ディナーシェフの挑戦1
「たのもーう!」
そんな威勢のいい声がメイドキッチンに響いた瞬間、私は思わず「うげえ」という顔をしてしまいました。
隣のアンもうげえってなってたし、メイドの皆もなってたし、なんならジャクリーンなんて「うげえ」と声に出てました。
なぜなら、その声は、私たちがとっっっっても苦手な相手……そう、ランチシェフのローマンさんのものだったからです。
「……今度はなんの御用ですか、ローマンさん」
本当は相手をしたくないのですが、どうせ用があるのは私。
他のみんなの迷惑になる前にと、嫌々応対に出ると、ローマンさんはニヤリと笑ってこんなことを言いだしました。
「おまえに再戦を申し込みに来た! わしと勝負しろ、小娘!」
「嫌です」
予想通りのことを言うローマンさんに、食い気味で返事をする私。
すると、ローマンさんは「ぬうっ!?」などとトボけた声を上げました。
「なぜだ、なぜ断る!?」
「なんでって、こっちにはする理由がないですし」
そう、前回の勝負でしっかりおやつメイドの実力を示した私たちに、また勝負する理由などひとつもなし。
むしろ日々の生活の重しとなるし、できればローマンさんとは二度と関わりたくないしで、しない理由のほうが多いのでした。
それに、時刻は昼過ぎ、おやつタイムの前。
今はまさに大事な仕上げの時間。こんな人にかまってる時間はないのです。
だから、とっとと帰ってほしいところ、なんですが。
「ええい、馬鹿な、臆したか! ワシに恐れをなして、不戦敗になるつもりか!? ワシの勝ちでいいのか、そう言って広めるぞ、いいのかおい!」
……なんでそうなるの……。
はあ。この人は、本当に考え方が自己中心的で困ってしまいます。
さて、どう言いくるめるべきか、なんて思っていると、そこでクリスティーナお姉さまが援護射撃をしてくださいました。
「ローマンさん、一度負けておいてまた対等に勝負しようなんてあつかま……失礼ですわ。それに、前回はランチメインで勝負したのです。どうしてもというのならば、勝手に挑戦者としておやつタイムに挑んできてはどうですか」
「なっ、なにっ!? おっ、おやつタイムでだとぉ……」
その鋭い一言に、動揺が隠せないローマンさん。
そりゃランチで負けたのに、こちらの得意分野で勝負はしたくないことでしょう。
しかも、おやつタイムは私たちのテリトリー。入ってきたなら、骨まで食い散らかしてやる覚悟です。
ローマンさんは周りをキョロキョロ見回し、メイドたち全員がネズミをいたぶるネコの目をしているのに気づき、じりじりと後退り。
ですが、それでもなお強気に出てくるのがこの人なのでした。
「ふっ、ふん、おやつでも今度こそわしが勝つがな! ……ちなみに、今日のおやつは何をお出しするつもりだ?」
「今日ですか? こちらですが」
そう言って、皿にのったお菓子を差し出す私。
その上には、薄いラングドシャクッキーを、くるんと筒状に焼いたお菓子が載っておりました。
そう、それは、いわゆるラングドシャロール。
しかも、ただのラングドシャロールではございません。
中にチョコレートを流し込んだ、チョコラングドシャロールなのでございます!
噛めばさくっと割れる、素晴らしき食感のラングドシャ。
これはそれからさらにチョコの味わいを楽しめるという、とっても素敵なお菓子なのでございます。
私はこれが大好きで、前世では常に棚にストックしていたものでした。
「ふ、ふうん、なんともまた奇妙なおやつを出しおるな。どれ」
「あっ!」
食べていいなんて言ってないのに、勝手にチョコラングドシャロールを取ってしまうローマンさん。
そのまま、しげしげと中を覗き込み始めます。
「この、中の黒いの……これが、王宮内で噂になっているチョコとかいう品か? 馬鹿な、泥のようでとても美味そうには見えんぞ。ふん」
言いつつ、チョコラングドシャロールをパクリと口にするローマンさん。
すると、サクッという気持ち良い音が響き、そしてローマンさんが目を見張りました。
「……ふっ、ふうん。なるほど……ふん。こういう感じか。ふ、ふうん……」
言いながら、チョコラングドシャロールをサクサクと、夢中で食べ進めるローマンさん。
美味しいなら美味しいって言えばいいのに。
そして瞬く間に一本完食し、あろうことか次に手を伸ばそうとしてきたので、私は慌てて隠しました。
「ぬう、なんじゃ、ケチケチするな! もっと味を調べさせろ!」
「だーめーでーすー! これは、おぼっちゃまのために作ったんです! ヒゲのおじさんのために作ったんじゃありません!」
睨みつけながらおやつを奪い取ろうとしてくるローマンさんを、睨み返しながらおっぱらう私。
本当に、なんて厚かましい人なんでしょう。
よりにもよって、おぼっちゃまのおやつを奪おうなどと!
それにこれは、万が一おぼっちゃまが残された場合、私のおやつになるのです。
それを食べさせてなるものですか!
なんて私たちがいがみ合ってると、そこで、ゴスっとローマンさんの後頭部を誰かが叩きました。
「いてっ!」
「馬鹿者、いつまで待たせるつもりだ。自分が何をしに来たのか、忘れておるのかお前は」
後頭部を押さえているローマンさんの後ろから、誰かがそう言い、のっそりとキッチンに入ってきます。
その顔を見たとたん、クリスティーナお姉さまが驚きの声を上げました。
「あなたは、ディナーシェフのマルセル氏……! あなたほど偉い方まで、なんのご用ですか」
ええっ、ランチシェフの次はディナーシェフ!?
なんなんですかこれ、ゲームで中ボス倒したら大ボスが出てきた、みたいな感じじゃないですか!
マルセルと呼ばれたコック服のおじさんは、でっぷりと太っていて、しかもなんと、ローマンさんとおそろいのヒゲをしておりました。
よく見ると顔立ちもなんとなく似ているし、まさかまさか、なんて思っていると、そこでローマンさんが困った顔で言います。
「なんだよお兄ちゃん、まだわしが交渉してるだろ! もうちょっと待ってくれよ!」
……お兄ちゃん! お兄ちゃん、ときましたか!
うわあ……この人たち、兄弟だ!
やだなあ!




