ディナーシェフの挑戦4
広い部屋で、豪勢な料理と沢山の執事の皆さんに囲まれているおぼっちゃま。
でも、そのお姿は、小さく、お一人で……。
それは、一緒に食べる家族もなく、静かな部屋で一人、コンビニ弁当を口にしているような子供。
そんな子と、どうしようもなく被って見えてしまったのです。
(……いつも……いつも、こんな夕食を過ごしてらっしゃったのね)
お母様がお亡くなりになり、お父様である王様も病に倒れ、たったひとりのおぼっちゃま。
王族専用の広いダイニングルームで、たったひとりの、おぼっちゃま。
それを考えると……私は、胸が張り裂けるような思いでした。
「……どうだ? どう思う」
私たちの背後から、マルセルさんがそう声をかけてきました。
振り返り、私が何かを言おうとすると、そこでローマンさんが得意げに口を挟みます。
「ふふふ。まあ、お兄ちゃんのディナーを見て戦意喪失するのはしょうがない。あれより上等なものは、この国の誰にも用意できんだろうからなあ。まあ無理に勝負とは言わん。今回はわしらの勝利ということで……」
ですが、それは私の耳には入ってきませんでした。
私は、マルセルさんに深々と頭を下げると、はっきりとこう言ったのです。
「わかりましたわ、マルセルさん。今回の勝負、受けさせていただきます」
「なにっ!?」
驚きの声を上げたのは、ローマンさんでした。
アンも、驚いた顔でこちらを見ています。
ですが、マルセルさんだけは、そうなることがわかっていた様子でこちらを見ていました。
「そうか。では、勝負は一ヶ月後としよう。互いに夕食を出して、おぼっちゃまに選んでいただく。先に出すのは、君の方でいい」
「かしこまりました」
そう言葉をかわすと、マルセルさんは背中を向けて行ってしまいました。
ローマンさんも、キョロキョロと挙動不審になりながらも、その後についていきます。
そして、私たち二人きりになると、アンが勢いよく飛びついてきました。
「シャーリィ、本当にいいの!? ランチの時より、ずっと厳しそうなんだけど! しかも、今回は二人きりなのよ、私たち!」
ひどく動揺した様子のアン。
私は小さく頷くと、そんな彼女の手を取り、こう言ったのでした。
「お願い、アン。私、おぼっちゃまにどうしてもディナーをお出ししたいの。だから、一緒に頑張って欲しい」
そう告げると、アンはしばらく戸惑っていましたが、やがてすごく真面目な顔で私を見つめ返し、こう言ってくれたのでした。
「もちろん! あんたがやるなら、私もやるわ。……出したい料理は、もう決まってるのね?」
ええ、それはもちろん。
今回のテーマは……特別な日のディナー。
待っていてください、おぼっちゃま。
私が、必ず夢のディナーへとお連れしてみせますわ。
◆ ◆ ◆
「それで、まんまと勝負を受けちまったってのかい!? はあ……あんたってやつは、本当に!」
メイドキッチンに、クラーラお姉さまの呆れた声が響きました。
翌日、勝負を受けたことを告げると、メイドのみんなが心配そうな表情を浮かべたのでした。
「受ける必要、全然ないじゃない! もう、あんな勝手な人たちに振り回されなくていいのに」
「メンツのためにまた自分の得意分野で勝負しろなんて、勝手な言い分もいいところでしょ。断っても、誰もなんとも思わないわよ」
「そうそう、そもそもあんたたち、今大忙しでディナーの練習してる時間なんてないじゃない! 今からでも遅くないわ、断ってきなさいな!」
なんて、口々に言ってくださるお姉さまたち。
その気持ちはすごくありがたいのですが、私は決意を込めてはっきりとこうお返事したのでした。
「ありがとうございます、お姉さま。でも、私、どうしてもおぼっちゃまにディナーをお出ししたいんです!」
「……」
それを聞いて、黙り込むお姉さまたち。
やがて、クリスティーナお姉さまがふうとため息をついて、こうおっしゃってくださったのでした。
「あなたは、言い出したら本当に聞かないんだから……。わかったわ。じゃあ、二人きりじゃ大変だろうから、うちの班から、日常業務に一人助けを出すわ」
「えっ!」
それは意外な申し出でした。
クリスティーナお姉さまの班だって十分に忙しく、一人減ると影響が大きいはず。
そこまでご迷惑をかける訳には、と口にしようとすると、それを遮るように二班のクラーラお姉さまがおっしゃいます。
「うちからも一人出そう。アンは元々うちの子だからね。こういう時ぐらい、助けてあげないとね」
「クラーラお姉さまっ!」
その言葉に、感動の声を上げるアン。
そして、三班のエイブリルお姉さまは穏やかな笑みで、こう言ってくださったのでした。
「うちの班は貴族の皆様へのおやつ出しがないから、下ごしらえは全員で手伝えるわ。いい機会だから、下に入って勉強もしたいし。それでどうかしら?」
「えっ、そ、それはもちろんすごく嬉しいのですけど……いいのですか?」
おずおずと尋ねる私。
だって、エイヴリルお姉さまは私よりずっと上のメイドです。
それが、私の下になんて。
そう戸惑っていると、エイヴリルお姉さまは私の両肩に手を添えながら、こうおっしゃったのでした。
「いいっていいって。私、あなたのおやつにかける情熱にいつも感動しているもの。手伝いができるなら、むしろ光栄だわ。それに……私たちも、あなたのおやつを学べるならお得ですもの。ねっ」
「お姉さま……」
それならばお願いします、と頭を下げる私。
いくら利があるとはいえ、後輩の下につくなんて普通はできません。
本当に、人の出来た方……私も、こうありたいものです。
そして、最後。
遠巻きに様子を見ていたジャクリーンに、クラーラお姉さまが声をかけました。
「それで? あんたんとこはどうする、ジャクリーン」
「…………」
ジャクリーンの四班と、他班との仲はいまだにギクシャクしたままでした。
できればこの機会に交流したいところですが、なんて思っていると、そこでジャクリーンが答えます。
「手伝いで空いたお姉さまたちの穴を、私の班で埋めるというのはどうですか。私達も、まだまだ勉強が足りませんので」
なるほど、それはいいアイデアかもしれません。
それならジャクリーンのメンツも立つし、交流にもなります。
クリスティーナお姉さまは小さく頷いて、こう纏められました。
「ではそれで。折角の機会なのだから、それぞれが成長できる時間にしましょう。全ては、おぼっちゃまのより良い時間のために。がんばりましょう」
それにみんなで「はい、お姉さま!」と返して、作業に向かう私たち。
これでありがたい支援もいただけました。
まずはいつもの基本動作として鍛冶屋のアントン様に発注しに行って、それと、塔の魔女ジョシュアとも相談しなければなりません。
はたして、一ヶ月でどこまでやれるか。でも、やるしかありません。
ですが、そんな風に私があれこれ考えている間に、あのローマンさんはまーた悪巧みをしていたのでした。




