シャーリィの忙しくも穏やかな一日2
「奥様、王宮の菜園は王宮でお出しするためのものですが、実はトマトとケチャップでしたら別にご用意できますわ! 私の父が、トマトの栽培とケチャップの製造を手掛けておりまして、もしよろしければお家に新鮮なものを届けさせていただきます!」
そう、目ざというちの父は、ずっと前に私がおぼっちゃまにお出ししたケチャップの話を聞き、それらを商品化したいと言ってきていたのでした。
おぼっちゃまが気に入ったとなれば、貴族の皆様相手に商売ができるはず。
そう言って父は農家と契約してトマトを作らせ、更に私から製法を聞き出してケチャップを作り始めたのでした。
そんなうまくいくかなあ、と私はちょっと不安なのですが、父が「機会があれば貴族の皆様に宣伝しておいてくれ」と言うので、この場で実行に移したのでございます。
「まあ、それは助かるわ! じゃあ、お願いしようかしら」
「私のところにもお願い! ハンバーガー以外に、おすすめの食べ方はあるかしら?」
「はい奥様、実はこちら、サラダに入れても絶品でございます! よろしければ、そちらにかけていただくドレッシングも一緒に送らせていただきます!」
なんてなんて、一気に布教を進める私。
ちなみに、今回送る品々の代金はいただきません。
なぜならば、まずは覚えていただくことが大事だからです。
商品を受け取ってもらえれば、話の種に飢えているご婦人方のこと、即座に人に出して自慢話をしてくださることでしょう。
そうなると、あらこれ美味しいわね!となって、どこで手に入るの?という話になり、そこで父の商会の話が出ることでしょう。
そうなったら、しめたもの。
安い投資で、貴族ネットワークに宣伝をすることができます。
この時代、お偉方に存在を覚えてもらえることは、それだけで一財産。
投資としては、最高級のリターンなのでございます。
その後も、なんやかんやと料理の話で盛り上がり、そしてランチの時間は終わり、大満足といったご様子のご婦人がこうおっしゃったのでした。
「素敵なランチだったわ! なるほど、ウィリアム様がお気に召すわけだわ。あなた、とっても気に入っちゃった。またランチを用意してくれるかしら?」
「はい、奥様、喜んで!」
にっこり笑顔でそう答えると、ご婦人はうんうんと頷き、そっとあるものを私に差し出してきたのでした。
「これ。そう派手なものではないけれど」
それは、金糸で華麗に彩られた豪勢なハンカチでございました。
庶民が死ぬほど働いたとしても、到底買えないぐらい豪華な品。
それを、なんとご婦人は私に下賜してくださったのです!
いえ、下賜とか言っても意味がわかりませんよね。
つまり、あれです。これは、チップなのでした。
アメリカとかで、お客が従業員に支払うお金と同じようなやつなのです。
そう、なんと貴族の皆様は、下々の者を褒める時、このような金品をあげるのが習わしなのでございました。
ちょっと信じられませんよねっ! もらう私は、すっごく嬉しいですけど!
「奥様、ありがとうございます! 私には勿体ない品にございます!」
そう言って私が深々と頭を下げ受け取ると、ご婦人は満足げに頷かれました。
今回のランチを主催なさったのは、こちらの方。
ランチは美味しく、お仲間にも良い顔をでき、話の種もできた。
ご婦人的には、大満足だったことでしょう。
そのまま優雅に廊下を歩いてゆく皆様を頭を下げて見送り、その姿が見えなくなったところで、私とアンはバッと頭を上げました。
「アン、急ぎましょう! 次はおぼっちゃまのおやつタイムの準備よ!」
「ええ、予想以上に時間をくっちゃった。お部屋を片付けて、急いで仕上げなきゃ!」
人目がないのをいいことに、メイド服の裾を持ち上げてばっと走り出す私達。
貴族の皆様用の豪華な食器を傷つけぬよう、ワゴンに載せ、テーブル周りを急いで掃除し、駆け足でメイドキッチンに戻ります。
「あっ、待ってシャーリィ! 前方から、兵士の皆様がいらっしゃるわ!」
「了解っ!」
先行して通路を偵察しているアンがそう言うと、とたんに駆け足をやめ、しずしずと歩き出す私。
通りがかりにぺこりと頭を下げ、「皆様、いつも警護ありがとうございます!」とお声がけすると、皆様はにへらっと笑って会釈してくださいました。
「やった、今日はメイドさんとすれ違っちまった。良い日だ!」
「お淑やかだなあ、さすがウィリアム様付きのメイドさんだ」
「あの銀髪の子、好きだ。結婚したい……」
通り過ぎていった皆様が何かを言い合ってるのが聞こえ、チラチラとこちらを振り返っているのでまだまだ我慢。
そして、通路を曲がったところで誰も居ないのを確認すると、私たちはまたうおおおっ!と、猛然と駆け足を再開したのでした。
おぼっちゃまのためのおやつには、どれほど手間暇をかけても足りません。
一分一秒をかけ、おやつタイムまで最高の仕上げを目指すべく、私たちはメイドキッチンを目指したのでした。




