9月29日 金曜日 救命講習当日
予定通り、今日は東都ガス様ご依頼の救命講習当日です。警備室には8名の警備関係者がごった返しています。
「じゃあ、川室くんは警備室の受付をお願いしますね。」
「わかりました。」
警備室受付は代理勤務で川室くんが入ってくれます。司会進行は荒井さん。主任講師は中町隊長。講師に私と丸木くんと慎吾くんです。見学ということで、小寺部長と渡瀬東京第一警防課長がお見えになっています。渡瀬課長は警備室内をくまなくチェックし、終始言葉少なで緊張します。あとでいっぱいダメ出しされたらどうしましょう。
会議室に移動して最終打合せです。6月の防災訓練の時も緊張しましたが、今日も心臓がドキドキしっぱなしです。訓練キットの配置を確認し、訓練用AED、人形、座席には資料と人工呼吸用のマウスシート、消毒用の脱脂綿。よし、準備は万端です。
「お疲れ様です。今日はよろしくお願いします。」
平尾副所長を先頭に、八王子管理センターの皆様が会議室に入られます。順番に椅子に腰かけていただき、みなさんそろったようですね。私は荒井さんに目配せしました。
「皆さま。お仕事お疲れさまでした。お忙しいところを救命講習にご参加いただきありがとうございます。まずは、お手元の備品があるかの確認をいたします。資料が1部、それから・・・。」
荒井さんの司会で資料などの確認をした後、簡単に自己紹介を行い、早速研修に入っていきます。
「時間もタイトですので、前半は傷病者を発見するところから、AEDが手元に届くまで。後半はAEDの設置から使用、救急隊引継ぎまでを行います。では、まずは警備隊から展示訓練を行いますので、皆様ご注目ください。」
私が展示訓練を行い、要所要所で中町隊長がポイントの説明を行います。
「人が倒れています。周囲の安全確認、よし!」
「傷病者を発見してもいきなり近付かないでください。なぜ倒れているのかはわかりません。もしかすると、道路上だったり、電線が切れていたり、せっかく助けに行った自分が二次被害に遭うことがありますので、まずは周囲斧安全確認をしっかり行ってください。安全が確認できたら、すぐに傷病者へ近付きます。」
私は数歩人形へ近付きました。
「大出血等はなし。」
「近付きながら、出血がないかどうか、傷病者の全身を確認します。」
「もしもし、大丈夫ですか? わかりますか? 大丈夫ですか?」
肩を叩きながら声をかけます。
「意識なし。」
「意識がないのを確認したら、すぐに応援を呼んでください。」
大きく両手を上げて周りに助けを求めます。
「誰か来てください! 人が倒れています。助けてください!」
ここで丸木くんと慎吾くんが駆け寄ってきます。
「どうしましたか?」
「人が倒れています。あなたは119番通報をお願いします。あなたはAEDを探して持ってきてください。」
と、指示を出します。(注・2023年9月現在は、感染症予防のために窓を開けての換気依頼を指導しています。)指示を出したらすかさず呼吸の確認です。斜めの位置からお腹と胸を見ます。
「呼吸の確認。1、2、3、4、5、6。普段通りの呼吸なし!」
言いながら両手を重ねて、人形の胸に手を置きます。手を置く位置は胸の中央辺りです。
「胸骨圧迫は強く、速く、戻して、絶え間なくです。」
胸が5センチ沈むくらいまでしっかり押し込み、1分間に100~120回のペースで、押し込んだらしっかり戻して、絶えることなく圧迫と解除を繰り返します。5センチというのは単三電池くらいの長さですね。ですのでけっこうしっかり押し込みます。速さは難しいところですが、よく例えるのは「もしもし亀よ」の童話のリズムですね。あのリズムがだいたいこの速さだそうです。そして、しっかり戻してから再び押し込むことで、心臓のポンプの役割を補助することになります。(注2・以前は、胸骨圧迫30回に人工呼吸2階がワンセットでしたが、感染症対策で今は人工呼吸は推奨していません。)
ここで、AEDが到着して前半部は終了です。時間がないのでさっそくみなさんにもやってもらいます。
「それではみなさんご起立いただき、一緒に動きを確認しましょう。そのあとで、お一人ずつ実際に人形を使って胸骨圧迫をやっていただきます。」
実際に人形を前にすると、みなさんやっぱり緊張するみたいですね。見ていると、新垣さんが苦戦しています。女性はなかなか押し込むのが難しいことも多いです。筋力や腕の大きさが男性と比べると華奢になりがちなので、うまく力が伝わらないんですよね。
「新垣さん。もう少し身体を前に出して、ご自身の腕と傷病者が前から見ても横から見ても直角になるくらいにしてみてください。」
少し位置を修正してもらったら、しっかりと押し込むことができるようになりました。訓練用の人形は、しっかり胸骨圧迫ができると「カチッ」と音がします。
「OKです。上手ですよ!」
「ありがとうございます。」
一通り集会できたので、次はAED到着からです。
「皆さんお疲れさまでした。なかなか胸骨圧迫は体力もコツも必要です。周りに人がいなければ自分でやるしかないのですが、協力者がいるときは1.2分を目安に交代するようにしてください。交代するときに胸骨圧迫に絶え間ができないようにすることも大事です。それも踏まえて展示をご覧ください。」
荒井さんの解説の後、私は人形に向かって膝をつきました。胸骨圧迫を開始すると丸木くんがAEDを持ってきます。
「AEDを持ってきました。」
「ありがとうございます。あなたはAEDを使えますか?」
「使えません!」
「では、私左側において、胸骨圧迫を代わってください。」
丸木君がAEDを置いてスタンバイします。
「では、3、2、1で後退します。3、2、1、はい!」
AEDはまず電源を入れます。最近はふたを開けると勝手にスイッチが入るものがほとんどですね。傷病者の衣服を脱がして、パッドを取り付けます。取り付けるとすぐに心電図を解析し始めるので、いったん胸骨圧迫は中断です。
「心電図を取ります。離れてください。」
解析が完了すると、電気ショックを入れるかどうかの判定をAEDが支持してきます。
『ショックが必要です。離れてください』
「電気ショックをします。離れてください。」
充電が完了したら、ショックボタンを押して電気ショックを与えます。そのあとは、AEDの指示に従って胸骨圧迫を再開します。
あとは救急隊到着まで、胸骨圧迫と電気ショックの繰り返しです。救急隊が到着したら、どんな状況で、どんな応急手当てをしたか引き継ぎます。
「以上が後半の流れです。では、早速やっていきましょう。」
後半部分はAEDの解説に従って進めればいいので、みなさん焦ることもなくスムーズに行うことができました。
「皆様お疲れさまでした。何かご質問などはございますか?」
質疑応答の間に、平尾副所長と新垣さんが後ろ側からそっと外に出ていきます。気づかれては、、、いないようですね。
「それでは皆さん。お仕事終わりのお疲れのところ、救命講習にご参加いただきありがとうございました。お住いの各消防署でも救命講習を行っておりますので、機会がありましたら是非受講されてください。」
荒井さんがまとめて、無事に救命講習が終わりました。そのころには、扉の外で平尾副所長と新垣さんのスタンバイも完了したみたいですね。私は打ち合わせ通り荒井さんからマイクを受け取ると、
「皆さんお疲れさまでした。本日の最後に、東都ガスで45年もの長きにわたりご活躍され、本日、ご勇退となります浜崎幹也所長、どうぞ前へお越しください。」
みなさんからの拍手の中、戸惑い顔の浜崎所長が前へ来てくださいました。
「浜崎所長へ感謝を込めて、社員を代表して平尾副所長と新垣さんから花束の贈呈です。」
私の声を合図に、平尾副所長と新垣さんが中に入ってきます。2人に歩み寄り、平尾副所長にマイクをお渡しします。
「みなさんご協力ありがとうございました。浜崎さん、八王子管理センターに来られて8年ですか、会社に寄与するだけでなく、働く私たち社員一人一人と向き合い、最高の職場作りをしてくださいました。私もいろいろな部署を回りましたが、間違いなくここが一番、みんなが生き生き働いている場所です。これからは、浜崎さんの作り上げた素敵な職場をみんなで守っていきます。本当にお世話になりました。」
平尾副所長から花束の贈呈が行われます。そして、
「所長。入社間もない私にもいつも声をかけて気にかけてくださり、不安だった社会人生活ですが、こんなにも早くなじめると思っていませんでした。所長の人柄のおかげです。もっともっとたくさんのことを学びたかったのですが、いつか所長にお会いした時に成長したねって褒めていただけるよう、これからも頑張ります。いつまでもお身体を大事にお元気でいてください。本当にお世話になりました。ありがとうございました。」
最後は涙声になっていた新垣さんから、みんなで書いた色紙と、浜崎所長がお好きだと言う北陸のお酒が渡されました。2人と握手をした浜崎所長に、
「それでは、浜崎所長から皆様に一言お願いいたします。」
そう言ってマイクをお渡ししました。中町さんが歩み寄り、話しやすいようにいったん花束を受け取ります。さすが、こういう細やかな気遣いがすっとできる方はスマートですね。
「えー。思いがけないサプライズに、もう、驚きと胸がいっぱいで、言葉もないのですが。高校を卒業して入社したのが45年前、もうそんなになるんですね。思い返すと、色々な部署に行きましたし、色々な経験もしました。嫌なこともいいこともありました。でも、無事に勤めあげられたことが嬉しいです。思い返せば、必ず誰かにお世話になった45年間でした。皆さまもその中の一人一人です。ここの皆さんは本当に優秀です。私がそれぞれの年齢だった時よりも優秀です。どうか、皆様が勇退されるその時まで、お客様にガスの供給を止めない。その信念のもとに、これからも頑張っていってください。本当にお世話になりました。ありがとうございました。」
室内が拍手で包まれます。明日、今までのゆかりの方も含めて都内で送別会を行うそうですね。それだけ浜崎所長が慕われていたということがうかがえます。
講習終了後、順次解散、帰宅となりました。私は後片付けを丸木くんたちに任せ、警備室で社員様のお帰りを見送ります。浜崎所長は花束などがあるのでタクシーでお帰りになるようですね。すでに手配したタクシーが駐車場でスタンバイしております。
「山盛隊長。」
スーツに着替えた浜崎所長が歩み寄ってきてくれました。
「今日の救命講習ありがとうございました。大変勉強になりました。隊長が来られてから、防災や警備の面では本当にお力添えいただき、満足にお礼もできずに退職となったことを申し訳なく思います。」
「いいえ。ありがとうございます。所長が温かく迎えてくださったので、毎日楽しく働かせていただいております。今後もどうぞお任せください。猫ちゃん騒ぎの時、所長と一緒にお世話したのがいい思い出です。どうかいつまでもお元気でお過ごしください。」
「山盛隊長もお身体に気を付けて、ますますご活躍くださいね。」
浜崎所長がしっかりと握手してくださり、タクシーに乗られました。私は正門まで走り、公道に車がいないことを確認すると、タクシーを誘導しました。浜崎所長と目が合ったので、全力の敬礼で見送ります。
タクシーが見えなくなったので警備室に戻ると、ちょうど小寺部長と渡瀬課長がお帰りになる所でした。
「お疲れさまでした。今日はありがとうございました。」
「おう。お疲れやったな。講習は完璧、ようやった。」
「ありがとうございます。渡瀬課長もお忙しいところありがとうございました。」
けっきょくほとんど話さなかった渡瀬課長に声をかけると、
「素晴らしかった。隊長、お疲れ様。」
そうおっしゃって、肩を叩いてくださいました。厳しいことで有名な渡瀬課長に労われて、正直すごく嬉しいです。お二人が帰った後、社員様はみなさんお帰りになり、その頃には後片付けも終わって撤収準備になりました。
「亮さん、お疲れ様。」
「中町さん。みんなもありがとうございました。」
「さぁ、閉館作業ちゃちゃっと終わらせたら行きますよ。」
「へ? どこに?」
「焼肉!」
と言う訳で、閉館作業を終えると、中町さんの車で八王子市外の焼肉食べ放題に行くのでした。今月も無事に終わったし、今日は一杯食べるぞ!!
警備日誌 09月29日 金曜日 晴れ
16:00より救命講習を実施。
講習後、浜崎所長の勇退セレモニーをサプライズで行う。
本日も異常なし!