9月12日 火曜日 大量のコピー用紙
あまり触れていませんでしたが、毎週火曜日は、オフィス棟へのオフィス備品の納品があります。コピー用紙や筆記具など、事務用品が主になっているので、毎週来るのはせいぜい段ボール1箱2箱の量なんですが、今日はA4コピー用紙が100箱届きました。
いつもより圧倒的に多かったので、総務の八木沢様に連絡を入れると、すぐに新垣さんと2人で血相を変えて飛び出してきました。
「うわぁ。やっちまったなぁ。」
「すみません。」
表情を落とす新垣さんを見る限り、どうやら発注ミスをしてしまったようですね。敗走してきた阿川急便様は、あくまでも配送業者ですので、受け取ってもらえないと次の配送先に行くことができません。
「とりあえず、荷下ろししてもらって、備品倉庫に格納でもよろしいですか? 阿川さんも次の配送先があると思いますので。」
運転手さんが困った顔をしていたので、八木沢様にそう声をかけると、
「そうですね。とりあえず降ろしてもらえますか。」
「わかりました。」
それから、私も手伝って荷下ろしをして、しばらくすると警備室前はコピー用紙の箱で壁ができました。一箱に、500枚A4コピー用紙が5束入っていますので、それが100箱、25万枚のコピー用紙が届いたということになります。
「申し訳ありません。」
「まぁ。コピー用紙なんて消耗品だから、あって困るものではないけど、それにしてもねぇ。」
どうやら大目に10箱頼んだのを入力ミスで100箱にしてしまったようですね。
「申し訳ありません。」
言葉尻が涙声になってきているのを感じたので、
「八木沢様。ちょうど手が空いていたので、私が備品倉庫にしまっておきます。必要な分だけオフィスに引き上げてもらってよろしいですか?」
そう声をかけました。八木沢さんは台車に必要なだけの備品を乗せると、新垣さんを連れてオフィス棟に引き上げていかれました。ミスは誰にだってありますので、あまり怒られなければいいんですが。。。
「さて、やっつけちゃいますか。」
私は備品倉庫から台車を持ってくると、5箱ずつくらいにして運び入れました。備品倉庫にそのまま格納すると、埃まみれになったり風化していきますので、開いている棚にブルーシートを設置し、箱を置いたらシートで包んで劣化しないようにしました。何往復かしていると、
「山盛さん。」
か細い声で新垣さんが備品倉庫に来ました。
「私のせいですみません。手伝います。」
そう言って箱を持とうとしたので、
「いえ。新垣さんもご自身のお仕事があるでしょう? ここは大丈夫ですから、お仕事に戻ってください。」
そう話しましたが、どうやら八木沢様からここの手伝いをしてくるように言われたようですね。そう言う指示が出たのでしたら、オフィスに戻るのも気まずいでしょうから、しばらく手伝っていただくことにしました。腕時計を見ると、15時半を回っていますので、少しゆっくり作業すれば退勤時間になります。一晩時間が過ぎれば、新垣さんも周りの人の気持ちも少しは薄れるでしょう。
半分くらい片付けたところで、少し休憩を入れることにしました。警備室に戻って冷たい麦茶を入れました。
「ありがとうございます。」
「重いから大変ですよね。ゆっくり片していきましょう。」
私も警備室の椅子に腰かけますが、
「・・・。」
「・・・。」
沈黙が気まずいです。気にする必要はないと言われるのですが、私は人と一緒の空間で沈黙になるってけっこう苦手なんですよね。なんか間が悪いと言うか、空気が重く感じると言うか。かといって、自分から話しかけて話題を膨らませるような性格でもないので、何を話せばいいんだろうとか、余計なことを延々と考えてしまいます。
手持無沙汰にならないよう、意味もなく監視カメラの映像をチェックしていると、
「最近、ミスばっかりで、みんなに迷惑かけてばかりなんです。本当に嫌になってしまいます。」
呟くように新垣さんが言いました。
「新垣さんは、まだ入社して半年じゃないですか。初めての頃はそんなものですよ。完璧な人なんていないんです。失敗しながら仕事を覚えていけばいいんですよ。八木沢様にしても他の方にしても、上司や先輩が部下や後輩のミスを指導するのは仕事だから当たり前です。でも、指導されたから、次からは気を付けるようになります。」
私はマウスを置くと、新垣さんに向き直りました。何とか元気付けてあげたいものです。ああ、久しぶりに言いますが下心はないですよ?
「私の先輩がいつも言っていることなんですが、どんな仕事だってPDCAでうまくいくって話をされています。」
PDCA、つまりPlan(計画)を立てたら、Do(実行)して、Check(評価)するところがあれば見直して、Action(改善)として次の行動に移していく。この繰り返しで仕事の品質は向上していきます。
「山盛さんたちも、PDCAをやるんですか?」
「もちろんです。特に、私達の仕事は災害などの有事の際には人命に直結する仕事だと考えています。何か起きた時に的確に行動できるように、毎日業務に穴がないか確認しています。」
まぁ、やってもやっても何かしら出てくるいものです。例えば、この小説を書いている作者のように、確認しても確認しても誤字が見付かったりするものなので。
「さて、続きやっちゃいますか。」
残りのコピー用紙をしまい終わるころには、17時を回っていました。警備室で小休憩して、17時15分ごろに新垣さんと一緒にオフィス棟に入ります。
「失礼します。」
私は新垣さんと一緒に八木沢さんのデスクに行きました。
「コピー用紙の収納完了しました。劣化しないようにブルーシートをかけていますので、取り出す時には声をかけてください。整頓しながらだったので、時間がかかり申し訳ありません。新垣さんを借りたままにしちゃいました。」
そう言って頭を下げると、八木沢さんは時計を見て、なんとなくこちらが考えていたことを察してくれたのか。
「いえ。こちらのミスで仕事を増やしてしまってすみませんでした。シートまでかけてくださってありがとうございます。」
と、穏やかな声でお礼を述べてくださいました。
「いえ。新垣さんがその方が長持ちするとおっしゃってくれたので。」
えっ? と驚いた顔の新垣さんに何も言わないようにと合図をすると、
「それでは戻ります。」
一礼してオフィスを出ることにしました。
「ありがとうございました。新垣さんは、もう退勤時間になるので、着替えに行っていいですよ。」
「は、はい。すみませんでした。」
八木沢さんも、私がわざとこの時間まで引っ張ったことを察してくれました。まぁ、本気出せばもっと早く終わることですからね。
警備室に戻ると、私も退勤準備のために日誌を作り始めます。はるか昔のことですが、私も社会人になりたての頃はいろいろミスをして、先輩や上司に怒鳴られまくっていました。その当時は怖かったですが、今ではいい思い出ですし、感謝もできるようになりましたね。
「山盛さん。今日はありがとうございました。」
「いえいえ。お気になさらないでください。気を付けてお帰り下さいね。」
新垣さんが帰り際に声をかけてくださいました。一晩休んだら、明日はまた頑張って働かれることでしょう。
「お疲れ様です。山盛隊長、新垣がすみませんでした。」
「いえいえ、全然大丈夫です。」
「新垣も気まずかったと思いますので、ギリギリまで作業伸ばしてくれて助かりましたよ。」
「すみません。失敗後はオフィスにいづらいかなと思って、余計な気づかいをしました。」
「いや。助かりましたよ。ありがとうございます。」
八木沢様は一礼されて、笑顔でお帰りになりました。普段はクールな印象の八木沢様でしたが、あんな笑顔を見せてくれたのは初めてかもしれないですね。
警備日誌 09月12日 火曜日 晴れ
阿川急便からオフィス備品が届く。
総務のミスでコピー用紙が100箱届く。
八木沢様の指示で、新垣様と一緒に備品倉庫に格納。
劣化を防ぐためにブルーシートで囲う処理を実施。
ほか、異常なし。