12月28日 木曜日 仕事納めに納まらない!!
昨日の穏やかな天候から一変、晴れてはいるものの、今日は風邪が滅茶苦茶寒い! 風速で11メートルも出ていますね。これは寒いですよ。東都ガスの社員様も、出勤されている方は半分くらいで、来年5日と今日で分けて、連休が取れるようにするそうですね。年明け5日は金曜日ですので、すぐ土日のお休みになります。ですので、長い方は10連休になるそうです。
10時前にアンファンの河本さんが自販機の補充に来られました。年内最後の補充ですね。
「警備さん。作業完了しました。」
「お疲れさまでした。河本さん、今年もお世話になりました。」
「こちらこそです。来年もよろしくお願いいたします。」
年末の挨拶を済ませ、河本さんは次の補充先に行かれました。こういう挨拶が出てくると、いよいよ年の瀬なんだなと実感できます。
私も今日が年内最終出勤日ですので、洗濯するための制服など、準備をしようとすると、平尾所長から連絡があり、13時には退勤予定だと伝えられました。慌ただしく時間は過ぎていきますが、今日も平和に終わりそうです。と、思っていたのですが、
「山盛さん。いいですか?」
退勤時間になって、新垣さんが警備室に入ってきました。なんだか青ざめた顔をしています。
「どうしました?」
そう聞いてみると、新垣さんは恐る恐る携帯の画面を見せてくれました。そこには新垣さんの家に設置したカメラ映像が映し出されていました。携帯電話に連動して、家にいなくても確認をすることができます。それは、新垣さんの部屋の玄関上のカメラでした。パーカーの帽子をかぶった人物が、新垣さんの部屋の様子をうかがっています。
「これって!?」
「1時間くらい前の映像なんですけど、ドアの前をうろうろしていて。」
「警察には連絡をしましたか?」
そう聞くと、新垣さんは首を振りました。私はすぐに警察に連絡して、巡回強化を依頼するようにお伝えすると、警備室に新垣さんを待たせて最終巡回を済ませてきました。今日は藤田さんがどうしても外せない用事があるとのことでしたので、家まで送るつもりで帰り支度をし始めたのですが。
「新垣さん。ご実家は近いんでしたっけ?」
「吉祥寺なので近いと言えば近いです。」
「今夜はできれば実家に泊まりましょう。」
と、提案してみたものの、アイリスをそのままにしておけないと言うので、一緒に自宅まで行き、アイリスや必要な物をまとめて実家のある吉祥寺に行くことになりました。
マンションに到着すると、まずは周辺に不審な人がいないかどうかチェックして、一緒にマンションの中に入ります。部屋の前まで来ると、念のため周辺を検索しますが、何かをされたと言う形跡は見当たりませんでした。
「山盛さん。一人で中に入るのが怖いから、一緒に入ってください。」
「ええっ?」
女性の独り住まいに入るのは躊躇われましたが、それで新垣さんの心配が少しでも休まるのならと、中までいっしょに入ることにしました。ドアを開けると、アイリスが駆け寄ってきてくれたので、おそらく部屋の中は安全だと思われます。
新垣さんが準備をしている間、ベランダ側から道路を見下ろしますが、変な人影はないですね。
「や、山盛さん!!」
私服に着替えた新垣さんが、携帯を片手に駆け寄ってきます。そこには玄関先でうろうろしている人影が映し出されていました。
「これ、リアルタイムですよね?」
そう聞いてみると、コクコクと、不安そうに何度も頷きます。と、その時、インターホンが鳴らされました。思わず二人してビクッとしてしまいます。
室内のインターホンモニターを確認してみると、私と同じくらいの中年男性がカメラを覗き込むように立っていました。その姿を確認した時に、再びインターホンが鳴り響きます。どうしようか一瞬考えましたが、施錠はしっかりとしているはずです。ドアさえ開けなければ中には入れません。籠城して、そのあいだに警察に連絡をしようと思った時、ガチャガチャとノブの音がして、ガチャリと鍵が解錠される音がしました。一瞬で背筋が凍り付きます。廊下を見ると、まさしく扉が開こうとしている時でした。
「新垣さん。警察に電話してください! それからトイレに逃げて鍵をかけて!」
私はそう言って、玄関へ駆け寄りました。扉が開くと共に、入ってきた男性に掴みかかり、そのまま玄関内に引っ張り入れて後ろ手に組み伏せます。
「な、何をする!!」
「黙れストーカー! なんで入って来れた?」
「か、鍵があるからに決まっているだろう。」
「合鍵まで作るとは、なんて奴だ!」
「お、お父さん!?」
「へ?」
指示通り、トイレに駆け込もうとした新垣さんが、今まさに私の下で押さえ付けられている男性を見て声を上げます。え? お父さんって言いましたか??
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔。まさしく、私は今そんな顔をしていたに違いありません。腕を放して起き上がるのをサポートすると、乱れた衣服を整えながら、その男性は軽く咳払いした。
「新垣結衣美の父ですが。」
我に返った私は、人生初めての土下座を敢行しました。
「も、申し訳ございません!!」
人間、真に自分が悪いと思った時は、流れる動作で土下座ができるものだと後で思いました。
「結衣美、いったいこれはどういうことなんだ? この方はどなたなんだ? まさか彼氏ではないだろうな?」
捲し立てるお父様に、新垣さんは困った顔をしながら、
「説明するから、とにかく座って。」
そう言って部屋の中に通すのでした。リビングに行き、新垣さんのお父さんの対面に、私と新垣さんは座りました。
「順を追って説明するとね。」
新垣さんは言葉を選びながら、まず、私が職場の警備員であること、少し前から誰かに付けられていたり、見張られているような気がしていたこと、親に心配かけたくないので、私に相談したこと、探偵事務所に機材を借りて防犯カメラを設置したこと、一人じゃ怖いから一緒に来てもらったことを説明してくれました。お父様はずっと難しい顔をして腕を組んで聞いていましたが、
「うむ。状況は理解したが、たかだか警備会社の方が若い女の部屋の中まで入っていたと言うのはいかがな物かな。」
そう言って息を大きく吐かれました。父親にしてみたら、新垣さんと同年代の男がいても心配だろう、ましてや、こんな歳の離れたおっさんが一緒の部屋にいたなんて、気が気じゃないでしょうね。
「だから、それは私がお願いしたから山盛さんは悪くないの。山盛さんはとても頼りになる方だし、アイリスのこともすごくお世話になって、前に話した会社の前での人命救助も山盛さんが先導して救助活動してくださって、警察や消防から表彰も受けているような方なのよ?」
と、べた褒めしてくださっていますが、そう言うことではないのですよ新垣さん。
「えと。お父様のご心配はごもっともです。新垣さんには職場でよくしていただいておりまして、この猫を引き取っていただいたときも、娘さんは真っ先にこの物件に引っ越したり、お若いのに本当にしっかりされていて。今回は、親御様に心配をかけたくないと、セキュリティの専門である私に相談いただいた次第です。いち警備員がご自宅にお邪魔するのはいささか行き過ぎたと反省しております。ただ、お父様の心配なさるようなことは一切ございませんので、そこはどうかご安心ください。」
そこまで説明して頭を下げると、ようやく納得はしていただけたようでした。
「そもそもお父さんが連絡もなしに来るのがいけないんでしょ。昼前にも玄関前うろうろしていたじゃない。」
「何を言っている。今日は早めに仕事が終わるからって母さんから聞いたから、どうせ実家に帰って来るんだろうと思って迎えに来たんじゃないか。」
お父様のお話では、今日は仕事納めで早めに終わるということを、新垣さんがお母様に連絡していたようですね。その中で、アイリスを連れてご実家に帰省することを話していたそうで、それを聞いたお父様が気を利かせてお迎えに来た。ということでした。
「ちょっと待ってください。お見えになったのが今ということは、昼の人影は何だったんです?」
私は新垣さんにお願いして、もう一度昼間の映像を出してもらいました。確かに、お父様に背格好が似ているので最初は気が付きませんでしたが、来ているトレーナーの色味が全然違っています。そこに気が付かないなんて!
「あ!」
新垣さんが声を上げたので、再び携帯画面をのぞき込むと、まさに今、玄関の前にその男がいて中をうかがっていました。風雲急を告げる。私は立ち上がると、新垣さんに携帯をお借りし、代わりに通報用にと私の携帯をお渡ししました。
「新垣さんは警察に連絡する準備を、お父様は一緒に来てください。。。」
そう言って玄関に近付きました。新垣さんの携帯で外の映像をうかがっていると、ドアノブを触って開けようとしたり、様子をうかがっているようでした。
「どうするつもりかね。」
「威嚇して相手が逃げだしたら、外に出ますので、お父様はここに残って鍵をかけてください。」
「あなたは?」
「あわよくば取り押さえます。危険があるようなら全力で逃げますので、お2人は警察が来るまで外には出ないでください。」
私の計画をお話しすると、お父様は頷いてくださいました。私は息を吸い込み、できるだけ低い声で、そして大きな声で、
「おいっ! 何をしている!!」
と、ドア越しに怒鳴りつけました。突然のことに驚いたのか、男は飛び上がるようにしてドアの前から逃げ出しました。すかさずドアの鍵を開けて外に飛び出します。非常階段の方へ逃げていく男の背中が見えます。
「ドアを閉めて、鍵を閉めてください!」
私はそう言うと、男を追いかけました。非常階段を駆け下り、通りに出るまでには追い付いて肩に手を置くことができました。振り返った男がいきなり殴りかかってきたので、身体を引きながら一発喰らいます。その上でその腕をつかみ背負い投げの要領で投げ飛ばします。一緒に地面に転がり、そのまま相手を押さえつけました。これで正当防衛の成立です。
通りに出たため、街行く人が何事かと集まってきます。
「くそっ!」
「暴れるな!」
男の腕を後ろで押さえていますので、逃げられないように体重をかけます。周りに集まってきた方も、何事かとみていましたが、あまりに男が暴れるので、これは何かしたのだろうと、何人かが手伝って押さえてくれました。
「山盛さん!」
新垣さんの声がしたので見てみると、お父様と一緒に新垣さんが駆け寄ってきたのが見えました。部屋の中にいてほしかったんですがねぇ。まぁ、ここまで人が集まって押さえ付けていれば、大丈夫だとは思いますが。
ふと、男の顔が気になって、パーカーをはぎ取ろうとした時、乱れた男の衣服から何かが零れ落ちました。指紋が付かないようにハンカチを広げて拾い上げてみると、それは新垣さんあてに届いたいくつかの郵便物でした。遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきます。
パーカーの帽子をめくって顔を見ると、
「え?」
きっと、新垣さんも同じように驚いた顔をしていたことでしょう。
「や、八木沢さん!?」
新垣さんは声を上げて、あまりに驚いたのでしょう。口元に手を当てて震えています。私は警備員です。現行犯の私人逮捕、この場合は新垣さんの郵便物に関しての窃盗と、私への暴行の現行犯ということになりますが、現行犯逮捕ができても尋問したりする権限はありません。
「八木沢様、何がどうなっているのか皆目見当も付きませんが、面も割れてしまったので、もう抵抗するのはやめてください。」
冷静な声でそう言うと、八木沢様は観念したのか暴れるのをやめ、大人しくなりました。バタンバタンとドアの音が聞こえ、警察官が取り押さえてくれた通行人達から八木沢様の身柄を引き取りました。パトカーに乗り込むのを見て、ようやく安堵の息が漏れました。
「山盛さん。警察の方が事情を聴きたいので、警察署まで同行してほしいそうなんですが。」
「わかりました。なんだかすごい大事になってしまいましたね。」
後から来たパトカーに、新垣さんやお父様と一緒に乗り、警察署に移動しました。いまだ何が何だか頭が追い付いていませんが、とにかく今日は長い一日になりそうですね。。。
警備日誌 12月28日 木曜日
東都ガス社員は仕事納めで清掃だけのため、
お昼過ぎに退勤となる。
警備業務も本日で仕事納めとなる。
翌年の出勤は1月5日金曜日から。
本日の警備業務に異常なし。