11月15日 水曜日 愛妻弁当っていいですね。
今日は突然の訪問がございました。
「あのう。すみません。」
「はい。いらっしゃいませ。」
警備室の受付に40歳くらいの女性がお見えになりました。清潔感のある清楚な服装で、落ち着いたたたずまいですが、どこか薄幸というか、儚げな印象を受ける女性です。
「ここに勤めております谷本の妻でございます。夫が忘れ物をしたので届けに上がったのですが。」
谷本。ああ、副所長の奥さんってことですね。
「かしこまりました。今、連絡をお取りしますのでお待ちください。」
私は谷本副所長に内線を入れました。すぐに行くとのことでしたが、少し慌てているようでしたね。
「すぐにお見えになるとのことですので、こちらでこのままお待ちください。」
「ありがとうございます。」
奥様はそう言うと、中央の桜の木や周囲を見渡しておりました。そして、おもむろに、
「ふふっ。」
と、笑ったので、どうかしたのかと思っていると、
「ああ、ごめんなさい。主人が前に勤めていた横浜の職場は、すごく広いとこでしてね。今度はなんだかずいぶんこじんまりしたところの配属になったのねって思うと、こっちの方が主人の性格には合っているようでおかしくなってしまって。ここは穏やかで、空気も綺麗だし静かでいいですわね。」
谷本副所長が前にいらっしゃったのは、横浜にある磯子LNG基地です。そこは日本で一番古いLNG受け入れ基地で、海外から輸入した天然ガスを積んだLNG船が入港する港になっています。私は見たことないですが、300m級の大型タンカーだそうですね。
「わざわざすまなかったね。」
息を切らせながら谷本副所長がお見えになりました。どうやらお弁当を渡しに来たみたいですね。素敵な奥様出羨ましいです。お弁当をお渡しすると、奥様はお騒がせしましたと、早々にお帰りになりました。お仕事のお邪魔になると考えたのでしょうか、奥ゆかしい方ですね。
「山盛さん。対応ありがとうございました。うっかりお昼を忘れてしまいまして。」
「いえ。わざわざお届けに来られるなんて、お優しい奥様で羨ましいです。」
そう言うと、谷本さんは照れ臭そうにオフィスへお戻りになられました。愛妻弁当かぁ。羨ましいですねぇ。
警備日誌 11月15日 水曜日 晴れ
谷本副所長の奥様が忘れ物を届けに来訪。
その他、異常なし。