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とんねらー

作者: 二胡奈々子

 私の口癖は「おもしろいこと起きないかなぁ」という間抜けなものだ。それを聞いた家族、先生、友人、とにかくあらゆる人々は「幸せな悩みだね」と言ってニヤリとする。その応答が、まず、おもしろくない。「じゃあ、一緒におもしろいことしないか」という一癖ある応答をしたやつもいたけれどお前程度の人間に何ができるのか。(面と向かっては言わなかったよ)

 でもちょっとだけ大人になって、気づいたことがあるの。他の人にはないしょだよ。日常がおもしろくないことを他人のせいにしてしまっているから、おもしろいことが起きないんだなって、気づいたの!それに気づいた日(詳しくは覚えてないけど、暑い暑い日だった気が…)、平日は必ず1人初対面の人に声をかけること、週末はサイクリングに出かけることを心に決めた。それから約一年、お陰様で、私が思い描くような「おもしろい」ではないけど、少なくとも前よりは「楽しい」日常を送ることができている。

 この日常の一番の収穫は、サイクリングの楽しさに気づいたことだ。春夏秋冬それぞれの季節の風、場所ごとの雰囲気、そこに生きる人々、それらが調和した(例え、していなくても)風景を生感覚で感じられることが本当に気持ちいい。

 私が特に気に入っているコースは以下のとおりだ。家を出て、街の方へ向かう下り坂を降りる、その道の途中に、舗装はされているけれど獣道のように自然に呑まれてしまっている下り道に逸れる。虫やら草やらに気をつけつつ進んでみると、周辺の地域とは少し毛並みの違う地域?集落?にでる。現代と隔絶された雰囲気を味わいながらまだまだ行くと、全長150mほどのトンネルがある。そもそもここを通る人が少ないもんだから、すっかり苔むしてしまっている。それがまた、味わい深いのだ!そこを抜けると、ちゃんとした街に出る。その先のコースはその日の気分によって変わる……。

 

 今日は日曜日、梅雨が明けたばかりで、日差しと久しぶりに会ったもんだから、対応しきれず、日陰で涼しいトンネルで小休憩していた。携帯していたスポーツドリンクを口に含み、火照った身体を金属製の自転車に当てどうにか涼をとる。しばらくすると暑さも引いてきたので、また漕ぎ出そうとして顔を上げた。


……あれ?


 顔を上げ、目に入ってきた光景に違和感を覚える。何が違うんだろう。目を細めてじっくりと眺めると、いつもの光景と明らかに違う点を発見した。


 トンネルの先の光景が、違う。


 いつもはセメントの道路と日本家屋風の清野さん家と、滑り台と鉄棒だけのちいちゃな公園が見えるはずだ。だけど今は……。

 

 中世風の石畳や石造の建造物が見える。公園があったところには噴水がみえる。


 私を目を見張り、口を間抜けに開けて、呆けた顔をしてしまう。私の小さな脳みそをフル回転させて、今の状況を処理しようと試みる。熱が引いた頬に再び熱が戻り、身体が震え初めた。次の瞬間、ぽん、と間抜けた音がして身体中の力が抜けてしまった。おそらく私の脳は処理落ちしてしまったのだろう。

 しばらくうなだれたのち、心の奥底から喜びが湧いて出てきた!!ようやく出会えた!苦節一年!私が望んでいた「おもしろい」が私の目の前に展開しているぅぅぅ!思わずガッツポーズをして、「しゃぁぁぁぁぁっ」と咆哮する。

 興奮は冷めないが、一度冷静になろうとして深く息を吸う。トンネル内の苔くさい臭いと、日本家屋風の清野さん家からは絶対にしないであろうパンの匂いが私の嗅覚を刺激する!

 血走った目でもう一度中世の街並みを見つめると、柔らかな金髪と空に向かって伸びた耳を備えた女性が、パンの詰まったバスケットを持って歩いているではないか!

「エルフやん……。」

先程吸い込んだパンと苔が混じった空気を吐きだすと同時に声を出した為に、大変間抜けな声が出てしまった。

 これから私を待ち受ける冒険に思いを馳せる。多くの種族の多くの人々に出会い、剣を携えて、仲間と共に悪に立ち向かう……!!

 だけど、本当にその生活は自身を満たしてくれるのだろうか。いや、少し言葉のニュアンスが違う。今の生活は本当に私を満たすに足らないつまらないものなのだろうか。私が突然いなくなったら、家族、先生、友人、とにかくあらゆる人々がそれを悲しむのではないだろうか。私はまた、一つ大人になった気がした。

 少し車道にはみ出して、自転車をUターンさせようと試みる。帰ったら、「一緒におもしろいことをしないか」なんてキザなことを言いやがるあいつに連絡しよう。

 少し、いやとても苦労して自転車をUターンさせると、未練を断ち切って、再び漕ぎ出そうと顔を上げる。


……あれ?


「おもしろい」は私を逃してはくれないようだ!使命感と共に、力強くペダルを漕ぎ出した。

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