし、よくよく考えると、日曜日の昼間から図書館で50も半ばのおじさんが若い女の子に勉強を教えてもらっているって、周りの学生さんたちからはどんな風にみられているんでしょうね。それに、新垣さんが隣の席で、いつも以上に距離が近いので、年甲斐もなくドキドキしてしまいます。
「山盛さん?」
「へ? ああ、すみません」
「大丈夫ですか? もしかして、お疲れじゃないですか?」
「いえ。そんなことは全然ないですよ。」
いかんいかん。集中だ。集中!
「じゃあ。山盛さんの持ってきた問題集をやってみましょうか。」
一時間ほど教えていただいた後に、自分が購入した問題集を開きます。昨日まではチンプンカンプンでしたが、あれ? あれれ?? わかるぞ!
「すごい。問題の意味が分かります。」
「ふふ。よかったです。」
昨日まで2割くらいしか正答できなかった物理問題部分が、実に8割以上正答できていました。これは希望が見えてきましたね。
「物理は理論がわかれば飲み込みやすいんですよ。計算式は公式を覚えられればだいたいは答えることができますし、苦手な人は苦手って思いこんじゃうから沼にはまっていくんですよね。」
「確かに、物理とか化学って苦手だって思いこんでいました。」
「でも、山盛さんは飲み込み早いから、私なんかが教えることはほとんどなかったですよ?」
「そんなことないです。新垣さんの教え方ってすごくわかりやすいので、私でもよく理解できました。本当にありがとうございます。」
お礼をお伝えすると、新垣さんはにこにこしながら喜んでくれた。本当にいい娘さんですよね。あんな事件があったばかりだというのに、本当にすごいです。
図書館での勉強を終え、私たちは八王子駅近くのイタリアンレストランで遅めの昼食を取りました。ここは地元でも人気のお店みたいですね。こんな機会でもないと私ひとりじゃまず来れませんからね。
「山盛さんは、いつから今のお仕事をされているんですか?」
「今の会社は10年くらいになりますが、警備業界自体は30年以上になりますね。」
「すごい! 私が生まれる前からやってらっしゃるんですね。」
「あ、そうですね。そう考えると時間の流れって恐ろしいですね。」
新垣さんが産まれた時には、もう警備やってたんだなと思うと、なんだか気が遠くなります。それからも仕事の話や趣味の話をたくさんしました。もし、自分が結婚して娘がいたら、こんな風に食事しながら他愛もない話をしていたかもしれませんねぇ。
すっかり話し込んで、夕方前に解散しました。先般のこともあるので送ろうかと思ったのですが、
「山盛さん。ここお住いの地域じゃないですか。」
大丈夫だからと、改札でお見送りをしました。ストーカー事件後、もっと落ち込むかと思っていましたが、少し安心しました。さぁ、新垣さんの厚意を無駄にしないためにも、一発合格してみますかね!