ドーナツの騎士様1
その事件が起こったのは、私がおぼっちゃまに三色パンをお出しした三日後のことでございました。
おぼっちゃまは特にチョコがお気に入りで、毎日でも食べたいとおっしゃるので私とアンは夜中遅くまでチョコを作り続ける日々を送っています。
メイド長が気を使ってくださって、私達がそちらに集中できるよう他の雑務を免除してくださったのでどうにかなってはいますが、流石に疲労は隠せません。
その日も深夜遅くまで明日の仕込みをし、キッチンを戸締まりして、明かりのランタンを手に寝ぼけ眼で自室へと向かう私。
夜になると王宮は真っ暗で、物音もほとんどしません。
そして、月が雲へと身を隠し、ランタンの光しか当てに出来ない暗闇の中で。
私は、それと出会ってしまったのです。
そう、廊下を小走りで走ってくる、黒尽くめの服を着た、怪しい誰かと。
「えっ。だっ、誰ですか!?」
私が手にしたランタンをかざすと、黒尽くめのそいつは眩しそうに手をかざしました。小柄ですが、体つきから見て、おそらく男性でしょう。
その顔が、覆面で隠されているのが見えます。
うーん、これは完全に不審者!!
「ちっ……!」
舌打ちとともに、そいつが私めがけて飛びかかってきます。
その手元には……ナイフ!
うそ、これ私刺されちゃうやつ!?
やだやだ、まだ再現できてない食べ物がいっぱいあるの!
これから頑張るぞって時に終わっちゃうなんてやだー!
などと、頭の中で悲鳴を上げども体はついてこず。
もうダメだ、と思った瞬間、廊下の向こうから声が響きました。
「何事だ! そこで何をしている!」
それは、若い男性の凛とした声でした。
廊下の向こう側から、金属製の立派な鎧を着込んだ誰かが声を上げたのです。
それにびっくりした黒尽くめの男が振り返り、一瞬動きが止まります。
そして次の瞬間、私の横を通り過ぎて駆け抜けていきました。
「曲者! 曲者だ、出会え、出会え!」
鎧の方が大声を上げて、あたりがにわかに騒がしくなりました。
夜の警備に当たっていたであろう兵士の皆さまが、慌ただしく駆け回る音。
「いたぞ!」「逃がすな!」という叫び。
それらを聞きながら、私は、
(うわあ、時代劇みたいなセリフ! 曲者だ、出会え、だなんて!)
なんて、他人事みたいに考えていました。
……ぺたりと、腰を抜かして廊下にへたれこみながら。
「君。大丈夫か」
そんな私に、鎧の方が声を掛けてくださいました。
そのお顔は……近くで見ると、驚くほど整っています。
高い鼻、綺麗な目元口元、長い金髪にすっとした輪郭。私の前世の世界でなら、俳優かジャ○ーズ……いえ、白人顔ですのでハリウッドの俳優にだってなれるでしょう。いえ、もちろん私も生まれ変わってばっちり白人顔なのですが。
「は、はい、助かりました……ありがとうございます……」
慌てて起き上がろうとしますが、なかなかうまくいきません。
生まれたての子牛みたいに両手を床につけて起き上がれずにいる、みっともない私。すると鎧の方は爽やかに微笑んでおっしゃいました。
「無理に立たずともよい。……メイドが、こんな時間に何をしていた?」
「は、はい、おぼっちゃまの明日のおやつの、仕込みを。すみません」
「ほう、それは素晴らしいな。謝らずともよい。仕事熱心でいいことだ」
話しつつ、どうにか腰を浮かした私に、鎧の方が手を差し伸べてくださいました。
その手を借りてどうにか立ち上がった私に、黒ずくめの男が立ち去ったほうを見ながら鎧の方がおっしゃいます。
「しかし、今のは王宮に忍び込んだ盗賊か。あのような者を入れてしまったのは、我ら騎士の不手際。驚かせてすまない」
「いえ、とんでもない」
言いつつ、握られたままだった手をそっと外します。
するとその鎧の方……騎士様は、少し驚いた顔をしつつ続けました。
「曲者の顔は見たか?」
「それが、覆面をつけておりましたので……。男性だとは思うのですが」
「そうか。まあ、おそらくすぐに捕まるであろう。では、私も捜索にいく。君は自室に鍵をかけて籠もっていなさい」
「あっ、お待ちを。騎士様、お名前を教えてくださいませ」
そう言って、駆け去ろうとした騎士様を呼び止めます。
すると騎士様はまた意外そうな顔をなさった後、微笑んで教えて下さいました。
「ローレンスだ。騎士団長の、ローレンス」
「ありがとうございます、ローレンス様。私は新人のメイド、シャーリィにございます。この御礼は、必ず」
そう言って、メイド服をつまんで会釈する私。
するとローレンス様は面白そうに微笑んで、こうおっしゃいました。
「君は、変わっているな。気にするな。君たちも守るのが私の仕事だ」
そしてそのまま軽快な足取りで行ってしまわれるローレンス様。
その背中を見ながら、私は思いました。
……今、私、なにか変なこと言いました?
◆ ◆ ◆
「嘘でしょっ!? シャーリィ、あんた、あのローレンス様に助けていただいたの!?」
翌日。
朝はやく、キッチンに集まりおやつの仕込みを始めた私とアン。
作業をしながら昨晩の騒動を伝えると、アンがひどく驚いた顔で言いました。
「うん、来てくださらなければ危ないところだったわ。でも、あのローレンス様、ってどういうこと?」
「どういうこともこういうことも、ローレンス様と言えば若くして騎士団長に選ばれた凄腕の騎士様かつ、そのイケメンぶりで国中の女性が憧れている方じゃないの! あんた、まさか知らなかったの!?」
「はい」
「はいじゃないわよ! 女として生きてきて、どうやればローレンス様を知らないで育てるのよ!」
どうって、家に引きこもって料理ばかりしてればですが。
と言い返すのもなんなので、一生懸命チョコレートを刻みながら続けます。
「まあローレンス様は話の主題じゃないのよ。その私を襲った盗賊なんだけど、まだ見つかってないんですって。まだ城内に潜んでいるかもしれないからって、兵士の皆様が総出で捜索を続けてくださってるらしいの」
そうそう、ここで役職としての騎士と兵士の違いを。
この国では、騎士は貴族など地位ある家系の人がなるもののようです。
それに対して、兵士は庶民出身の方々。
騎士は最下級でも兵士の上に位置します。
庶民の出でも手柄をたくさん立てれば騎士になれることもあるようですが、まあそれはまた別の話。
なんて事を考えている私を、アンが信じられないという顔で見ていました。
「あんた、ローレンス様とそんな運命的な出会い方して、女として何も思わないわけ……? 私なら、役得とばかりにその場で抱きついて一生の思い出にするわよ」
ああ、なるほど。それでローレンス様があの時変な顔をした理由がわかりました。
多分、ローレンス様はそういう展開を警戒していたのでしょう。
何しろそれほどの人気なら、女性はみんなアンみたいな反応をしてくるでしょうから。
ですが、私は色気より食い気の女。
前世の学生時代も、ジャ○ーズの写真集を見てきゃあきゃあ騒いでるクラスメイトをよそに、一人料理本を読んでだらだらよだれを垂らしていたものです。
そんな事を考えていると、キッチンの扉が開いて、ジャクリーン班がきゃあきゃあ言いあいながら入ってきました。
「今日は、なんて良い日なの! 朝からローレンス様とすれ違うなんて!」
「ああ、あの麗しい金髪! 美しいお顔! 朝から役得だわぁ!」
「一度でいいからお茶をご一緒したいわ……! ああ、二人だけの思い出を作りたい!」
うわあ、既視感。
前世の教室を思い出すノリです。
などと考えていると、私達に気づいたジャクリーンが赤い髪をなびかせてわざわざ嫌味を言いに来てくれました。
「あーら、よくやるわねえあんたら。一度おぼっちゃまにウケたからって馬鹿みたいに毎日毎日そのチョコレートとかいうやつの仕込み? 馬鹿の一つ覚えってやつね」
「そうなんです、チョコってほんと馬鹿みたいに手間がかかってかかって。二人じゃ大変だから、手伝ってくれませんか?」
「はあ!? 手伝うわけないじゃない! 誰があんたらの手伝いなんか!」
予想通りすぎる答え、ありがとうございます。
そこで私は思い切って言ってみることにしました。
「代わりに、チョコの作り方を教えると言っても駄目ですか?」
「えっ、ちょっと、シャーリィ!?」
私の言葉に、アンが驚きの声を上げます。
ジャクリーンも驚いた顔をしていましたが、すぐにそっぽを向いて言いました。
「はっ、馬鹿じゃないの、誰があんたなんかに教えてもらうもんですか……! 馬鹿にしないで!」
「馬鹿にしてるんじゃないです、私の方も手が欲しいので交換条件で……」
「うるさいうるさい! 私達は私達でおやつを出すの、あんたたちは飽きられるまでせいぜいその真っ黒くて気色悪いお菓子を頑張って作ってればいいでしょ!」
ジャクリーンはそういうと、怒った顔で行ってしまいました。
そしてそれを確認した後、アンがそっと耳打ちしてきます。
「ちょっと、どういうつもりよ、シャーリィ! チョコは、あなたが生み出しておぼっちゃまのハートを鷲掴みにしてる、私達のスペシャルじゃない! 気軽に他の班に教えようとするなんてどうかしてるわよ!」
「あー……」
罪悪感。違うの、アン、チョコは私が考えたんじゃないの。
前の世界では恐ろしくありふれたもので、とっても安い値段で二四時間開いている店とかに置いていて、誰でも口にできるものなの。
そう言えれば気持ちも楽なのですが、おそらく狂人扱いを受けるだけなので言うわけにもいかず。
いえ、魔女がいるわけですから、実は私も魔女なんですと言えばいいのかもしれませんが。
その場合、私の立場ってどうなるんでしょう。
宮廷魔女扱い? その時って、料理の研究はもっと気楽にさせてもらえるのでしょうか。
まあなんにしろ、魔女だと言ったとしてもそれも嘘なわけで。結局嘘を付く羽目になりそうで、私はずるずると現状維持を選択しています。
ごめんなさい、前の世界のチョコを作った人。多分、チョコ男爵かチョコ枢機卿か、なんかそういう人。
「でもね、アン。いつまでも私達二人で毎日毎日チョコを作っているわけにもいかないわ。ぼちぼち限界じゃない?」
「……まあ、それは……」
「チョコの価値が高いうちに他の班に伝えれば、協力関係が築けるわ。今後、色々作るにしても手伝いをして貰えるのは助けになるわよ」
私がそう言うと、アンは目を丸くしました。
「色々って……シャーリィ、あんた、他に出せるおやつがあるの?」
「もちろん。まだまだレパートリーはあるわよ。チョコ自体だって無限のバリエーションがあるの。チョコパンを作るだけが能じゃないわよ」
それに。本音を言いますと、私としては他の班のお姉様方が作ったチョコを食べたいのです。
お姉様方の料理の腕は相当なもの。
そんな方々にチョコを伝えたら、果たしてどんなおやつを仕上げてくるのか……それが、楽しみでなりません。
そしてもちろん、試食の際には、チョコを伝授した私の出番となるわけです。
じっくりとその出来を味わい、楽し……もとい、評価することになるでしょう。
そうすれば私自身は作りたい料理を思う存分作り、人様の料理の試食もし放題という、無敵の布陣が完成するわけです。ああ、夢のよう!
「シャーリィ、ちょっと、よだれよだれ」
「おっと、これは失礼」
甘い妄想にふけってしまい、口元からよだれがたれておりました。
アンが差し出してくれたハンカチで口元を綺麗にしながら、ずいぶんと脱線してしまった話を元に戻します。
「それはとにかくね、王宮内にまだ賊が潜んでいるかもしれないから気をつけるようにって。おぼっちゃまにも今日は一日警護がつくらしいわ。兵士の皆さん、大変ね」
「まあそりゃそうでしょうね。賊を侵入させたなんて、警備はどうなってるんだって話ですもの。おぼっちゃまは寛大であらせられるけど、他所の国だったら警備担当の全員が間違いなくクビをポロンと落とされちゃうわよ」
クビをポロン。比喩ではなく、そのままの意味でしょう。
命で責任を取らされてしまう世界、怖いです。
「おやつタイムにも、今日は警護がつくんですって。なんだか物々しそうで、緊張するわね」
などと、呑気に話していた私達。
ですが、そんな今日のおやつタイムには予想以上の展開が待ち受けていたのでした。