シャーリィの忙しくも穏やかな一日4
「まあっ、素敵! これが、アシュリー様がいつも自慢している、パンケーキとかいうお菓子なのね!」
王宮の敷地内にある、大きな池のほとり。
そこに建つ、大理石でできた優雅な屋根付きのテラス。
お上品で高級感がただようそこに、令嬢の皆様のはしゃぎ声が響きました。
「うわあ、甘い、甘いわ、それにとっても美味しい! 夢みたい、こんなに甘くて美味しいなんて!」
「ああ、このイチゴとクリームは本当に素敵だわ! それに、この冷たい何かが運命的に美味しい! ああ、凄い、凄い!」
「アシュリー様にさんざん自慢されて、イメージばかり先行していたけど、それを超えてきたわっ。ふふっ、これで私たちも周りに自慢できるわねっ!」
なんて、十代の少女らしくきゃいきゃい言いながらパンケーキを楽しむ淑女の皆様。
私は隅に控えてその様をニコニコ笑顔で見守りながら、「そっか、アシュリーお嬢様、なんだかんだいってパンケーキのこと自慢していたのか……」なんて思っていました。
ですが、今回のこれは、アシュリーお嬢様の口利き。
前のことをさすがに悪いと思ったのか、それとも自分の威厳を保つためか。
こちらの、かなり裕福なお嬢様方におやつをお出しする機会を、彼女が作ってくれたのでした。
まあ彼女の真意がなんにしろ、こうしておやつを出させてくれるのは大歓迎です。
おやつメイドは、元から貴族の皆様にもおやつをお出ししていたのですが、それを行なうのは主に一班と二班のみでした。
それが、今回特別に私たちへとお声がけをいただき、こうして出すことができているのでございます。
ちょっと生意気かしら、と思いましたが、クリスティーナお姉さまとクラーラお姉さまが笑顔で「頑張ってきなさい」と言ってくださったので、本当に良かったです。
「うふふ、本当に美味しい、次から次へと違う味が楽しめて最高だわ! ……あ、でも、アシュリー様が言っていた、黒くて甘いものがないわね」
「ええ、たしか、チョコ、だったかしら」
と令嬢の皆様がおっしゃるので、私は待ってましたとばかりに小さな陶器の入れ物を持って進み出ます。
「はい、お嬢様方、チョコレートソースでしたら、こちらに! ただいまおかけいたしますわ!」
そう言って、アンと二人して、さーっとパンケーキとアイスにチョコソースをかける私。
すると令嬢の皆さんは、「やだ、本当に黒いわ!」「これが甘いの?」「信じられない!」なんて言い合いながら、先を争うようにチョコのかかったパンケーキを口になさり。
そして、すぐに頬を緩めてこうおっしゃったのでした。
「あまーい! 本当だったわ!」
そして、味の変化についてあれやこれや言いながら楽しそうに食べ進める皆様。
その姿は、完全に日本のスイーツの店で歓声を上げる少女のものでございました。
場所や世界は違えど、甘いものを食べている時の反応は同じですね。
そして、ひとしきりおやつを楽しんだ後、令嬢の方々はこんなことをおっしゃいました。
「噂通りの、美味しいお菓子だったわ! ところで、このチョコとかいう奇妙な品、できれば家族や友人にも振る舞いたいのだけれども」
「はい、お嬢様! 実は、お土産の品としまして、日持ちするチョコレートもご用意しております!」
そう言って、綺麗な箱に詰まった固形のチョコレートを差し出す私。
鍛冶屋のアントン様に作っていただいた容器に入れて冷やした、そのチョコレートの表面には、薔薇をかたどった見事な飾りが付いていて、お嬢様たちがまた歓声を上げました。
「まあ、綺麗っ! これは、良いわ、実に良いわ!」
「人の前でこの箱を出したら、きっと驚くわ! 目立てるわ、目立てるわ!」
なんてはしゃぎ、そして一人のご令嬢が代表して、すっと私の方に手を差し出したのでした。
「あなた、気が利くわね。はい、これ。そう、良いものではないけれど」
「ありがとうございます、お嬢様! 私には勿体ない品にございます!」
それは、銀の指輪にございました。
宝石はついていませんが、見事な飾りが施されていて、値打ち品であることが伺えます。
そのまま「さあ、さっそく他の人達に自慢しに行かなくちゃ!」と嬉しそうに去っていくお嬢様たちを見送ると、私は貰った指輪を掲げて見ます。
「うーん、お高そう! 売れば、当分料理の研究費用には困らないわねっ!」
そう、私は指輪に興味はありませんが、その値段には興味があります。
メイドをやめる気はありませんが、なにしろいろんなことがありますから。
貯めれるうちにお金を貯めておくのが正解でしょう。
これが、私がやや無理をしてでも、貴族の皆様にランチやおやつをお出しすることを決めた理由の一つ。
気前のいい貴族様たちは、この調子で物凄く豪勢にチップをくださるのでした。
(とはいえ、これは持っておくより、お母様に送ってご機嫌を取っておこうかしら)
うちの母はアクセサリーが大好き。
ですが、家計を気にして滅多に欲しいとは言わない人でした。
なので、こういうものを送ってあげれば親孝行にもなりますし、いつか帰った時にも歓迎してもらえることでしょう。
それと、もう一つの理由。それは、貴族の皆様の噂話をこっそり聞けることです。
これが大きい。
誰と誰が仲が良いとか悪いとか、誰と誰が付き合ってるとか、別れたとか。
そういう情報を知っていれば、迂闊に虎の尾を踏むことも避けられるでしょう。
この王宮で生き延びていくのならば、そういう知識もつけていかないと。
なんて、計算高く考えている私の横で、アンもなにやら上機嫌。
浮かれた調子で、こんなことを言ったのでした。
「うふふ、また人脈が増えたわ! あのご令嬢のお兄様方は、美形揃いなのよね! 家柄も十分だし、ふふ、いつかパーティにお邪魔しようかしら!」
そう、そしてこれが最後の理由。
名家への嫁入りを夢見るアンにとって、これはまたとないチャンス。
愛する相棒のためにも、このような機会は貴重なのでした。
それにもちろん、貰ったチップは山分けしますしね。
ハンカチと指輪、アンが欲しがった方をあげて、もう片方をお母様に贈ることとしましょう。
(いつもいつも私に付き合わせちゃってるからね。アンには幸せになって欲しいし)
とはいえ、彼女がいなくなったら私はとっても寂しい思いをすることでしょう。
それができるだけ先だといいけど、なんて思っていると、アンが私の表情に気づいて言いました。
「やあねえ、シャーリィ、心配しなくてもすぐにお嫁に行ったりはしないわ。私、まだまだあなたと料理をしていたいものっ」
また心を読まれました。
本当にアンにはかなわないな、なんて思っていると、そこでアンが何かを思い出したように言います。
「そうだ、それよりシャーリィ。あんた、次の予定はいいの?」
「あっ、そうだわ、そろそろアガタのところにいかないと!」
そう、次の予定が押しているのでした。
私が慌てて後片付けしようとすると、アンが「片付けは私がやっとくわ。いいから行ってきて」と言ってくれたので、その言葉に甘えて私は次へと向かったのでした。
思わず足どりが弾みます。
だって次の予定は、お仕事じゃなくて、個人的なお楽しみなのですから!




