1月5日 金曜日 仕事始め
子供のころからそうですが、連休というのはどうしてこうもあっという間なんでしょうね。こればっかりはいくつになっても変わりません。もっとも、学生さんの夏休みのような1か月以上のおやすみなんて、社会人になるとなかなかあるものではありませんが。
「おはようございます。今年もよろしくお願いいたします。」
え? 『あけましておめでとう』がないって? そうですね。細かい話になると思いますが、出社されるすべてのクライアント様がおめでたいわけではありません。中には喪中の方もいらっしゃることがございます。ですので、相手から『あけましておめでとう』と言われれば返しますが、こちらから積極的には言わないのです。
昔、中町さんの現場にいた時に学んだことです。中町さんは営業職時代が長かったもので、そういった細やかな配慮を叩き込まれたそうです。確かに、言われてみればその通りで、喪中の人に対して『おめでとう』という言葉はふさわしくないですね。そこまで気にしなくてもいいと思われる方もいらっしゃると思いますが、そこまで気の回せるのも大事なことだと思っています。
「山盛さん!」
「あ、新垣さん。昨年末は大変でしたね。今年もよろしくお願いいたします。」
「はい。たくさんよろしくしてくださいね!」
笑顔でそういう彼女の姿を見ていると、空元気ではなく、なんとなく元気を取り戻しつつあるのかなと感じ安心しました。
「これ。お年賀です。」
新垣さんがラッピングした小箱を渡してくれました。
「山盛さん。前にお菓子差し入れした時に美味しいっておっしゃってくださったんで、クッキーとか作ってみました。休憩の時に召し上がってください。」
「すみません。ありがとうございます。」
新垣さんを見送ると、なんともうれしい気持ちになりました。今日はお休みすると思っていたんですが、出社される彼女のメンタルには脱帽です。
「山盛隊長。」
「平尾所長、昨年末はお休みの日にありがとうございました。本年もよろしくお願いいたします。」
「いえ。こちらこそありがとうございました。わが社の社員がこのようなことになって、本当に申し訳ない。新垣を守っていただきありがとうございました。」
深々と頭を下げる平尾所長。所長に就任されてすぐのこの事件は、自身にとって大変な事案のはずです。
「隊長。さっそくなんですが、例の件で本社から人事部長の坂崎というものと、コンプライアンス室長の村木というものが参りますので、きましたら内線をいただけますか?」
「かしこまりました。」
所長はオフィス棟に入られると、すぐに来訪名簿を提出してくださいました。
入構申請書類
・会社名 東都ガス株式会社
・来訪者 1、坂崎寛治(人事部長)
2、村木次郎(コンプライアンス室長)
・目的 打ち合わせのため
・日時 1月5日(金)10:00 ~ 12:00
・来訪方法 車1台 車番不明
すぐに入構名簿を作成し、到着を待ちます。9時半過ぎに黒い乗用車が入構し、駐車場手停車しました。高級車でしたので、それが坂崎様と村木様ということがすぐにわかりました。
「いらっしゃいませ。」
「東都ガス人事部の坂崎とコンプライアンス室の村木です。平尾所長に面会で参りました。」
「承っております。入館証を発行いたしますので、こちらにご記入をお願いいたします。」
私は内線で平尾所長に連絡し、ほどなくしてお迎えに外まで来ていただきました。少し話をした後になかに向かうことになったようです。
「山盛隊長。運転手はそのまま車で待たせますが、お手洗いは1階を案内してください。」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ。」
三人はオフィス棟へはいって行かれました。今回の一連の報告と、八木沢さんの処遇を決めるものと思われます。
運転手さんは慣れているのか、時折車の外に出て腰を伸ばしたりしていましたが、基本的にはお車の中で過ごされていました。運転手というお仕事も、こういう大気の時間が気楽そうに見えますが、遊んでいるわけではないので時間をつぶすのも大変そうですね。
お昼前にお二人は平尾所長に見送られてお帰りになられました。渋い顔をしているのがよくわかりました。お車が出ると、
「隊長。少しいいですか?」
と、平尾所長から申し出があったので、警備室内に入っていただきました。
「とりあえず、コーヒーでも入れましょうか。」
「ああ、うれしいです。いただきます。」
コーヒーをドリップして差し出すと、所長はうれしそうに飲んでくださいました。
「八木沢に関してですが、依願退職扱いにはなりますが、事実上の解雇になります。」
「そうですか。」
八木沢さんも長く東都ガスで働かれた方です。まだ、30代半ばだそうですから、今後の人生も考えての処置だそうです。甘い。と思われる方もいるかもしれませんが、新垣さん自身に危害を加えていないことと、罪に代償はないかもしれませんが、罪状としては窃盗の容疑ですので、温情措置になったそうです。
何より、被害者の新垣さん自身が温情を訴えたとのことで、懲戒解雇は免れたということでした。
「そうですか、新垣さんが。」
「一番つらいのは彼女のはずなんですが、入社してから自分に親身に教育をしてくれたことは嘘ではないと信じたいと言っていました。甘いとも思いますが、彼女の意向を汲んだ形です。」
「八木沢さんも、魔が差したと思うのですが、何とかやり直してほしいですね。」
平尾所長は改めて新垣さんを守ったことでの礼をおっしゃってくださると、オフィス棟へお戻りになりました。
人間誰しも過ちを犯します。ただ、やってしまったことをしっかりと受け止め、そのあとのことに活かし、まっとうな道を進んでほしいと願います。そんなことを考える正月明けの初仕事でした。
警備日誌 01月05日 金曜日 晴れ
打ち合わせのため、東都ガス本社より、
坂崎人事部長と村木コンプライアンス室長が来訪。
八木沢氏は依願退職扱いとなる。
警備業務は本日が仕事始め。
特に異常はなし。