シャーリィの忙しくも穏やかな一日6
そして、たっぷり十分ほど漕ぎ続けたところで、ジョシュアの止めが入ったのでした。
「よし、こんなものだろう。一度確認してみよう、シャーリィ」
「ぜえ、ぜえ……。ど、どう? カカオの具合は」
肩で息をしながら自転車を降り、ジョシュアの元に向かう私。
機械の蓋をあけると、むわっとカカオの濃厚な匂いが立ち上り、そして。
そこには、かなりサラサラになったカカオが顔をのぞかせていたのでした。
「わあっ、凄い! こんな短時間で、ここまでできるなんて!」
スプーンで掬ってみて、その状態を確認しながら喜びの声を上げる私。
まだ十分とは言えませんが、ここからなら人力でゴリゴリするのもかなり楽でしょう。
そう、今回の実験は、ミキサーでカカオを細かく砕くためのものだったのでございます。
とにかく大変な、カカオをサラサラにする作業。
ですが、最近はチョコを食べてみたいというお声がけが多く、難儀しておりました。
けど、これを使えば時間を大幅に短縮できます。
それに、労力もずっとずっと小さい! ああ、文明の利器、バンザイ!
「うーん、でもまだまだムラがあるし、完璧には程遠いな。鍛冶師と話し合って、中で動き回る刃や入れ物の形などを調整する必要がある。それに、ペダルも重すぎるようだ。改良の余地あり、だな」
ですが、ジョシュアはそれを見て不満そうに言います。
私的にはこれでも十分ありがたいのですが、ジョシュア的にはまだ実験の途中のよう。
本当にジョシュアは凝り性ね、なんて私が言うと、ジョシュアは小さく笑って言ったのでした。
「ふふ、別に凝ってるだけじゃないさ。ボクの愛しいメイドさんが、毎日大変そうだからね。少しでも手間を減らしてあげたいのさ。なにしろボクにとって、彼女と過ごす時間はとっても大事だからねっ」
そう言って、私の肩を抱くジョシュア。
やってることは幼なじみのアルフレッドと同じですが、嫌などころか、なんだか妙に嬉しいです。
今日のジョシュアは、塔の外に出るからと髪をきちんと整え、服もちゃんと綺麗なものを着ています。
そうするとあら不思議、あのズボラなジョシュアがまるで赤髪の美男子のよう。
芝居がかったその動作は、まるで宝塚の、男役のようでございます。
ついうっとりとしてしまい、「ジョシュア……」なんて呟き、そっと頭をもたれかからせる私。
しかしそこで、ムードを台無しにする声が飛んできました。
「あなたたち! そこで、なにをやっているのです!」
やべえ、サツだ!
もとい、メイド長だ!
怒鳴り声をあげ、まっすぐこちらにやってくるメイド長。
逃げようかと一瞬悩みましたが、ミキサーもあるし、逃げても後で大目玉を食らうだけ。
なので顔をヒクつかせながら覚悟していると、メイド長がやってきて、こう言ったのでした。
「シャーリィ、庭から奇妙な音がすると言われて来てみれば、やっぱりあなたですか。正門の方まで音が響き渡っていましたよ」
ああ、そうか、そうですよね。
この装置、動かす時にかなり大きな音がするのも難点なのです。
しかし、まさかそんな遠くまで響いてしまっていたとは。
しまったなあ、と思っていると、そこでジョシュアが言いました。
「まあそう怒るな、メイド長。これはボクの発明の一環だ。君たちの料理が楽になる道具を送りたくてね。ミキサー、と言うんだ」
「料理が楽に……? はあ……」
と、機械を覗き込みながら不思議そうに答えるメイド長。
そして、しばらく考えた後、こうおっしゃったのです。
「発明のためとはいえ、庭でこのような音を出し続けるのは、貴き皆様のご迷惑となります。今後もこれを繰り返すのであれば、メイドキッチンの地下室を一つ掃除させ、それ用に解放しますので、今後はぜひそちらで」
なんと! 地下室くれるんですか!? やった!
実は研究用に一部屋欲しいと思っていたのです!
まさに怪我の功名ってやつですね!
──こうして以後、実験は地下で行なうこととなったのですが。
実は、これが結構広い範囲に地鳴りのように音が響いてしまい。
「王宮の地下から、謎の音がする」なんて噂話が広まり、エルドリア王宮の七不思議の、その一つに数えられることとなってしまったのでした。
◆ ◆ ◆
「……ふう。こんなものかしら」
そして、その日の深夜。
その後もジョシュアのご飯を用意したり、お姉さま方と夕食を共にしたりして、後は明日の仕込み作業。
どうにか全てを終えて、私は薄暗いメイドキッチンで、一人呟きました。
アンは、私があちこち遊び回っている間にもいろいろやってくれていたので、先に上がってもらっています。
もう王宮の中は真っ暗で、物音もほとんどしません。
人々は眠りにつき、聴こえてくるのは虫たちの鳴き声だけ。
窓から差し込む月光と、手元に置いたロウソクだけが私の頼りです。
いやあ、充実した一日でした。あっちにいったり、こっちにいったり。
大変だけどいい仕事だなあ、なんて思っちゃったのでした。
明日も早いので、後はシュババッと眠りにつきたい所。
ですが、その前に、私には一つお楽しみがあるのでした。
「ふんふーん。さあ、ここからは私だけのお楽しみ! 夜食ターイム!」
なんて言いながら冷蔵庫に飛びつき、ガバっと扉を開ける私。
そしてその奥から、乾燥しないようにふきんを被せておいた食材を取り出し、掲げながらこう言ったのでした。
「じゃじゃーん……にーくーまーんー!」




