9月21日 木曜日 衝突事故発生!!
本当に、災難ってのはいきなりやってくるものです。それは、生きている以上誰であっても。
「なんだっ!?」
警備室の椅子に座ってモニター監視をしていた時、時間は10:32でした。お尻にも伝わってくるほどの新藤と一緒に、何かと何かが衝突したような音が響き渡りました。私は携帯を片手に警備室を飛び出すと、正門へ走りました。
正門を出てすぐ左手、ここは駅に続く片側1車線の県道になりますが、東都ガス側の射線で軽自動車と軽自動車が正面衝突してぺちゃんこになっています。車に駆け寄ると、片側の軽自動車から80歳くらいの男性がヨロヨロと降りてきました。もう1台の車の中では、ワタシと同じくらいの年齢の女性が頭から血を流して運転席にもたれてピクリとも動きません。
「大丈夫ですか!?」
駆け寄って声をかけましたが、キョトンとしたまま車を見ています。
「山盛隊長!」
その時、オフィス棟でも音を聞き付けたのか、平尾副所長や小森さんなど、数名の社員様が出てこられました。
「副所長! すみません、警察と救急の手配をお願いします。小森さん、オフィス棟のAEDを持ってきてください! 他の方は救助のお手伝いをお願いします!」
とっさに声が出ていました。
「新垣さん。この方をお願いします。片方の運転手です。どこを打っているかわからないので、 救急が来るまで座ってもらってください。」
「はい!」
高齢者男性を新垣さんに任せ、私はもう一台の車に駆け寄り、扉を開けようとしましたがビクともしません。車のボンネットからは煙が上がって、詳しくはわかりませんが何か液体も流れ出ています。それがガソリンだったりしたら大変です。
「すみません。東都ガスの社員様は、消火器の準備と、集まった方が危険なので離れるように誘導をお願いします! また、車などの誘導をお願いします。」
野次馬が集まりつつありましたが、みなさん携帯片手に撮影している人や、こっちを見ながらニヤニヤしている人、ただただ眺めている人といて、正直腹立たしかったですがそんなことを言っている場合ではありません。
「く、このっ!」
扉に足をかけて引っ張りますが、車体が歪んでしまったのかビクともしません。AEDを持ってきてくれた小森さんや他の男性社員様が一緒になって手伝ってくれますが、全然ダメでした。
「みなさん。離れてください。」
私は装備品である特殊警棒を抜き、力任せに窓を叩きました。しかし、車の窓って頑丈なんですね。警棒くらいじゃ傷がつくくらいでなかなか割れません。
「隊長、ちょっと避けて!」
平尾副所長の声が聞こえて振り返ると、持ってきた消火器を振り上げて窓に叩きつけました。今度こそ砕け散る音と一緒に窓ガラスが割れました。
「ありがとうございます!」
私は運転席に身を突っ込み、女性に声をかけながらシートベルトを外しました。そして、反応のない女性を抱きかかえるようにして社外に出そうとします。みなさんが手伝ってくれて、何とか女性を車体の外に出すことに成功しました。華奢な女性でよかったです。大柄な方だったら窓からは出せなかったかもしれません。
改めて車から離れるように声を上げながら、協力して歩道まで女性を搬送します。
「大丈夫ですか? 聞こえますか?」
両肩を叩きながら声をかけると、女性はうっすら目を開けてこちらの呼びかけに反応しました。
「ここ、は?」
「事故に遭ったんです。お名前は言えますか?」
「田中、篤子です。」
「田中さんですね。今、救急車を呼んでますから安心してくださいね。どこか痛みはありますか?」
「わかり、ません。ただ、ちょっと頭がズキズキします。」
無理もない。意識も戻ったばかりで、何が起きているのか把握できていないのであろう。全身を見る限り大きな出血はなさそうですが、額の傷は頭を打った証拠ですので、一刻も早く病院に連れて行かなければいけません。私はハンカチを取り出して、額の傷に当てました。
「出血が止まるまで、ここを押さえておいてください。」
そう指示していると、救急車のサイレンが聞こえてきました。社員様の一人が救急車を誘導してくれています。私は救急車に駆け寄り、女性がケガをしていることを伝えます。
「本人に意識はあり、会話は可能です。額からの出血が少量、他に大きな外相はありませんが、本人は一時期を失っていたので現状が把握できていません。名前はタナカアツコさんだそうです。」
「わかりました。では、引継ぎます。」
「お願いします。」
敬礼をすると、今度は先ほどの高齢男性の所に戻ります。すると、座っているように指示をしましたが、立ち上がってうろうろしているのを、必死に新垣さんと藤田さんが対応しています。
「大丈夫ですか?」
「山盛さん。家に帰るっておっしゃって。」
高齢者男性に声をかけ、止まってラうようにお話ししましたが、
「家に帰るんだよ。邪魔しないでくれ!」
そう言って歩き始めようとします。
「わかりました。わかったんですが、お車はどうするんですか?」
「車? 車なんて乗ってきてないぞ。歩いて帰るんだ。」
この言葉を聞いた瞬間、認知症なのかなとも思いましたが、なんとなく違和感を覚えました。
「歩いて帰るのはわかりましたが、ちょっとだけいいですか? ええと、私は山盛と言います。お名前をうかがってもいいですか?」
「名前?」
「はい。ちょっと困っていて、助けてほしいんです。」
そう言うとようやく足を止めてくれました。もう1台の救急車と、パトカーと消防車のサイレンも聞こえ始めました。
「なんだ?」
「私は山盛と言います。ご主人は、何とお呼びすればいいですか?」
「私は西沢だ。」
「西沢さんですね。西沢さんはどこから来たんですか?」
あくまでも世間話をしながら、少しずつ情報を引き出そうとするが、なかなかうまくいかない。西沢と名乗ったこの男性は、ちらちらと車の方を見ながら、隙があればこの場を去ろうと歩き出してしまう。
「邪魔をするな。」
「まぁまぁ。もう少しお話ししましょう。」
「話すことはない!」
「車を置いて帰るわけにはいかないと思いますので、西沢さんいないと動かせなくて困ります。」
「あんな車はいらんと言っておるだろうが!」
突然胸ぐらをつかまれたので少し焦りましたが、右手で相手の右手を掴んでこんな感じで、
「いててて!!」
小手を返すように引きはがすと、その時に新垣さんが警察の方を連れてきてくださいました。さすが新垣さん、助かりましたよ。
「お疲れ様です。この方が手前側の車の運転手です。」
「私は車の運転なんてしてない!」
警察の方が後を引き継いでくれていますが、男性は知らぬ存ぜぬを繰り返すばかりでした。
「山盛さん。大丈夫ですか?」
「ありがとうございました。新垣さんが警察を呼んできてくれたおかげで助かりましたよ。」
なんて話をしている時に突然怒鳴り声が聞こえて、驚いて振り返ると、先ほどの男性が警察官に取り押さえられていました。後で聞いた話ですが、この男性、認知症の振りをしようとしただけでまったく健常な方でして、飲酒運転の上にわき見をして反対車線に飛び出し、ぶつかりそうになって驚いてブレーキとアクセルを間違えて衝突したのだとか、いやはや困ったものですよ。
現場の対応を警察や消防の方に引き継ぎ、いったん敷地内に戻ることになりました。そのあと、警察の方が来られ、モニターを見せてほしいとのことで、平尾副所長と総務の八木沢さんにも立ち会ってもらって、監視モニターのチェックをしました。外壁を移す監視モニターの一つに、事故の一部始終がしっかり映っていたので、八木沢さんがUSBメモリーにダウンロードして、証拠品として警察にお渡ししていました。
「ご協力ありがとうございました。」
警察と入れ替わりに消防の方も来られ、事故の経緯と救助の状況を報告しました。
「迅速な対応ありがとうございました。怪我をされた方はまだ検査中ですが、今のところ意識もしっかりしていて、命に別状はないそうですよ。現場を拝見しましたが、AEDと消火器の手配をされたのは。」
「こちらの山盛隊長の指示でした。」
平尾副所長の言葉に、消防の方も微笑み、
「幸い火災も起きませんので良かったですが、適切な対応でした。本当にありがとうございました。」
とおっしゃってお帰りになられました。大げさだと言われる方もいるかもしれませんが、常に最悪の事態を想定し、準備しておくことが、被害を最小限にする方法だと私は考えます。
東都ガス前での自動車衝突事故の報告
・2023年09月21日(木)に発生した自動車同士の衝突事故に関する報告
時系列
10:32 敷地外で大きな音がしたため、警備・山盛が確認。
10:33 敷地外の県道で軽自動車同士の衝突事故が発生しているのを発見。
10:34 軽自動車Aから降りてきた高齢男性を保護、対応を総務新垣様に依頼。
同時に、平尾副所長と小森様に、AEDの手配と緊急通報を依頼。
10:35 軽自動車Bに女性が取り残されていたため、救助を試みるもドアが開かず失敗。
10:37 複数人で解放を試みるも失敗、警棒を用いて叩くも失敗。
平尾副所長が消火器底部で軽自動車Bの窓ガラスを破壊。
10:43 山盛が軽自動車Bの車内から負傷した女性を救出。
歩道側へ搬送し声をかける。
10:44 女性が意識を取り戻し、「タナカアツコ」と名前を名乗る。
10:46 救急車が到着し状況報告の上、タナカ様の対応を引継ぐ。
10:52 軽自動車Aに乗車していた男性が帰ろうとするので静止。
名前を「ニシザワ」と名乗る。
10:58 到着した八王子警察署員に身柄を引き渡す。
11:01 ニシザワ様が暴れたために警察署員が制圧。
11:09 周辺の対応を警察と消防に任せ引き揚げる。
11:34 八王子警察署員3名が監視モニターを確認したいと来訪。
平尾副所長と総務八木沢様に立ち合いをお願いし確認。
11:40 3号監視モニターに事故の一部始終が映っているのを確認。
11:44 八木沢様がUSBメモリーに取り込み証拠品として提出。
11:52 八王子警察署員が引き揚げる。
11:55 八王子第一消防署員2名が来訪する。
山盛が事故に関する状況を報告する。
12:11 八王子第一消防署員が引き揚げる。
原因
・映像を見る限りはニシザワ様の軽自動車Aが反対車線に飛び出し、
走行中の軽自動車Bに正面衝突をしたもの。
対応
・ニシザワ様の聞き取りと警察への引き渡しを実施。
・田中様を救助し、安全な場所へ搬送後、意識確認実施。
意識があったため楽な姿勢を取り、額の怪我に止血を実施。
その他
・警備室3号監視モニターに事故時の映像が残っていたため、
八木沢様がUSBに移して八王子警察署員に引き渡し。
・念のため、AEDと消火器4本を準備したが使用せず。
いや、死者が出なくて本当に良かったです。もしも、あの時、漏れ出したものがガソリンで、引火して爆発なんてことになったら、怪我人どころか亡くなる方も出たかもしれません。
報告書をまとめていると、
「山盛さん!」
帰り支度をした新垣さんと藤田さんが声をかけてくれました。
「差し入れです。今日はお疲れさまでした。」
そう言って、缶コーヒーとお菓子をくださいました。
「わざわざすみません。今日は対応いただき助かりました。ありがとうございました。」
「私は何にもしてませんよ。それよりも、山盛さん、落ち着いててきぱき支持している姿、すごくかっこよかったです!!」
「き、恐縮です。」
キラキラした目で褒めていただくと、なんだか照れてしまいます。はい。下心は、きっとないですよ。
「隊長、今日はお疲れさまでした。」
「副所長。対応をいただいてありがとうございました。私があれこれ皆様に指示を出してしまい申し訳ありません。」
「何をおっしゃいます。山盛隊長の的確な指示で、みんなも冷静に動くことができました。立派なことです。本当にありがとうございます。」
平尾副所長たちを見送り、私は後片付けや報告書を提出するために少し残業してから帰りました。準備したAEDや消火器に異常がないことや、正常な位置に戻されているか確認し、施錠して帰るころには事故車もレッカーされ、剣道は何事もなかったかのようにいつも通りに戻っていました。いや、本当に死亡者のない事故で不幸中の幸いでしたね。
09月21日 木曜日 晴れ
10:32 正門前の県道で軽自動車同士の衝突事故が発生。
東都ガス社員様達と救助対応を行う。
(別紙、報告書を参照)
報告書作成のために18:30まで残業対応。
ほか、異常なし。