ディナーシェフの挑戦3
「すまんな、これがどうしても、自分も参加する勝負にしたいとうるさくてな。だが、大事にはしたくないので、こちらは部下には手伝わせん。そちらもメイド全員ではなく、君たち二人だけ。それでどうだ?」
どうだ、と言われましても、さきほど言ったとおり、こちらには勝負する理由がありません。
それに、前回の勝利はお姉さまたちに大いに助けられてのこと。
それを切り離されたら、私たちにどれぐらいのことができるやら。
アンと二人だけでおぼっちゃまのディナーを用意するというのもとんでもなく大変なことですし、それに、唐突にディナーだと言われても何を出せばいいのやら。
やはり夜はちゃんとした食事がいいでしょうが、王子様であるおぼっちゃまに出すべき料理がパッと思いつきません。
お米があればいくらでも考えられるんだけどなあ、なんて私が困っていると、そこでマルセルさんが意外な提案をしてきました。
「難しいか? なら、どうだ。一度、おぼっちゃまのディナーを見学に来ないか。それを見て、そちらが出す気になったなら勝負としよう。それでどうだ」
なんと。まず自分の出す料理を見せて、それからやる気になったなら勝負にしようとは、ずいぶんな譲歩です。
そこまでして勝負をしたいのでしょうか。
そこで私はうーんと悩んで、しかし結局はこう答えたのでした。
「わかりました、では、見学だけでもさせていただきますわ」
ええ、見るだけならタダですし。
それに……それに、おぼっちゃまのディナーに、何が出ているのかも気になりますし!
ああ、どんな豪華なディナーなんでしょう。あわよくば、私も試食とかできないかしら。
なんて、私は夢見がちに思っていたのですが……事は、そんなお気楽には進まないのでした。
◆ ◆ ◆
「ウィリアム様が、お出でになります!」
王族の皆様がディナーをとるためだけに作られた、とっても広くて豪華なダイニングルーム。
そこに、執事の方の声が響き渡りました。
やがておぼっちゃまが室内に入ってくるのを、私はその隣の部屋から盗み見ています。
見学に招かれたディナータイム。ですが、私が姿を現わすと普段どおりのディナーにならないからと、隣室の扉の隙間からこうして窺っているのでした。
「なっ、なんだかいけないことをしてるみたいね、シャーリィ」
「しっ、アン、おぼっちゃまに聞こえちゃうわ……!」
二人して身を寄せ合い、コソコソと言い合う私たち。
おぼっちゃまは相変わらず天使のように可愛らしいですが、なんだか萎れたように元気がないご様子。
一日中、政務に追い立てられ、勉学や鍛錬も間に挟まり、疲弊してらっしゃるのでしょう。
その様子は、まるで塾や習い事をぎゅうぎゅうに敷き詰められた子供のようでした。
(夜は、あんなに疲れた顔をしてらっしゃるのね……)
肉まんの時は、あんなに辛そうではなかったのですが、元気なふりをしていただけなのでしょうか。
そんなことを考えていると、ワゴンの列がダイニングに入っていき、おぼっちゃまの前に食事を並べ始めました。
「うわあっ、すっごい……!」
それを見て、私は思わず声を上げてしまいます。
何しろ、それは信じられないほど豪勢なディナーだったのですから!
小豚の丸焼きに、巨大な塊肉から切り出した分厚いローストビーフ。
華麗な魚料理や貝料理、さらには山盛りのエビやカニ。
考えつくだけの豪勢な食事が所狭しと並び、小さなおぼっちゃまはそこに埋もれてしまいそうなほど。
それが全て、おぼっちゃまお一人のためだけに用意されていたのです!
(すごすぎる……これ、勝負するとかそういう問題じゃなくない!?)
それは、きっと誰もが羨む食卓です。
夢の中で見る、マックスレベルに豪勢な食事。
それが、現実のものとなっているのです。
毎日お疲れのおぼっちゃまのために、最高の食卓を。
少しでも癒やされるよう、完璧を超えた夕食を用意しよう。
そこには、そういう気概がたっぷりと込められていました。
そんなところに、どうして私の料理が入り込む余地があるでしょう。
こんなの、勝負する必要がどこにあるのか……そう、思ったのですが。
(えっ……)
やがて、食事を始められたおぼっちゃまを見て、私は驚いてしまいました。
いつもどおり、次から次へと勢いよく食べ進めていくおぼっちゃま。
きっと、料理の数々はとっても美味しいことでしょう。
でも……なぜか、そのお顔を、そして様子を見て、私は。
どうしようもなく……どうしようもなく、こう思ってしまったのです。
──なんて……なんて、寂しい食卓だろう──。




