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7月19日 水曜日 救急対応実施

 気のせいかもしれませんが、梅雨明け発表した直後って、なぜか強い雨が降る印象があるんですよね。今日も、梅雨明け直後にけっこうな振りの雨になっています。しかも、気圧配置の影響なんでしょうが、朝から30℃を超えて、だいぶ蒸し暑い日になりました。


 社員様も、雨の上に蒸し暑いので、皆さんハンカチ片手に出社されております。こういう日は、早くオフィスに入って涼むのが一番ですね。


 そんな中、新垣さんが覚束ない足取りで出社されてきました。


「おはようございます。新垣さん、顔色悪いようですが大丈夫ですか?」

「あ、山盛さん。おはようございま・・・。」


 言いかけてよろめいたので、慌てて警備室を飛び出して駆け寄りました。受付台に手を付いてつらそうにしています。


「大丈夫ですか?」

「すみません。ちょっと、気分が悪いです。」


 そういう新垣さんは、顔色が悪く、それでも頬は紅く火照ったような感じがしました。


「新垣さん。水分取ってますか?」

「いえ。今朝は少し寝坊してしまって、あんまり飲んでないかも。」

「とりあえず、中に入って座ってください。」

「でも・・・。」

「いいから。」


 私は新垣さんを警備室に入れ、扇風機でエアコンの空気をかき混ぜました。そうしておいて、警備室の冷蔵庫に常備してある経口補水液を取り出すと、


「少しずつ、ゆっくり飲んで休んでてください。」


 私はそう言うと、内線でオフィスに連絡を取り、平尾副所長に連絡を取りました。すぐに来てくださるというので、その間に救急箱から体温計を取り出し、新垣さんに手渡しました。


「新垣さん。体温を測ってもいいですか?」

「は、はい。」


 私は非接触式の体温計を、新垣さんの額に当てました。3回測って、37.2℃、37.3℃、37.2℃でした。


「風邪をひいた記憶はありますか?」

「いえ。ないです。」

「では、めまいやだるさ、気持ち悪さなどの症状、あるいは吐き気を感じたりしますか?」


 私が聞くと、新垣さんは少し考えた後、


「軽いめまいと、倦怠感と、少し吐き気がします。」


 そう答えてくださいました。その時、心配そうな表情をした平尾副所長が警備室に来られました。


「新垣さん。大丈夫ですか?」

「すみません副所長。」


 二人のやり取りの間に、私は冷蔵庫から保冷剤を取り出し、タオルで包んで新垣さんにお渡ししました。


「とりあえず、これで首筋を冷やしてください。」

「はい。」

「副所長。少し熱があるのと、倦怠感や吐き気があるそうですので、軽い熱中症だと思われるのですが、救急車を呼びますか?」


 私がそのようにお伺いを立てると、


「い、いえ。大丈夫です。少し休めば大丈夫です。」


 新垣さんはそう言って首を振りました。本当なら、救急車を呼んで病院でしっかり看ていただきたいところですが、救急対応を敬遠する方や、大丈夫だと頑張っちゃう方も多いのも事実です。


「いや、山盛さん。呼んでください。」


 平尾副所長の言葉に、


「副所長。ホントに大丈夫ですから。」


 そういう新垣さんでしたが、


「熱中症だとしても油断してはいけないよ。病院でしっかり見てもらいなさい。藤田さんに付き添いをお願いしよう。」


 藤田麻衣子ふじたまいこ様は、総務経理担当の社員様で、新垣さんの3年先輩にあたります。


「調子が悪い時は休む。これも仕事のうちだからね。」

「は、はい。」

「山盛さん。お願いします。」

「わかりました。」


 私は受付の受話器を取ると、119番へつなぎました。


『はい、119番です。火事ですか? 救急ですか?』

「救急です。熱中症の症状があります。」

『熱中症の症状ですね。そちらの住所はわかりますか?』

「はい。八王子市中町○○、東都ガス八王子管理センターになります。」

『目標物はありますか?』

「はい。四井住留銀行八王子支店の南側、西隣は涼風保育園があります。」

『わかりました。今、救急車を手配しています。具合が悪くなった方はどんな状態ですか?』

「はい。22歳女性、37.2℃の熱に、めまいと吐き気、それに倦怠感があります。今は涼しい部屋で水分補給しながら休んでします。」


 オペレーターからの問いかけに、今ある情報をなるべく伝えていきます。わからないことはわからないと伝えれば大丈夫です。憶測はいりません。なんといっても、通報する私も医療は素人です。


「すぐ来てくれるそうです。」

「ありがとうございます。」


 お礼をおっしゃると、平尾さんは内線電話の受話器を取り、藤田様に付き添いをお願いしていました。


「新垣さん。つらかったら横になれるようにしますよ?」

「ありがとうございます。でも、このままで大丈夫です。」

「わかりました。つらくなる前におっしゃってくださいね。」

「山盛さん。ごめんなさい。」

「気になさらず。今は、回復させることが一番大事です。」


 私はそういうと、平尾副所長にその場をお任せして、誘導棒を持って外に出ました。さっきよりも雨が強くなっている気がします。雨具を着てこなかったことに少し後悔をしましたが、今はそれどころではありません。正門を全開にして、警備室前に救急車が停車できるように準備します。緊急通報を行った後は、いかに緊急車両が速やかに動けるのか、シミュレートしながら準備することが大事です。


 やがて、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきたので、私は正門を出て周囲を見渡しました。八王子駅方向から救急車が来るのが見えたので、誘導棒を振って合図し、敷地内に誘導しました。警備室前で停車し、救急隊員様に場所をお伝えすると、救急車は駐車場で展開して警備室前に付けるように運転手にお願いしました。


 警備室に戻ると、付き添いのために着替えた藤田様と、平尾副所長が救急隊の処置を見守っていました。新垣さんは、やっぱり無理していたのか、あるいは、救急隊が来てほっとしたのか、先ほどよりも顔色が悪くなった気がします。私は迷惑にならないように、とりあえずタオルで拭けるだけの雨をぬぐいました。


「藤田さんは、病院で詳細がわかったら報告をしてください。そのあとの指示はまたその時に。」

「わかりました。」


 新垣さんがかわいらしいお嬢さん。といったイメージでしたら、藤田様は、面倒見のいいお姉さん。という感じでしょうか。実際、新垣さんの指導担当でもあるそうで、二人で通勤されているのをよく見かけます。


 しばらくして救急車に移動し、搬送先が決まったとのことで、


「八王子総合病院に搬送します。」


 と、声をかけてくださいました。私は救急車がスムーズに退出できるよう、県道に出て待機しました。ここはそこそこ交通量もあるので、救急車が出るために車を停め、誘導しなければいけません。サイレンが鳴り始めたので、近付く車を停めて、救急車を外に出します。そのうえで、停めていた車に頭を下げると、走り去る救急車に敬礼をしました。大事にならなければいいのですが。


 警備室に戻ると、


「山盛さん。対応ありがとうございました。」


 と、平尾副所長が声をかけてくださいました。


「ありがとうございます。」

「新垣は来た時から調子が悪かったのですか?」

「はい。警備室前でふらつかれて、受付に手をついたので、警備室で休んでいただきました。」

「適切な対応をありがとうございます。前にも、調子が悪いのを我慢していた時があったようですので、心配していたのですが。」


 根が真面目なのでしょう。自分が抜けることで周りに迷惑をかけてしまうと感じてしまうんでしょうね。でも、大事に至ってはもっともっと大変なことになります。人間ですので身体を壊すこともあります。そういう時は周りを頼っていいんです。




報告書 急病人発生による救急対応について

 08:38 総務経理担当の新垣様が警備室前でふらついて受付にもたれる。

 08:39 自力で歩くのが危険だったため、警備室でお休みいただく。

     平尾副所長に状況を報告。

 08:42 平尾副所長が警備室に来られる。

 08:46 119番通報を実施。

 08:58 救急車を敷地内に誘導。

 09:34 救急車が退出。搬送先は八王子総合病院。

     総務経理担当の藤田様が付き添いで付かれる。

 12:48 藤田様、タクシーで戻られる。 


傷病者

 ・経理総務担当社員 新垣結衣美 様


傷病者の状況

 ・朝から水分をあまり摂取していなかった。

 ・37.2℃の熱あり。

 ・めまい、倦怠感、吐き気あり。


対応

 ・経口補水液を摂取。

 ・保冷剤で首筋を冷やした。


その他

 ・診断は「熱中症」

 ・新垣様は点滴後、自宅に戻られる。




 後で聞いた話では、新垣さんはやはり熱中症だったようですね。点滴をして、夕方には自宅に帰れたようです。藤田さんは昼過ぎにタクシーで戻られ、そのまま仕事に入られました。なんにせよ、大事に至らずによかったですね。


「は、ハクション!!」


 うぅ。濡れたままエアコンにあたっていたせいで、寒くなってきました。私が風邪をひかないように着替えることにします。





警備日誌 07月19日 水曜日 雨


 08:38 傷病者発生のため救急対応実施。(別紙参照)


 その他、異常なし。

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